姫金魚草
三国恋戦記中心、三国志関連二次創作サイト
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帝を巡る冒険 に入らなかった幕間2
幕間② 子桓と子建
幕間② ~とある兄弟の会話
「彼は無事ですか」
「彼? 誰のことだ、子建」
兄の不機嫌そうな顔を知らぬげに、弟は笑う。
「節にしきりと話しかけたがっていた、彼ですよ」
「――ああ」
無事も何も、と、子桓は笑った。
「少し父の話をした。節には話しておいたが、と付け足したら、慌てて撤回を乞うてきた」
「……これはひどい」
父親の溺愛振りは、母があきれて匙を投げるほどだ。といっても、最近真面目に拗ねた母親に必死で頭を下げている父親を見た二人としては、単純に父孟徳は女性に弱いのではないか、と言う結論に至っている。
とかくそんな父の――しかも父は、巷では比較的恐れられる類の人物だ――話を聞いては、大方の者は震えあがるだろう。
妹がもし結婚したがったとして、一番の難関が父であることは、兄弟揃っての予測である。そして恐らく、外れては居るまい。
しかし。
「その程度で、我が妹に声をかけようだなどと、笑わせる」
「……」
はっ、と、鼻で笑った兄もまた、本当はひどく妹を大切にしているのだ――と、子建は知っている。妹に友人が会いたがっているだなどと話したのも、彼女が決して会うことを承諾しないと知っての所業だ。ただ、悩ませて困っている様を見て楽しもうと言うのだ。
兄の愛は少々歪んでいる。それは、仲達に対する態度を見ればよくわかる、と、子建は思っている。
「こちらも、難関だ」
「何か言ったか、子建」
「いえ」
なにも、と、子建は笑った。
「ただ、兄上は、ほんとうに節がかわいいのだなと」
「かわいい? あれは莫迦だから、放っておけぬだけだ」
子桓は僅かに形のいい眉をひそめた。しかし、兄の暴言に慣れきっている子建は、ただくすくすと笑うばかりだ。
「はいはい。莫迦な子ほどかわいいと言いますからね」
「子建」
「なんだか、狡いな」
子建は、自らが情の強い性質でないことを自覚している。彼にとって世界は強烈すぎるがゆえに、人の情というものもまた、自分で感じることが恐ろしい。
「兄上と節は、ほんとうに、仲がよろしくて」
年の離れていない兄弟だ。三人並んで、けれど子建は幼いころから、自分だけが一歩離れていることに気付いていた。
兄弟からだけではなく、世界そのものから離れている。そういう性質なのだと長じてから悟ったが、幼いころはそれなりに、不思議と言うか、哀しいような心持もしていたのだ。
そんな子建の前で、子桓はほんの少しだけ、首を傾けた。それから、言う。
「お前は莫迦ではないからな。その説をとるなら、かわいくはあるまい」
「……褒められてるんですかね?」
「それにお前は、放っておかれたほうが、楽なのだと思っていた」
子桓は、何でもない事のように言った。
子建は、目を瞬いて兄を見る。
「節のように、口を酸っぱくして叱られたいのなら、今からでもそうしてやるが。ふらふらと出歩くな、そろそろ任官の試験を受けろ、詩会をすっぽかすのをやめろ、それと――」
「! 私が悪かったです、兄上!」
「冗談だ。……そりゃあ、節の方が、かわいいはかわいいが」
子桓はさらりと認めて、小さく笑った。
「お前は如何せん、優秀すぎる。かわいがるにはな」
子建は、言葉の意図するところを取りかねて、兄を見返した。子桓はただ笑っている。子建は考え、そしてようやっと、気が付いた。
認められているのだ。
「……、……でも、私は仕官する気はないので」
「わかっているさ。お前は、好きなように生きればいい。俺は幸い、官吏に向いているようだし」
「……」
「お前の詩は、悪くない」
子桓が、言う。子建はどうにか、笑みを返した。
兄には、敵わない。それをひどく幸せに、思った。
「彼は無事ですか」
「彼? 誰のことだ、子建」
兄の不機嫌そうな顔を知らぬげに、弟は笑う。
「節にしきりと話しかけたがっていた、彼ですよ」
「――ああ」
無事も何も、と、子桓は笑った。
「少し父の話をした。節には話しておいたが、と付け足したら、慌てて撤回を乞うてきた」
「……これはひどい」
父親の溺愛振りは、母があきれて匙を投げるほどだ。といっても、最近真面目に拗ねた母親に必死で頭を下げている父親を見た二人としては、単純に父孟徳は女性に弱いのではないか、と言う結論に至っている。
とかくそんな父の――しかも父は、巷では比較的恐れられる類の人物だ――話を聞いては、大方の者は震えあがるだろう。
妹がもし結婚したがったとして、一番の難関が父であることは、兄弟揃っての予測である。そして恐らく、外れては居るまい。
しかし。
「その程度で、我が妹に声をかけようだなどと、笑わせる」
「……」
はっ、と、鼻で笑った兄もまた、本当はひどく妹を大切にしているのだ――と、子建は知っている。妹に友人が会いたがっているだなどと話したのも、彼女が決して会うことを承諾しないと知っての所業だ。ただ、悩ませて困っている様を見て楽しもうと言うのだ。
兄の愛は少々歪んでいる。それは、仲達に対する態度を見ればよくわかる、と、子建は思っている。
「こちらも、難関だ」
「何か言ったか、子建」
「いえ」
なにも、と、子建は笑った。
「ただ、兄上は、ほんとうに節がかわいいのだなと」
「かわいい? あれは莫迦だから、放っておけぬだけだ」
子桓は僅かに形のいい眉をひそめた。しかし、兄の暴言に慣れきっている子建は、ただくすくすと笑うばかりだ。
「はいはい。莫迦な子ほどかわいいと言いますからね」
「子建」
「なんだか、狡いな」
子建は、自らが情の強い性質でないことを自覚している。彼にとって世界は強烈すぎるがゆえに、人の情というものもまた、自分で感じることが恐ろしい。
「兄上と節は、ほんとうに、仲がよろしくて」
年の離れていない兄弟だ。三人並んで、けれど子建は幼いころから、自分だけが一歩離れていることに気付いていた。
兄弟からだけではなく、世界そのものから離れている。そういう性質なのだと長じてから悟ったが、幼いころはそれなりに、不思議と言うか、哀しいような心持もしていたのだ。
そんな子建の前で、子桓はほんの少しだけ、首を傾けた。それから、言う。
「お前は莫迦ではないからな。その説をとるなら、かわいくはあるまい」
「……褒められてるんですかね?」
「それにお前は、放っておかれたほうが、楽なのだと思っていた」
子桓は、何でもない事のように言った。
子建は、目を瞬いて兄を見る。
「節のように、口を酸っぱくして叱られたいのなら、今からでもそうしてやるが。ふらふらと出歩くな、そろそろ任官の試験を受けろ、詩会をすっぽかすのをやめろ、それと――」
「! 私が悪かったです、兄上!」
「冗談だ。……そりゃあ、節の方が、かわいいはかわいいが」
子桓はさらりと認めて、小さく笑った。
「お前は如何せん、優秀すぎる。かわいがるにはな」
子建は、言葉の意図するところを取りかねて、兄を見返した。子桓はただ笑っている。子建は考え、そしてようやっと、気が付いた。
認められているのだ。
「……、……でも、私は仕官する気はないので」
「わかっているさ。お前は、好きなように生きればいい。俺は幸い、官吏に向いているようだし」
「……」
「お前の詩は、悪くない」
子桓が、言う。子建はどうにか、笑みを返した。
兄には、敵わない。それをひどく幸せに、思った。
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