姫金魚草
三国恋戦記中心、三国志関連二次創作サイト
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02 その微笑みは誰のもの
一人目は子元の生きた世界を願った。
二人目は会うことが無かったけれど、呉に居たらしいと聞いた。
三人目は美周朗を一目みたいと願った少女だった。
四度目の世界。
花が孔明となってから四度目の世界。四人目の異邦者は、まだ、見えない。
* * *
「お茶は好き?」
宣言どおり花のもとを訪れた孟徳は、手土産に柔らかな香りの茶葉を携えてきた。
捕虜に出すものではないと一目で知れたが、断る理由も思い当たらなかったので頷いた。孟徳が手ずから淹れた茶などという贅沢なものを頂きながら、花はこちらをにこにこと眺める孟徳を、ぶしつけとも言える視線で見返した。
四度目ともなれば、世界のことなど大体知れる。緩慢な円環の中で花はまさに雲長と同じ、飽いた生を送っていた。
けれどこの男。
曹孟徳は、興味深い男だった。好奇心を隠そうともしない瞳から、ひとかけらの悪意も感じ取れないことが不気味だった。花は自らの献策で、多くの魏の兵士を殺している。彼にとっては憎むべき存在だろう。
「甘い香りですね。美味しいです」
「そう? 良かった。俺はお茶のことはよくわかんないんだけど、文若が好きでさ」
世間話以上のことを振ろうとしない男が不思議だった。
「……聞きたいことがあるのでは?」
のらりくらりとした会話にも飽いて、ついにこちらから切り出してしまった。孟徳は目を瞬いて、首を傾げた。
「答えてくれるの?」
「それは、質問の内容によります」
「そりゃそうか。んー、何を聞こうかな」
腹の探りあいをしているはずなのに、孟徳はまるで気構えない。
「んー、そうだ。なんで、玄徳のところに仕官したの?」
「……それは、貴方のところではなくて、という意味ですか?」
「いや、単純な興味」
「それでしたら。仕えるべき方だと思ったからです」
「……ふぅん、」
仕えるべき、ね。
孟徳の声がはじめて何かを含んだ。
別に、選んだわけではない。決まっていたことに、従っただけだ。けれどそれを言うわけにはいかなかったから、嘘をついた。
「どんなところが?」
「三顧の礼を以って私などを迎えてくれたところは勿論、なにより、劉玄徳は徳のお方ですから」
「俺だって、かの伏龍がこんな可愛い子だって知ってたら、三回どころか百回だって訪ねてたよ。花束を持ってさ」
それは訪ねる意図が違うでしょう。
そう返すことは自惚れのように感じられて、花は返す言葉を探した。自然と下がった視線がふと、椀を持つ孟徳の手を捕らえる。
布の巻かれた左手。
「……お怪我を?」
「え? ああ、これ?」
先程の手つきを見る限り、ひどいものではなさそうだが。孟徳は隠すように手を引いて、苦笑した。
珍しい顔だ、と思った。
「若気の至りというか……戒めというか。怪我自体は治ってるんだけど、傷痕がひどいからさ。隠してるんだ」
「傷痕、」
彼もまた、最初から強大であったわけではないのだ。今更の様に、そんな事実を思い出した。
痕の残るような大きな怪我を、総大将である彼自身が負うような、そんなひどい戦いを、彼は経験している。
そう――
四回目の花は知っている。かの悪名高い徐州攻めと、その顛末を。
それが何に対する戒めなのか――
「……なに? 孔明」
隠された手に注がれたままの花の視線に、孟徳がいぶかしげに首を傾げる。
「……何を」
「……?」
「何を戒めているのか、伺っても?」
問いは自然と、口をついて出た。言ってから、出すぎた問いだと気がついた。はっとして視線を孟徳に向けると、孟徳は静かに微笑んで花を見た。
「教えないよ」
「……すみませ、」
「君が嘘ばかりつくから。俺だけ本当のことを教えるのは、不公平でしょ?」
「……!」
嘘だと。
花の言葉は全て嘘だと、どうして彼は知るのだろう。
「俺は君に嘘をつかないよ」
孟徳は柔らかく笑んだまま、言った。
「君が俺に嘘をつくのは自由だけどね。……全てを見通す目を持つ君なら、俺の言葉が嘘か本当かなんて、わかるだろ?」
「……」
わからない。
わかるのは花が経験した、これから起こる事象のことだけだ。
人の心など、見えはしない。
(知りたいとも――思わない)
全ては通り過ぎていく「登場人物」に過ぎない。どんなに知っても、また一から世界がはじまって、彼等の心もまた、一に戻ってしまう。どんなに言葉を交わしても、いや、交わせば交わすだけ、虚しくなるだけだ。
そうして花は、人を知りたいと思うことを、忘れてしまった。
(……なのに)
(なんでこの人の、この笑みが)
(この人が何を考えているのか知りたいと、思うのだろう)
黙り込んでしまった花の前で、孟徳はゆっくりと息をついた。
そして、「また来るよ」と声を残して、花の部屋を立ち去ったのだった。
(次回から、四人目の異邦者……つまり、オリキャラが登場です。すみません……)
二人目は会うことが無かったけれど、呉に居たらしいと聞いた。
三人目は美周朗を一目みたいと願った少女だった。
四度目の世界。
花が孔明となってから四度目の世界。四人目の異邦者は、まだ、見えない。
* * *
「お茶は好き?」
宣言どおり花のもとを訪れた孟徳は、手土産に柔らかな香りの茶葉を携えてきた。
捕虜に出すものではないと一目で知れたが、断る理由も思い当たらなかったので頷いた。孟徳が手ずから淹れた茶などという贅沢なものを頂きながら、花はこちらをにこにこと眺める孟徳を、ぶしつけとも言える視線で見返した。
四度目ともなれば、世界のことなど大体知れる。緩慢な円環の中で花はまさに雲長と同じ、飽いた生を送っていた。
けれどこの男。
曹孟徳は、興味深い男だった。好奇心を隠そうともしない瞳から、ひとかけらの悪意も感じ取れないことが不気味だった。花は自らの献策で、多くの魏の兵士を殺している。彼にとっては憎むべき存在だろう。
「甘い香りですね。美味しいです」
「そう? 良かった。俺はお茶のことはよくわかんないんだけど、文若が好きでさ」
世間話以上のことを振ろうとしない男が不思議だった。
「……聞きたいことがあるのでは?」
のらりくらりとした会話にも飽いて、ついにこちらから切り出してしまった。孟徳は目を瞬いて、首を傾げた。
「答えてくれるの?」
「それは、質問の内容によります」
「そりゃそうか。んー、何を聞こうかな」
腹の探りあいをしているはずなのに、孟徳はまるで気構えない。
「んー、そうだ。なんで、玄徳のところに仕官したの?」
「……それは、貴方のところではなくて、という意味ですか?」
「いや、単純な興味」
「それでしたら。仕えるべき方だと思ったからです」
「……ふぅん、」
仕えるべき、ね。
孟徳の声がはじめて何かを含んだ。
別に、選んだわけではない。決まっていたことに、従っただけだ。けれどそれを言うわけにはいかなかったから、嘘をついた。
「どんなところが?」
「三顧の礼を以って私などを迎えてくれたところは勿論、なにより、劉玄徳は徳のお方ですから」
「俺だって、かの伏龍がこんな可愛い子だって知ってたら、三回どころか百回だって訪ねてたよ。花束を持ってさ」
それは訪ねる意図が違うでしょう。
そう返すことは自惚れのように感じられて、花は返す言葉を探した。自然と下がった視線がふと、椀を持つ孟徳の手を捕らえる。
布の巻かれた左手。
「……お怪我を?」
「え? ああ、これ?」
先程の手つきを見る限り、ひどいものではなさそうだが。孟徳は隠すように手を引いて、苦笑した。
珍しい顔だ、と思った。
「若気の至りというか……戒めというか。怪我自体は治ってるんだけど、傷痕がひどいからさ。隠してるんだ」
「傷痕、」
彼もまた、最初から強大であったわけではないのだ。今更の様に、そんな事実を思い出した。
痕の残るような大きな怪我を、総大将である彼自身が負うような、そんなひどい戦いを、彼は経験している。
そう――
四回目の花は知っている。かの悪名高い徐州攻めと、その顛末を。
それが何に対する戒めなのか――
「……なに? 孔明」
隠された手に注がれたままの花の視線に、孟徳がいぶかしげに首を傾げる。
「……何を」
「……?」
「何を戒めているのか、伺っても?」
問いは自然と、口をついて出た。言ってから、出すぎた問いだと気がついた。はっとして視線を孟徳に向けると、孟徳は静かに微笑んで花を見た。
「教えないよ」
「……すみませ、」
「君が嘘ばかりつくから。俺だけ本当のことを教えるのは、不公平でしょ?」
「……!」
嘘だと。
花の言葉は全て嘘だと、どうして彼は知るのだろう。
「俺は君に嘘をつかないよ」
孟徳は柔らかく笑んだまま、言った。
「君が俺に嘘をつくのは自由だけどね。……全てを見通す目を持つ君なら、俺の言葉が嘘か本当かなんて、わかるだろ?」
「……」
わからない。
わかるのは花が経験した、これから起こる事象のことだけだ。
人の心など、見えはしない。
(知りたいとも――思わない)
全ては通り過ぎていく「登場人物」に過ぎない。どんなに知っても、また一から世界がはじまって、彼等の心もまた、一に戻ってしまう。どんなに言葉を交わしても、いや、交わせば交わすだけ、虚しくなるだけだ。
そうして花は、人を知りたいと思うことを、忘れてしまった。
(……なのに)
(なんでこの人の、この笑みが)
(この人が何を考えているのか知りたいと、思うのだろう)
黙り込んでしまった花の前で、孟徳はゆっくりと息をついた。
そして、「また来るよ」と声を残して、花の部屋を立ち去ったのだった。
(次回から、四人目の異邦者……つまり、オリキャラが登場です。すみません……)
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