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姫金魚草

三国恋戦記中心、三国志関連二次創作サイト

   
カテゴリー「壊れやすい(孟徳連載)」の記事一覧

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06 一瞬だけでもかまわない

なんだか笑いだしてしまいそうだった。
腹を据えたら、世界が輝いた。
どのようにでもしてやれる。
巡り巡った世界が、花の希みを叶えるだろう。

「……ごめん。話があるんだけど、いいかな」

孟徳の控えめな声を聞き、慌てて取り繕わなければならないほどに。
たしかに。
たしかに花は、笑っていた。


* * *


孟徳の言葉は予想の範囲内だった。
寧ろ、今更、と思わせる類の提案。
(しかし、今更ということは、……これは、彼の意思ではないだろう)
「例の、異邦の方が?」
それは寧ろ確認だった。
「なんで、そう思うのかな」
「なんとなく、です」
否定も肯定もしない言葉に確信する。あの男が動いたのだろう。
最高のタイミングだ。茶を淹れる動きで言葉を焦らぬように選びながら、訊ねた。
「その方と、お話しすることは可能でしょうか」
まずは彼に会わねば。
物語を変えることの出来る唯一の存在。この世界の、不確定要素。
彼に会わねば、何もはじまりはしない。
「……俺の前で他の男に会いたいだなんて、言わないでほしいなぁ」
「御戯れを」
どうしても、気が逸る。孟徳の戯言はいつものことなのに、上手く笑えているだろうか。
旅が長いからと偽りは、彼には悟られてしまうだろうか。
「彼は俺の臣下じゃないからね。命令は出来ないよ」
「彼に、私が話したがっていたと、伝えていただければ充分です」
魏に仕え、孟徳への献策を試みる男が、三国志に無知であるとは思えない。諸葛孔明の三国志という物語における知名度は、例え魏に何かを望む男にとっても、効力を発揮するだろう。
「……随分な自信だね?」
「ええ」
これは違うか――自信とは、似て非なるものだ。
「彼が私の知人に似ている限り――彼は、私に興味を持つでしょうから」

(私に――否、諸葛孔明に)

だからこそ、後ろめたくもあるが、胸を張ることも出来るのだ。
「ふぅん。そんな風に言って」
「……?」
孟徳は、なにか面白くなさそうに目を眇めた。なにが気に障ったのかわからず、首を傾げる。
彼の機嫌を損ねては駄目だ。内心で、僅かに焦る。
孟徳は――少し拗ねたような口調で、続けた。
「俺の前でそんな風に言って――俺がわざと、彼と君を会わせないとは、思わないの?」
「……」
驚いた。
というより、拍子抜けした、と言う方が正しいかもしれない。花は、自分が気を張りすぎていたことに気がついた。
(私にとって、あの男に会うことは、なくてはならないことだけれど)
(彼には――曹孟徳には、その理由を察することは、不可能だ)
ばれないように、息を吐いて――笑う。
(しっかりしろ、)
(妙に気負っていたら、怪しまれる)
「そちらの自信は、残念ながら。それでなくても、丞相はそのように狭量な方ではないでしょう」
「そっちの自信も持っていいよ」
「御戯れを」
大丈夫、何時もの軽口だ。疑われていないうちは、この程度の願いなら、気紛れな孟徳は叶えてくれるだろう。小さく笑うと、彼は仕方ないな、と言いたげに笑って、一口、もう冷めただろう茶を口に運んだ。
そういえば、彼は躊躇わないな、と、思った。
此処で何かを口に入れることを、躊躇わない。
その意味を考えることは、今は無為だ。思ったところで、孟徳が、ほんの少し、歪んで見える笑顔を浮かべた。
「? ……何、を」
「いや、……そうだ」
孟徳の目が、花の目を捉えた。彼の方が余程、何もかも見透かす目をしている、と、僅かひるんだところで、彼は歪んだ笑みのまま、問いを呟いた。

「ねぇ。……玄徳の手のものが、君を迎えに来たらどうする?」

驚いた、のは。問い自体には勿論だけれど、その声音の、あからさまなひずみに、だった。
(なんて、)
(なんて、ひどい問いだ)
答えが一つしか許されず、それを双方が承知している問いは、どんな問いであっても、暴力的で残酷だ。
花に護衛をつけると言って――花を逃がさないと暗に言って、それから数刻も経たないうちに、こんなことを問う、だなんて。
(これじゃあ、)
(何を言っても、それは、用意された答えになってしまう)
逃げない、と言っても。
それは、逃げられないから、に、なってしまう。
(それでも彼は、私に、逃げないと言わせたい?)
(それとも、……彼は、傷付きたいとでも、言うのだろうか)
考えが巡るのは、一つの瞬きの間に留めた。それを過ぎれは、疑いを招く。
「どうするも、……急いで逃げろと、いいますね」
ならば、それに乗ろう。なるべく嘘をつかずに、なるべく彼が、信じるように。
「え」
「この状況では、私を連れて此処を出るのは、少しばかり不可能の度合いが高いかと」
「……帰らないの」
思わず唇が上がった。言えると思っても居ないくせに。言って欲しかったのなら、自虐が過ぎる。
彼は私が帰りたがっていると思っている。あたりまえだけれど、それは、愚かだ。
「そんなことをしたら、……丞相、あなたが怒るでしょう」
もう、逃げるつもりなど何処にも無い。だから最後は、からかうように付け加えた。先程彼が、そこも自信を持てと言ったから、思っても居ないことを。
けれどどうやら真意は、伝わらなかったらしい。どこか呆然とした男は、想定外の言葉を吐いた。
「……そうだね、徐州の二の舞は、嫌だもんね」
「……!」
彼が、何を思ってそう返したかは、わからない。けれどそれは、了承できない言葉だった。
そんなつもりで言ったととられるのは、困る。
「その言い方は、誤解されます」
思わず、語気が強くなった。

私が、徐州のことを――曹孟徳の残虐さを現している、と、思っているだなんて、思わないで欲しい。
一瞬、視線が彼の左手に――火傷跡に、流れた。気付いただろうか。

(彼は、戒めと言った)
(――何をかは、聞けなかった、けれど)

「私は、知ってるんですよ」

徐州牧陶恭祖は、彼の父親を殺した。この時代――花の感覚では、現代の感覚では理解することは容易くないけれど、この時代、父祖の復讐は、正義だ。彼が怒りのままに軍を動かしたことに違いは無いが――それは、決して、大義のない戦ではない。
彼はもう、徐州のようなことは、行わないだろう。
女一人のために兵を動かすような暗愚ではないし、理由無く虐殺を行うような悪逆の徒でもない。
そんなことも知らないだなんて、思われては、困る。

(それに)
(彼はもう――報いを、受けた)

「……なんでも?」
訊ねる孟徳は、子供のような目をしていた。
教えを請う童子のような。
「私が知る限りのことは」
人は己の知るところしか知らない。
私は少し――四回分、ひとよりそれが多いだけだ。

「君は、何を知っているんだろうなぁ……」
溜息をつくように、孟徳が笑った。なにも、と、内心で答える。
「……彼の件、よろしくおねがいしますね」
「はいはい」
ゆっくり、笑みを作った。
花の手は、物語に触れることは、許されていない、けれど。


(あの男を――本の主を。唯一の不確定要素を)
(あの男を通してなら、触れられる)


もう、決めたのだ。
花は孟徳を見つめた。曹孟徳。乱世の奸雄。
楽しそうに笑って、ふらりふらりと生きているようで、子供のような顔をして、嘘が嫌いで、――なんの、目的も無い。


(このひととき、だけでいい)
(擦り切れるような長い時間の、ほんの一瞬で構わない)


曹孟徳、この男と、生きたい。
曹孟徳、この男に、その人生に――触れたい。














(繰り返した生が、このためにあったが如く)

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05 「だってあなたは怒るでしょう?」

「丞相、どうしてもお聞き届けいただけませんか」
「無理して丞相なんて言わなくていいよ。……女の子を閉じ込めるのは、どうもなぁ」
ぴくり、と男の眉が動いた。この男は時折、こんな顔をする。苛立っているような、失望しているような、それを必死で見せまいとしているような表情だ。
この男は使える。けれど、この顔がどうも、ひっかかる。
「別に牢でなくても良いのです、せめてもっと奥……若しくは、丞相の後宮でも構いません。しかし、今の場所では、危険です」
「危険、ね。彼女には策知がある。奥にやるほうが危なくないかなぁ。宮の女を篭絡されて暗殺されるとか、困るし」
「御戯れを、……孔明の知は、玄徳軍にとって必要不可欠です。どんな手を使ってでも、取り返しに来ます」
「そうかな。……玄徳が、流浪の軍で終わるつもりなら、徳と義だけを抱くならば、彼女の知など不用だろう」
「……」
また、あの顔だ。
彼は少なくとも、信用できる。
彼には不思議な才知がある。それは、彼女に――孔明に感じるものと、同じ類の才知だ。孟徳の知りうる範囲を超えた何か。
「だとしても。……義を唱える玄徳が孔明を見捨てるなど、それこそありえぬ話でしょう。せめて、彼女の部屋に見張りを。できれば、窓にも夜番を置いてください」
「……」
彼は随分と、この話に固執する。彼女を捕らえてからずっと、繰り返し、この男は唱えている。殺すか、出来ぬのならば深く捕らえよ、と。
(この男の目的のためには、随分と、彼女が――諸葛孔明が邪魔らしい)
孟徳は根負けするような形で溜息をついた。
「……わかった。扉に見張りを。外に番を。それでいいんだろう」
「……」
お分かりいただけて何よりです、と、男は、ほっとしたように息をついた。彼は何か、確かめるようにこちらを見た。彼の瞳は黒々としていて――深い海のようにも、薄い紙のようにも見える。
彼は信用できるが、――とても、信頼は、できない。
そもそも誰をも信頼するつもりは無いが――孟徳は彼の、どこか冷たい瞳を見て、その思いを新たにしたのだった。


* * *


「護衛、ですか」
「うん。……君は他国の軍師だし、いくら俺のお気に入りって言っても、暴走する輩が出てこないとは限らないからね。窮屈かもしれないけど、我慢してくれないかな」
孔明は、薄く笑った。何もかも見通していると言いたげな透明な瞳が、こちらを見上げる。
ああ、彼女は――たしかに、小さな女の子などではない。
それは歳の話ではなくて、彼女は確かに、伏龍と称されし奇才なのだった。
「例の、異邦の方が?」
「……なんでそう思うのかな」
「なんとなくですけど」
彼女は、柔らかく笑った。特に反対する気配は無い。
勿論、何を言っても仕様が無いと、割り切っているのかもしれない。
「その方と、お話しすることは、可能でしょうか」
花は孟徳の前の茶器に茶を注ぎながら、そんなことを言った。
「……俺の前で他の男に会いたいだなんて、言わないでほしいなぁ」
「御戯れを」
先程、同じ言葉を言われた。彼と彼女は、何処か似ている。
(似たものを知っていると、言っていたけど)
「私も、旅が長いものですから。異邦の方とお話しするのは、好きなんです」
「なるほど」
(……それは、もしかして)
「彼は俺の臣下じゃないからなぁ。命令は出来ないよ」
「彼に、私が話したがっていたと、伝えていただければ充分です」
「……随分な自信だね?」
「ええ。彼が私の知人に似ている限り――彼は、私に興味を持つでしょうから」

(彼に似ているのは――君自身じゃあ、ないのかな)

孟徳は僅かに、目を眇めた。
彼等は何か、全て了解しているようなところがある。彼女は何か、彼を特別視しているところがある――おもしろく、ない。
「ふぅん。そんな風に言って」
「……?」
「俺の前でそんな風に言って――俺がわざと、彼と君を会わせないとは、思わないの?」
「……」
彼女は目を瞬いた。純粋に、驚いたようだった。不思議そうでもある。
それから、また、やわらかく笑った。
「そちらの自信は、残念ながら。それでなくても、丞相はそのように狭量な方ではないでしょう」
「そっちの自信も持っていいよ」
御戯れを、と。
彼女は、もう一度小さく笑った。
茶器を口に運ぶ。彼女の淹れた茶を飲むなんて、文若あたりが知ったら眉を顰めるだろう。
けれど彼女は、そんな風に俺を裏切ることはしない。
(……これは、信用か)
(それとも、信頼かな)
そんな事を思って、少し笑った。彼女が首を傾ける。
「? 何を?」
「いや、……そうだ」
ふと思いついて、彼女の瞳を覗き込んだ。これからこの唇は、ひどいことを言う。
彼女にとってか、俺にとってかはわからないけれど、ひどいことを。

「ねぇ。……玄徳の手のものが、君を迎えに来たらどうする?」

彼女は流石に、息を飲んだ。
戯れにしては過ぎた問いだ。
彼女はゆっくり一つ瞬きをしてから、目を逸らすことも、笑うこともなく、唇を、開いた。

「どうするも、……急いで逃げろと言いますね」
「え」
「この状況では、私を連れて此処を出るのは、少しばかり不可能の度合いが高い」
「……帰らないの」

「そんなことをしたら、丞相、あなたが怒るでしょう」

それはどうにも、得策とは言い難い。
真面目腐って彼女は言い、きょとんとする孟徳をからかうように唇を上げた。

(……、どういうこと、)
(彼女は、嘘を)

「……そうだね。徐州の二の舞は、嫌だもんねぇ」
動揺したのを誤魔化すように言うと、彼女は僅かに眉を寄せた。
「その言い方は、誤解されます」
「……!」
不快げな言葉。端的で――けれど彼女の言葉に宿る、それは。
「私は、知ってるんですよ」
「……なんでも?」
「私が知る限りのことは」

(……「あなたが怒るから」?)
(俺が怒って――それでも、徐州のようなことにはならないと、知っているという)
(それなのに、俺の怒りを恐れるなんて、――俺でなくても、わかる嘘だ)


(なのに――逃げないのは、)
(逃げないのは、本当だなんて)


「……君は、何を知ってるんだろうなぁ……」
「? ……彼の件、よろしくお願いしますね」
「はいはい」

伏龍の――掌の上、だろうか。
けれどどうして――だとしたらその掌は、随分、温もりが過ぎるだろう。

嘘か本当かは判っても――彼女の考えていることは、まるでさっぱり、わからない。
それでも、どうしてこんなに楽しいのか――孟徳は自分自身が、よくわからなかった。















(花孔明、本領発揮? 次回は同じシーンの花視点です)

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04 守りたいもの

(どうしよう)
花は、自分が余りに何も考えていなかったことに気付いて愕然とした。
(『孔明』だったら)
(……師匠だったら、こんな風には、ならない)
既に薄れて久しい記憶の中にある、『孔明』の姿。
彼だったら――花が正しく『孔明』であれたなら。
囚われて直ぐに、考えただろう。逃げる術を。若しくは、あの状況を上手く生かす策を。
(私は、……駒にすら、なれない)
(過去に縋って、記憶に頼って、永遠に溺れて)

そのとき、扉を叩く音が響いた。
ここを訪ねる者など、一人しかいない。

「! ……はい」
「入っていい?」
拒めるはずもなく、拒む理由もない問い。思考を中断された花は、慌てて椅子から立ち上がり、軽く髪を直してから、声の主――孟徳を迎えた。
「なにか、御用事ですか」
「用がなきゃ来ちゃいけないかな?」
「おそらく、用があっても、いらしてはいけないと思いますよ」
文若殿辺りに言わせれば、と花が笑うと、孟徳が小さく噴出した。花は孟徳に椅子を示し、自分は寝台へと腰掛けた。この部屋は貴人等が捕虜となった際に使うものらしく、調度は整っているが如何せん人を迎えるようには出来ていない。
「さっきの様子が、気になってね」
「……」
「彼を知ってる?」
隠せていたとは思っていない。意外な言葉ではなかったが、彼がそれをこうして直裁に尋ねてくることは、意外だった。――花の言葉など、信用していないだろうに。
「いえ。……不思議な服を着ていましたが、渡来の方ですか?」
「そんな感じなのかな。俺も、詳しくは知らないんだ」
「……詳しく知らない方を、幕下に?」
「まぁ、色々あってね」
珍しい誤魔化し方をするな、と思った。それほど言いたくない事情なのだろうか。
隠されれば、知りたくなるのが人情というものだし――今は、少しでも情報を得ておきたい。
疾うに孔明失格ではあるが、それは別に――花が、孔明であることをやめていい、ということではないのだ。
「彼自身は知りませんが。……似たものを知っている気がして、驚いたのです」
似たものとは、花自身や、雲長のことだ。孟徳は少し驚いたように眉を上げた。
「似た?」
「はい」
「……へぇ。故郷が同じなのかな。彼は何処か――遠くから来たようなことを言っていたけれど」
「遠くから? なにか、志でもあったのでしょうか」
「どうだろうね。……随分、彼を気にするね。それは、『似た人』に関係があるのかな」
孟徳がちらりと、探るような目をする。これが正しいのだ、と、花は思った。曹孟徳と諸葛孔明の会話としてやっと相応しい会話をしている。
「そうですね、……似ているとしたら、彼にもまた、志があるはずですから」
(私が、そして雲長が、そうであったように)
「そんなものがあるようには、……あー、でも、あるのかもなぁ。なにか、目的は」
(……!)
目的。
彼の目的がわかれば、策を立てることは容易くなる。
(……けれど、)
(そう考えることは、『孔明』として、正しいだろうか)
(……いや、師匠なら)
(異邦の客人に、興味を示さないはずが無い。だから、大丈夫だ)
「でも、俺は、それを知らないんだ」
「……え?」
「彼は、やりたいことがあると言っていたよ。そしてそれをやることは、俺の役に立つだろうって」
「……」
「だから俺は彼を軍に迎えたんだ。確かに彼には先見の明があったし――嘘は、ついていないみたいだったからね」
孟徳は、嘘をついているだろうか。
孟徳が、目的を知らぬまま、彼を軍に加えるなどということがありえるだろうか。
(……有り得る、だろうな)
(主が見つかるまで、という酷い条件を呑んだことすらある男)
(異邦人に対して、興味を持ったという理由だけで、それくらいのことはするだろう……)
「やりたいこと、ですか……」
「うん。それがね、すこし面白いな、と思って」
「……?」
「ねぇ。君は何のために、玄徳の元に居るの?」
「……それなら、」
お答えしたはずです、と、言いかけて。
問いが違うことに、気がついた。

『なんで、玄徳のところに仕官したの?』

あのときの問いは、こうだった。
今の問いは――何故、ではなく、何のために。
理由ではなく、目的を問うている。

何のために。
それは、何故、よりも余程、花にとって答えにくい質問だった。

(――『孔明』は、そうするから)
(……なんて、言っても、仕方が無い)

花が本当に『孔明』であれば――答えなど、幾らでもあるのだろう。
花の知る『孔明』は、各地を訪ね、民の暮らしを知り、――だからこそ、徳を尊ぶ主を選んだ人だった。
けれど、花は。

「……、みんなね」
「……、」
答えに窮した花に、不思議な色の目を向けて――それは、なんだか優しいように感じられる視線だった――孟徳は言った。
「大体みんな、こう言うんだよ。『漢王朝を守るため』とか、『丞相を守るため』とか、『民を守るため』とか」
「……それは、」
そうだろう、と思う。『孔明』の思いとて、最後のもの――『民のため』という言葉に還元できるものだ。思ってから、何故孟徳が彼の言を、『やりたいことがある』という彼の言をおもしろいと思ったのかを、理解した。
「彼は、自分のために、俺のところに来たって言ったんだよね。彼にとっては俺も、利用するものの一つなんだろうな、と思ったら、面白くてさ」
それもまた、そうだろう。
彼にとって此処は仮初の国で、彼が何処まで本の仕組みに気付いているかは知らないが、目的を果たしたら去るだけの世界だ。その国のなにかのために、という考えなど、浮かんでくるはずも無い。
思わず納得してしまった花を眺める孟徳の視線、その色に、花は気付かない。
気付かずに、ふと、それを面白いと思う孟徳は、一体なんのためにこうしているのだろう、という疑問を抱いた。
「……貴方は、」
口にしてから、同じ流れだと気がついた。
問われ、問い返し――ならば、同じ答えが返ってくるかもしれない。けれど言いかけた言葉を止めることは、出来なかった。
「なんのために?」
「……、」
孟徳は柔らかな笑みのまま、花を見つめた。あの時と似た微笑み。
「教えないよ」
同じ答え。……そうだろうな、と思ったところで、孟徳は笑みを深くした。
「って、言いたいところだけど。……嘘をつくのを躊躇ってくれたから、お礼に、教えてあげるよ」
「……え?」

「俺はね、なにかの目的のためになんて、そんな高尚なこと、できないんだ」

やりたいことも、守りたいものも、なんにもないんだ。

孟徳はあどけないとすら言える笑みとともにそう言った。
それが嘘ではないと、判ってしまう。
判ってしまうことに、驚いた。

(ああ、この人は)
(……この人は……)

「さて、……次は、本当のことを言ってくれるようになるのかな」
呆然と孟徳を見上げる花の前で、孟徳は立ち上がった。笑みは、いつものどこか掴みどころの無いものに戻っている。
けれど花は、動くことが出来なかった。
「疲れさせちゃったかな? ……おやすみ、孔明」
いい夢を。
孟徳の言葉に、止めを刺されたような気がした。

いい夢なんて、見れない。

(彼の前で、)
(『孔明』になんて、なれない)

今更に花は、自分が最初から絆されていたことに気がついて、愕然とした。
彼に自ら問いを投げたあのときから――彼自身に興味を持ってしまったあのときから、もう、花は、孔明でなど居られなかったのだ。

(師匠、)
(師匠、ごめんなさい)
(……師匠の居場所を奪ったのに。なのに私は)


(あの人を、曹孟徳を。……どうしようもなく知りたいと、そう、思ってしまう……)


野心もなければ忠心もなく。
欲望もなければ愛情も無い。


あんな笑顔で、そう言いきってしまえる彼を――救いたいと、どうしようもなく。















(花孔明、母性に目覚める)(←台無し)

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03 ずっと変わることが無い景色

「外に行こうよ。街を見せてあげる」
彼が私を誘うのは、決して帰さないという思いの表れか、自らの国の様子が知れても脅威にはならないという自信の表れか、どちらなのだろうと思ったけれど。
「あそこの料理が美味しいんだ。あ、装飾品ならぜったいあの通りだよ。布ならあっちの区画だし……どこに行きたい?」
有無を言わせず手をひいて、慣れた様子で雑踏を歩く姿は、ただの宝物を自慢したい子供にしか見えない。
曹孟徳は不思議な男だ。
こちらに来てからそう思うのは何回目だろう。世知に長け、知略に富み、時に横暴で、圧倒的に凶悪。人々の囁くその噂もまさしく、彼に相応しいものだと思うのに、花の前での孟徳は、恐ろしいほど敏いのに、呆れるくらい無邪気な、過敏な子供のように見える。
「……、え、と」
「女の子だったら、やっぱりまずは甘いものとかかな」
「……、それ、やめてくださいませんか」
結局一度も否定できていなかった、『女の子』という呼称。流石に往来で言われるのは恥ずかしく、花はやっと機会を掴んで小さく言った。
「え? なんで」
「そんな歳ではないですから」
「え。だってまだ二十歳そこそこでしょう?」
待てこら。
思わず言いそうになったのを、すんでのところで堪える。
若く見られるのが嬉しいといっても、限度がある。というか、それは、幼く見られているのではあるまいか。
「……二十七です」
「へ?」
「私は、今年二十七になります」
「……は?」
ぱちぱちと瞬かれた目が、心底驚いたことを伝えてくる。嘘だ、と言われるかと思ったけれど、孟徳はなにも言わずに花の頬に手を伸ばした。
「……うわー、まさかこの俺が、女の子の歳を間違うとは思わなかった……」
「ですから、」
「あ、うん、ごめん。おんなのひと、ね」
何に感心しているのか、すごい、という呟きとともにぐりぐりと頬を撫でられる。
天下の往来でこんなことをされているのは、女の子呼ばわりよりもよほど恥ずかしい。やっとそれに思い至って、花は慌てて顔を下げた。
「叫びますよ」
「それはやめて……ごめんごめん。……さて、じゃあ女の子じゃない孔明殿は、甘いものなんか興味ないかな?」
にこり、と、悪戯めいた顔が向けられた。この話の流れでこう振ってくる男は、花が今まで羅列された選択肢の中で、何に一番興味を覚えたか、承知していると言いたげだ。
「……、……女人はいくつになっても、甘味の誘惑に抗えない生き物ですから」
「素直にあまいものたべたいー、って言えば良いのに」
可愛げのない返答にも楽しげに笑って、手を引いて歩き始める。質素な服に身を包み、こうして市場を歩いていると、どこにでもいる男に見える。いや、少しばかり辺りの視線が気になる程度には、見目のいい男ではあるけれども、けれど、それだけだ。
――どうして彼は、天下に野心など抱いたのだろう。
にこにこと辺りを紹介しながら歩くさまが、とても楽しそうに見えるものだから、――天下など望まず、ずっとこうしていればいいのに、と。
人の生き方を、戯れにでも気に掛けるなど、一体どれほどぶりかもわからない。
けれど、素直に、そんなことを、考えた。


* * *


甘味巡りにはじまって、装飾品(此処で無理矢理玉の耳飾を贈られた)、衣料品(ここでも無理矢理華やかな着物を)を見て回ると、あっという間に日が暮れた。
城に戻れば、花には冷たい視線が、孟徳には小言が待っているだろう。けれど街を見て回ることは、軍事的な視線などまるで思い浮かばないほどに楽しかった。
正しく統治された街の活気。定住の地を持たず、戦乱の中乞われて居所を転々とすることの多い玄徳軍では見ることの出来ない街の姿がそこにはあった。長い時の巡りの中で――荒れたところにいた時間の方が遥かに長い花にとって、その景色はあまりにも新鮮で、美しいものに見えた。
孟徳は、良き統治者だ。統治者が法を重んじ、公平で公正であるということが、民にとってどれだけの恩恵であることか。
「俺には、あんまり徳の持ち合わせは無いからさ」
法の整備に力を入れている孟徳の姿に素直に感心すると、孟徳は苦笑しながら言った。
「人を納得させる、簡単な方法を考えたら、そうなっただけ」
「……」
それは徳よりも汎用性の高い、正しい政治の姿だと一瞬だけ思って、孔明である自分が思って良いことではないと、慌ててその思いを押し込める。沈黙をどう取ったのか、苦笑を深くした孟徳を、花には聞き覚えの無い声が呼んだ。
「丞相! ……、孔明、殿」
視線を向ける。
――驚いた。
声の主が身を包む衣服は、どう見てもこの時代のものではなかった。
隣で孟徳があからさまに顔を顰めたのも気にならないくらいに、驚いた。

――四人目は、魏に願ったのか。

「丞相、まさか孔明と、」
「お前の策は承知しているし、軽んずるつもりもない。今は下がれ」
「……」
恐らく叱責めいた言葉を口にしかけた男に対して、孟徳は淡々とした口調で言った。男は一瞬眉を寄せたものの、「失礼しました」と頭を下げる。
策。
――「孔明」に、関係のある策?
ぞくりとした。
どうしてこの可能性を考えていなかったのか――どうして安易に、玄徳達の元に帰れるなどと思ったのか。
物語は、「駒」の手で変わることは無い。駒と化した雲長や花が抗おうとしても、物語の流れとでもいうべきものは、個人の動きなどまるめて飲み込んで、元の居場所へ押し戻してしまう。だからこそ花は、魏に長居することは無いと思っていた。

しかし、――本の持ち主は、違う。

彼等の本の些細な動きが、物語を大きく変える。それはつまり、「駒」の位置も、変えることが出来るということだ。
(――まさか、)
(――まさか、今回の「持ち主」は)
呆然と立ち尽くす花に、「持ち主」が視線を向ける。二十歳ぐらいに見える、若い男。簡素なシャツとズボンに身を包んだ姿は、この空間にはいかにも異質だ。
「……失礼します、丞相、孔明殿」
格式ばった礼をして立ち去る、その一瞬。

(――笑った)

彼は確かに笑った。歪んだ唇が、告げているように見えた。
――逃がさない、と、弄ぶように。










(やっと舞台が整った?)

拍手[24回]

02 その微笑みは誰のもの

一人目は子元の生きた世界を願った。
二人目は会うことが無かったけれど、呉に居たらしいと聞いた。
三人目は美周朗を一目みたいと願った少女だった。


四度目の世界。
花が孔明となってから四度目の世界。四人目の異邦者は、まだ、見えない。



* * *



「お茶は好き?」
宣言どおり花のもとを訪れた孟徳は、手土産に柔らかな香りの茶葉を携えてきた。
捕虜に出すものではないと一目で知れたが、断る理由も思い当たらなかったので頷いた。孟徳が手ずから淹れた茶などという贅沢なものを頂きながら、花はこちらをにこにこと眺める孟徳を、ぶしつけとも言える視線で見返した。
四度目ともなれば、世界のことなど大体知れる。緩慢な円環の中で花はまさに雲長と同じ、飽いた生を送っていた。
けれどこの男。
曹孟徳は、興味深い男だった。好奇心を隠そうともしない瞳から、ひとかけらの悪意も感じ取れないことが不気味だった。花は自らの献策で、多くの魏の兵士を殺している。彼にとっては憎むべき存在だろう。
「甘い香りですね。美味しいです」
「そう? 良かった。俺はお茶のことはよくわかんないんだけど、文若が好きでさ」
世間話以上のことを振ろうとしない男が不思議だった。
「……聞きたいことがあるのでは?」
のらりくらりとした会話にも飽いて、ついにこちらから切り出してしまった。孟徳は目を瞬いて、首を傾げた。
「答えてくれるの?」
「それは、質問の内容によります」
「そりゃそうか。んー、何を聞こうかな」
腹の探りあいをしているはずなのに、孟徳はまるで気構えない。
「んー、そうだ。なんで、玄徳のところに仕官したの?」
「……それは、貴方のところではなくて、という意味ですか?」
「いや、単純な興味」
「それでしたら。仕えるべき方だと思ったからです」
「……ふぅん、」
仕えるべき、ね。
孟徳の声がはじめて何かを含んだ。
別に、選んだわけではない。決まっていたことに、従っただけだ。けれどそれを言うわけにはいかなかったから、嘘をついた。
「どんなところが?」
「三顧の礼を以って私などを迎えてくれたところは勿論、なにより、劉玄徳は徳のお方ですから」
「俺だって、かの伏龍がこんな可愛い子だって知ってたら、三回どころか百回だって訪ねてたよ。花束を持ってさ」
それは訪ねる意図が違うでしょう。
そう返すことは自惚れのように感じられて、花は返す言葉を探した。自然と下がった視線がふと、椀を持つ孟徳の手を捕らえる。
布の巻かれた左手。
「……お怪我を?」
「え? ああ、これ?」
先程の手つきを見る限り、ひどいものではなさそうだが。孟徳は隠すように手を引いて、苦笑した。
珍しい顔だ、と思った。
「若気の至りというか……戒めというか。怪我自体は治ってるんだけど、傷痕がひどいからさ。隠してるんだ」
「傷痕、」
彼もまた、最初から強大であったわけではないのだ。今更の様に、そんな事実を思い出した。
痕の残るような大きな怪我を、総大将である彼自身が負うような、そんなひどい戦いを、彼は経験している。
そう――
四回目の花は知っている。かの悪名高い徐州攻めと、その顛末を。
それが何に対する戒めなのか――
「……なに? 孔明」
隠された手に注がれたままの花の視線に、孟徳がいぶかしげに首を傾げる。
「……何を」
「……?」
「何を戒めているのか、伺っても?」
問いは自然と、口をついて出た。言ってから、出すぎた問いだと気がついた。はっとして視線を孟徳に向けると、孟徳は静かに微笑んで花を見た。
「教えないよ」
「……すみませ、」
「君が嘘ばかりつくから。俺だけ本当のことを教えるのは、不公平でしょ?」
「……!」
嘘だと。
花の言葉は全て嘘だと、どうして彼は知るのだろう。
「俺は君に嘘をつかないよ」
孟徳は柔らかく笑んだまま、言った。
「君が俺に嘘をつくのは自由だけどね。……全てを見通す目を持つ君なら、俺の言葉が嘘か本当かなんて、わかるだろ?」
「……」
わからない。
わかるのは花が経験した、これから起こる事象のことだけだ。
人の心など、見えはしない。
(知りたいとも――思わない)
全ては通り過ぎていく「登場人物」に過ぎない。どんなに知っても、また一から世界がはじまって、彼等の心もまた、一に戻ってしまう。どんなに言葉を交わしても、いや、交わせば交わすだけ、虚しくなるだけだ。
そうして花は、人を知りたいと思うことを、忘れてしまった。

(……なのに)
(なんでこの人の、この笑みが)
(この人が何を考えているのか知りたいと、思うのだろう)

黙り込んでしまった花の前で、孟徳はゆっくりと息をついた。
そして、「また来るよ」と声を残して、花の部屋を立ち去ったのだった。







(次回から、四人目の異邦者……つまり、オリキャラが登場です。すみません……)

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