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姫金魚草

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03 ずっと変わることが無い景色

「外に行こうよ。街を見せてあげる」
彼が私を誘うのは、決して帰さないという思いの表れか、自らの国の様子が知れても脅威にはならないという自信の表れか、どちらなのだろうと思ったけれど。
「あそこの料理が美味しいんだ。あ、装飾品ならぜったいあの通りだよ。布ならあっちの区画だし……どこに行きたい?」
有無を言わせず手をひいて、慣れた様子で雑踏を歩く姿は、ただの宝物を自慢したい子供にしか見えない。
曹孟徳は不思議な男だ。
こちらに来てからそう思うのは何回目だろう。世知に長け、知略に富み、時に横暴で、圧倒的に凶悪。人々の囁くその噂もまさしく、彼に相応しいものだと思うのに、花の前での孟徳は、恐ろしいほど敏いのに、呆れるくらい無邪気な、過敏な子供のように見える。
「……、え、と」
「女の子だったら、やっぱりまずは甘いものとかかな」
「……、それ、やめてくださいませんか」
結局一度も否定できていなかった、『女の子』という呼称。流石に往来で言われるのは恥ずかしく、花はやっと機会を掴んで小さく言った。
「え? なんで」
「そんな歳ではないですから」
「え。だってまだ二十歳そこそこでしょう?」
待てこら。
思わず言いそうになったのを、すんでのところで堪える。
若く見られるのが嬉しいといっても、限度がある。というか、それは、幼く見られているのではあるまいか。
「……二十七です」
「へ?」
「私は、今年二十七になります」
「……は?」
ぱちぱちと瞬かれた目が、心底驚いたことを伝えてくる。嘘だ、と言われるかと思ったけれど、孟徳はなにも言わずに花の頬に手を伸ばした。
「……うわー、まさかこの俺が、女の子の歳を間違うとは思わなかった……」
「ですから、」
「あ、うん、ごめん。おんなのひと、ね」
何に感心しているのか、すごい、という呟きとともにぐりぐりと頬を撫でられる。
天下の往来でこんなことをされているのは、女の子呼ばわりよりもよほど恥ずかしい。やっとそれに思い至って、花は慌てて顔を下げた。
「叫びますよ」
「それはやめて……ごめんごめん。……さて、じゃあ女の子じゃない孔明殿は、甘いものなんか興味ないかな?」
にこり、と、悪戯めいた顔が向けられた。この話の流れでこう振ってくる男は、花が今まで羅列された選択肢の中で、何に一番興味を覚えたか、承知していると言いたげだ。
「……、……女人はいくつになっても、甘味の誘惑に抗えない生き物ですから」
「素直にあまいものたべたいー、って言えば良いのに」
可愛げのない返答にも楽しげに笑って、手を引いて歩き始める。質素な服に身を包み、こうして市場を歩いていると、どこにでもいる男に見える。いや、少しばかり辺りの視線が気になる程度には、見目のいい男ではあるけれども、けれど、それだけだ。
――どうして彼は、天下に野心など抱いたのだろう。
にこにこと辺りを紹介しながら歩くさまが、とても楽しそうに見えるものだから、――天下など望まず、ずっとこうしていればいいのに、と。
人の生き方を、戯れにでも気に掛けるなど、一体どれほどぶりかもわからない。
けれど、素直に、そんなことを、考えた。


* * *


甘味巡りにはじまって、装飾品(此処で無理矢理玉の耳飾を贈られた)、衣料品(ここでも無理矢理華やかな着物を)を見て回ると、あっという間に日が暮れた。
城に戻れば、花には冷たい視線が、孟徳には小言が待っているだろう。けれど街を見て回ることは、軍事的な視線などまるで思い浮かばないほどに楽しかった。
正しく統治された街の活気。定住の地を持たず、戦乱の中乞われて居所を転々とすることの多い玄徳軍では見ることの出来ない街の姿がそこにはあった。長い時の巡りの中で――荒れたところにいた時間の方が遥かに長い花にとって、その景色はあまりにも新鮮で、美しいものに見えた。
孟徳は、良き統治者だ。統治者が法を重んじ、公平で公正であるということが、民にとってどれだけの恩恵であることか。
「俺には、あんまり徳の持ち合わせは無いからさ」
法の整備に力を入れている孟徳の姿に素直に感心すると、孟徳は苦笑しながら言った。
「人を納得させる、簡単な方法を考えたら、そうなっただけ」
「……」
それは徳よりも汎用性の高い、正しい政治の姿だと一瞬だけ思って、孔明である自分が思って良いことではないと、慌ててその思いを押し込める。沈黙をどう取ったのか、苦笑を深くした孟徳を、花には聞き覚えの無い声が呼んだ。
「丞相! ……、孔明、殿」
視線を向ける。
――驚いた。
声の主が身を包む衣服は、どう見てもこの時代のものではなかった。
隣で孟徳があからさまに顔を顰めたのも気にならないくらいに、驚いた。

――四人目は、魏に願ったのか。

「丞相、まさか孔明と、」
「お前の策は承知しているし、軽んずるつもりもない。今は下がれ」
「……」
恐らく叱責めいた言葉を口にしかけた男に対して、孟徳は淡々とした口調で言った。男は一瞬眉を寄せたものの、「失礼しました」と頭を下げる。
策。
――「孔明」に、関係のある策?
ぞくりとした。
どうしてこの可能性を考えていなかったのか――どうして安易に、玄徳達の元に帰れるなどと思ったのか。
物語は、「駒」の手で変わることは無い。駒と化した雲長や花が抗おうとしても、物語の流れとでもいうべきものは、個人の動きなどまるめて飲み込んで、元の居場所へ押し戻してしまう。だからこそ花は、魏に長居することは無いと思っていた。

しかし、――本の持ち主は、違う。

彼等の本の些細な動きが、物語を大きく変える。それはつまり、「駒」の位置も、変えることが出来るということだ。
(――まさか、)
(――まさか、今回の「持ち主」は)
呆然と立ち尽くす花に、「持ち主」が視線を向ける。二十歳ぐらいに見える、若い男。簡素なシャツとズボンに身を包んだ姿は、この空間にはいかにも異質だ。
「……失礼します、丞相、孔明殿」
格式ばった礼をして立ち去る、その一瞬。

(――笑った)

彼は確かに笑った。歪んだ唇が、告げているように見えた。
――逃がさない、と、弄ぶように。










(やっと舞台が整った?)

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