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苦労性と四月馬鹿(文若)

(文若GOOD後です。)




「え? 花ちゃん? 花ちゃんなら今頃俺の部屋で寝てるよ」




いつもの時間に執務室にあらわれない花を探してうろうろしていた文若を捕まえたのは、満面の笑みの孟徳だった。
ぴし、と、自分の顔が凍りついたのを自覚する。
「じゃ、俺は仕事があるから」
何時もはいかに逃げ回るかを考えているくせに、こんなときばかりひらりと手を振って去っていく。
(……丞相の、部屋で?)
いまあの赤いのは何と言ったのか。主君に対して不敬に過ぎる呼び名が自然と胸から湧いて出る。
(……いや、とにかく、探しに)
はっと我に返って、(かなりの間微動だにせず立ち尽くしていた文若の姿を、柱の影からにやにやと眺めていた赤いのには気付かずに)慌てて孟徳の部屋に向かいかける。
しかし。
(……丞相の、部屋?)
内心でもう一度、繰り返す。丞相の私室――恐らくは寝室に、主の許可なく立ち入る権限など、何人にも与えられては居ない。それは、腹心ともいえる文若ですら例外ではない。
(……あれは、いつもの悪い冗談だ。そうに決まっている)
ようやっとのことでその考えに辿り着いた文若は、自分を納得させるように「悪い冗談、」と小さく呟きながら、踵を返す。執務室に戻れば、なんでもない顔で花が迎えてくれるだろう。そうに決まっている――


* * *


「ごめんなさいっ!」
「……!?」
焦るような惑うような、ふらふらとした足取りで執務室に辿り着いた文若を迎えたのは、確かに花だった。ただし、文若の姿を認めた途端、困りきった顔で頭を下げる――そんな予想外のリアクション付きの。
(……ごめんなさい……?)
遅れた事を怒るとでも思ったのだろうか。いや、それにしては、思い切り深く下げられた頭がいかにも大仰過ぎる。恐らくもっと別の――
(――別の、)
(謝るような、何かが?)
思い出されるのは、勿論、先程の孟徳の言葉である。
(いや、そんなことは、)
「孟徳さんに、なにか言われましたよね?」
「……!!?」
そんなことはない、と思いかけたところでの花の言葉に、文若の眉間の皺が深くなる。花はその表情を見て、やっぱり、と空を仰いだ。
「……花、どういう――」
どういうことだ、ありえない、けれどあの手の速さが通常の三倍の赤いのだし、いやでも花に限って、というか私はどうすればいいんだ? ああそうだ毒がまだ――
ぐるぐる回る思考に翻弄されながら尋ねた声を、花が遮る。

「今日は、嘘をついてもいい日なんです」

「……は?」
一瞬では理解が及ばずに、文若はさらに険しく眉を寄せた。
それを怒りととったのだろう。花は縮こまるようにしながらこちらを上目で見て、慌てて続けた。
「私の国に、そういう日があったんです……朝、ここに来る途中で孟徳さんに会って、それを教えたら『文若が皺を無くすくらい驚かせてやろう』って言って、そのままお庭に連れて行かれて、お茶とお菓子を出されて、しばらくゆっくりしててって言われて……」
「……、……」
「最初はちょっと面白いかも、って思っちゃって、でも、一人でお茶を飲んでるうちに、文若さんのことを色々考えてたら」
花がこちらを見上げる。
「文若さん、孟徳さんに嘘つかれたら、傷付くだろうなって思って。……慌てて、戻ってきたんですけど、居ないし、戻ってくるのが遅いから、何かあったんだろうと思って……」
間に合わなくて、ごめんなさい。
もう一度深く頭を下げる花に身体を起こさせて、文若はそのまま花の身体を抱きしめた。
「……? 文若さ、」
「つまり、丞相のあれは、嘘なんだな」
「……、何をおっしゃったかはわかりませんけど、嘘だと思います」
「……そうか」
一気に身体から力が抜ける。花に縋りつくような姿勢になった文若に、花は「どうしたんですか、そんなひどい嘘をつかれたんですか」とわたわたする。文若はもう一度ぎゅうと花を抱きしめてから、ゆっくりと笑った。
「……いや、……少しばかり、試されて踊らされただけだ。乗せられたこちらが悪い」
「嘘をつくほうが悪いに決まってます! ごめんなさい、私が――」
「いいんだ」
あれが本当でないのならば、なんだって、どうだっていい。
文若はすっかり力の抜けた顔で、眉間に皺の欠片もなく笑って、そっと花に口付けた。




* * *




「で、なんかいきなりぴたっと止まったかと思えばまた固まって。それからふらふらーっと歩き出して。変な病気の人みたいだったなー」
「……孟徳、お前は此処に仕事をしに来たのか、それとも文若の話をしに来たのか?」
「後者に決まってるでしょ。あー面白かった。あんなあいつはじめて見たよ」
「……しかし、それは、ややこしい話になってはいないのか? いや、あの二人のことだし、大丈夫だとは思うが」
「大丈夫だろ。大丈夫じゃなかったら、嘘を真にしちゃえばいいだけの話だし」
「……孟徳」
「これも嘘だって。今日は嘘をついていい日なんだからさ」
怖い声出すなよ、と笑う孟徳が、本当に楽しそうに見えて、元譲は目を細めた。
あの日から――文若が孟徳の命を救ったあの日から、孟徳が纏う空気は明らかに柔らかくなった。
(……それもこれも、あの娘のお陰か)
「次は誰を驚かそうかな」
「……いや、流石に文若以外はやめておけよ」
孟徳がこんな悪戯を仕掛けるなど、他に居ないと知っていて、釘を刺した。
はあい、と聞き分けよく頷いた孟徳は、残念だなと続けながらも、やはりとても、楽しそうに見えたのだった。






(エイプリルフールに間に合った……!)

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