姫金魚草
三国恋戦記中心、三国志関連二次創作サイト
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04 守りたいもの
(どうしよう)
花は、自分が余りに何も考えていなかったことに気付いて愕然とした。
(『孔明』だったら)
(……師匠だったら、こんな風には、ならない)
既に薄れて久しい記憶の中にある、『孔明』の姿。
彼だったら――花が正しく『孔明』であれたなら。
囚われて直ぐに、考えただろう。逃げる術を。若しくは、あの状況を上手く生かす策を。
(私は、……駒にすら、なれない)
(過去に縋って、記憶に頼って、永遠に溺れて)
そのとき、扉を叩く音が響いた。
ここを訪ねる者など、一人しかいない。
「! ……はい」
「入っていい?」
拒めるはずもなく、拒む理由もない問い。思考を中断された花は、慌てて椅子から立ち上がり、軽く髪を直してから、声の主――孟徳を迎えた。
「なにか、御用事ですか」
「用がなきゃ来ちゃいけないかな?」
「おそらく、用があっても、いらしてはいけないと思いますよ」
文若殿辺りに言わせれば、と花が笑うと、孟徳が小さく噴出した。花は孟徳に椅子を示し、自分は寝台へと腰掛けた。この部屋は貴人等が捕虜となった際に使うものらしく、調度は整っているが如何せん人を迎えるようには出来ていない。
「さっきの様子が、気になってね」
「……」
「彼を知ってる?」
隠せていたとは思っていない。意外な言葉ではなかったが、彼がそれをこうして直裁に尋ねてくることは、意外だった。――花の言葉など、信用していないだろうに。
「いえ。……不思議な服を着ていましたが、渡来の方ですか?」
「そんな感じなのかな。俺も、詳しくは知らないんだ」
「……詳しく知らない方を、幕下に?」
「まぁ、色々あってね」
珍しい誤魔化し方をするな、と思った。それほど言いたくない事情なのだろうか。
隠されれば、知りたくなるのが人情というものだし――今は、少しでも情報を得ておきたい。
疾うに孔明失格ではあるが、それは別に――花が、孔明であることをやめていい、ということではないのだ。
「彼自身は知りませんが。……似たものを知っている気がして、驚いたのです」
似たものとは、花自身や、雲長のことだ。孟徳は少し驚いたように眉を上げた。
「似た?」
「はい」
「……へぇ。故郷が同じなのかな。彼は何処か――遠くから来たようなことを言っていたけれど」
「遠くから? なにか、志でもあったのでしょうか」
「どうだろうね。……随分、彼を気にするね。それは、『似た人』に関係があるのかな」
孟徳がちらりと、探るような目をする。これが正しいのだ、と、花は思った。曹孟徳と諸葛孔明の会話としてやっと相応しい会話をしている。
「そうですね、……似ているとしたら、彼にもまた、志があるはずですから」
(私が、そして雲長が、そうであったように)
「そんなものがあるようには、……あー、でも、あるのかもなぁ。なにか、目的は」
(……!)
目的。
彼の目的がわかれば、策を立てることは容易くなる。
(……けれど、)
(そう考えることは、『孔明』として、正しいだろうか)
(……いや、師匠なら)
(異邦の客人に、興味を示さないはずが無い。だから、大丈夫だ)
「でも、俺は、それを知らないんだ」
「……え?」
「彼は、やりたいことがあると言っていたよ。そしてそれをやることは、俺の役に立つだろうって」
「……」
「だから俺は彼を軍に迎えたんだ。確かに彼には先見の明があったし――嘘は、ついていないみたいだったからね」
孟徳は、嘘をついているだろうか。
孟徳が、目的を知らぬまま、彼を軍に加えるなどということがありえるだろうか。
(……有り得る、だろうな)
(主が見つかるまで、という酷い条件を呑んだことすらある男)
(異邦人に対して、興味を持ったという理由だけで、それくらいのことはするだろう……)
「やりたいこと、ですか……」
「うん。それがね、すこし面白いな、と思って」
「……?」
「ねぇ。君は何のために、玄徳の元に居るの?」
「……それなら、」
お答えしたはずです、と、言いかけて。
問いが違うことに、気がついた。
『なんで、玄徳のところに仕官したの?』
あのときの問いは、こうだった。
今の問いは――何故、ではなく、何のために。
理由ではなく、目的を問うている。
何のために。
それは、何故、よりも余程、花にとって答えにくい質問だった。
(――『孔明』は、そうするから)
(……なんて、言っても、仕方が無い)
花が本当に『孔明』であれば――答えなど、幾らでもあるのだろう。
花の知る『孔明』は、各地を訪ね、民の暮らしを知り、――だからこそ、徳を尊ぶ主を選んだ人だった。
けれど、花は。
「……、みんなね」
「……、」
答えに窮した花に、不思議な色の目を向けて――それは、なんだか優しいように感じられる視線だった――孟徳は言った。
「大体みんな、こう言うんだよ。『漢王朝を守るため』とか、『丞相を守るため』とか、『民を守るため』とか」
「……それは、」
そうだろう、と思う。『孔明』の思いとて、最後のもの――『民のため』という言葉に還元できるものだ。思ってから、何故孟徳が彼の言を、『やりたいことがある』という彼の言をおもしろいと思ったのかを、理解した。
「彼は、自分のために、俺のところに来たって言ったんだよね。彼にとっては俺も、利用するものの一つなんだろうな、と思ったら、面白くてさ」
それもまた、そうだろう。
彼にとって此処は仮初の国で、彼が何処まで本の仕組みに気付いているかは知らないが、目的を果たしたら去るだけの世界だ。その国のなにかのために、という考えなど、浮かんでくるはずも無い。
思わず納得してしまった花を眺める孟徳の視線、その色に、花は気付かない。
気付かずに、ふと、それを面白いと思う孟徳は、一体なんのためにこうしているのだろう、という疑問を抱いた。
「……貴方は、」
口にしてから、同じ流れだと気がついた。
問われ、問い返し――ならば、同じ答えが返ってくるかもしれない。けれど言いかけた言葉を止めることは、出来なかった。
「なんのために?」
「……、」
孟徳は柔らかな笑みのまま、花を見つめた。あの時と似た微笑み。
「教えないよ」
同じ答え。……そうだろうな、と思ったところで、孟徳は笑みを深くした。
「って、言いたいところだけど。……嘘をつくのを躊躇ってくれたから、お礼に、教えてあげるよ」
「……え?」
「俺はね、なにかの目的のためになんて、そんな高尚なこと、できないんだ」
やりたいことも、守りたいものも、なんにもないんだ。
孟徳はあどけないとすら言える笑みとともにそう言った。
それが嘘ではないと、判ってしまう。
判ってしまうことに、驚いた。
(ああ、この人は)
(……この人は……)
「さて、……次は、本当のことを言ってくれるようになるのかな」
呆然と孟徳を見上げる花の前で、孟徳は立ち上がった。笑みは、いつものどこか掴みどころの無いものに戻っている。
けれど花は、動くことが出来なかった。
「疲れさせちゃったかな? ……おやすみ、孔明」
いい夢を。
孟徳の言葉に、止めを刺されたような気がした。
いい夢なんて、見れない。
(彼の前で、)
(『孔明』になんて、なれない)
今更に花は、自分が最初から絆されていたことに気がついて、愕然とした。
彼に自ら問いを投げたあのときから――彼自身に興味を持ってしまったあのときから、もう、花は、孔明でなど居られなかったのだ。
(師匠、)
(師匠、ごめんなさい)
(……師匠の居場所を奪ったのに。なのに私は)
(あの人を、曹孟徳を。……どうしようもなく知りたいと、そう、思ってしまう……)
野心もなければ忠心もなく。
欲望もなければ愛情も無い。
あんな笑顔で、そう言いきってしまえる彼を――救いたいと、どうしようもなく。
(花孔明、母性に目覚める)(←台無し)
花は、自分が余りに何も考えていなかったことに気付いて愕然とした。
(『孔明』だったら)
(……師匠だったら、こんな風には、ならない)
既に薄れて久しい記憶の中にある、『孔明』の姿。
彼だったら――花が正しく『孔明』であれたなら。
囚われて直ぐに、考えただろう。逃げる術を。若しくは、あの状況を上手く生かす策を。
(私は、……駒にすら、なれない)
(過去に縋って、記憶に頼って、永遠に溺れて)
そのとき、扉を叩く音が響いた。
ここを訪ねる者など、一人しかいない。
「! ……はい」
「入っていい?」
拒めるはずもなく、拒む理由もない問い。思考を中断された花は、慌てて椅子から立ち上がり、軽く髪を直してから、声の主――孟徳を迎えた。
「なにか、御用事ですか」
「用がなきゃ来ちゃいけないかな?」
「おそらく、用があっても、いらしてはいけないと思いますよ」
文若殿辺りに言わせれば、と花が笑うと、孟徳が小さく噴出した。花は孟徳に椅子を示し、自分は寝台へと腰掛けた。この部屋は貴人等が捕虜となった際に使うものらしく、調度は整っているが如何せん人を迎えるようには出来ていない。
「さっきの様子が、気になってね」
「……」
「彼を知ってる?」
隠せていたとは思っていない。意外な言葉ではなかったが、彼がそれをこうして直裁に尋ねてくることは、意外だった。――花の言葉など、信用していないだろうに。
「いえ。……不思議な服を着ていましたが、渡来の方ですか?」
「そんな感じなのかな。俺も、詳しくは知らないんだ」
「……詳しく知らない方を、幕下に?」
「まぁ、色々あってね」
珍しい誤魔化し方をするな、と思った。それほど言いたくない事情なのだろうか。
隠されれば、知りたくなるのが人情というものだし――今は、少しでも情報を得ておきたい。
疾うに孔明失格ではあるが、それは別に――花が、孔明であることをやめていい、ということではないのだ。
「彼自身は知りませんが。……似たものを知っている気がして、驚いたのです」
似たものとは、花自身や、雲長のことだ。孟徳は少し驚いたように眉を上げた。
「似た?」
「はい」
「……へぇ。故郷が同じなのかな。彼は何処か――遠くから来たようなことを言っていたけれど」
「遠くから? なにか、志でもあったのでしょうか」
「どうだろうね。……随分、彼を気にするね。それは、『似た人』に関係があるのかな」
孟徳がちらりと、探るような目をする。これが正しいのだ、と、花は思った。曹孟徳と諸葛孔明の会話としてやっと相応しい会話をしている。
「そうですね、……似ているとしたら、彼にもまた、志があるはずですから」
(私が、そして雲長が、そうであったように)
「そんなものがあるようには、……あー、でも、あるのかもなぁ。なにか、目的は」
(……!)
目的。
彼の目的がわかれば、策を立てることは容易くなる。
(……けれど、)
(そう考えることは、『孔明』として、正しいだろうか)
(……いや、師匠なら)
(異邦の客人に、興味を示さないはずが無い。だから、大丈夫だ)
「でも、俺は、それを知らないんだ」
「……え?」
「彼は、やりたいことがあると言っていたよ。そしてそれをやることは、俺の役に立つだろうって」
「……」
「だから俺は彼を軍に迎えたんだ。確かに彼には先見の明があったし――嘘は、ついていないみたいだったからね」
孟徳は、嘘をついているだろうか。
孟徳が、目的を知らぬまま、彼を軍に加えるなどということがありえるだろうか。
(……有り得る、だろうな)
(主が見つかるまで、という酷い条件を呑んだことすらある男)
(異邦人に対して、興味を持ったという理由だけで、それくらいのことはするだろう……)
「やりたいこと、ですか……」
「うん。それがね、すこし面白いな、と思って」
「……?」
「ねぇ。君は何のために、玄徳の元に居るの?」
「……それなら、」
お答えしたはずです、と、言いかけて。
問いが違うことに、気がついた。
『なんで、玄徳のところに仕官したの?』
あのときの問いは、こうだった。
今の問いは――何故、ではなく、何のために。
理由ではなく、目的を問うている。
何のために。
それは、何故、よりも余程、花にとって答えにくい質問だった。
(――『孔明』は、そうするから)
(……なんて、言っても、仕方が無い)
花が本当に『孔明』であれば――答えなど、幾らでもあるのだろう。
花の知る『孔明』は、各地を訪ね、民の暮らしを知り、――だからこそ、徳を尊ぶ主を選んだ人だった。
けれど、花は。
「……、みんなね」
「……、」
答えに窮した花に、不思議な色の目を向けて――それは、なんだか優しいように感じられる視線だった――孟徳は言った。
「大体みんな、こう言うんだよ。『漢王朝を守るため』とか、『丞相を守るため』とか、『民を守るため』とか」
「……それは、」
そうだろう、と思う。『孔明』の思いとて、最後のもの――『民のため』という言葉に還元できるものだ。思ってから、何故孟徳が彼の言を、『やりたいことがある』という彼の言をおもしろいと思ったのかを、理解した。
「彼は、自分のために、俺のところに来たって言ったんだよね。彼にとっては俺も、利用するものの一つなんだろうな、と思ったら、面白くてさ」
それもまた、そうだろう。
彼にとって此処は仮初の国で、彼が何処まで本の仕組みに気付いているかは知らないが、目的を果たしたら去るだけの世界だ。その国のなにかのために、という考えなど、浮かんでくるはずも無い。
思わず納得してしまった花を眺める孟徳の視線、その色に、花は気付かない。
気付かずに、ふと、それを面白いと思う孟徳は、一体なんのためにこうしているのだろう、という疑問を抱いた。
「……貴方は、」
口にしてから、同じ流れだと気がついた。
問われ、問い返し――ならば、同じ答えが返ってくるかもしれない。けれど言いかけた言葉を止めることは、出来なかった。
「なんのために?」
「……、」
孟徳は柔らかな笑みのまま、花を見つめた。あの時と似た微笑み。
「教えないよ」
同じ答え。……そうだろうな、と思ったところで、孟徳は笑みを深くした。
「って、言いたいところだけど。……嘘をつくのを躊躇ってくれたから、お礼に、教えてあげるよ」
「……え?」
「俺はね、なにかの目的のためになんて、そんな高尚なこと、できないんだ」
やりたいことも、守りたいものも、なんにもないんだ。
孟徳はあどけないとすら言える笑みとともにそう言った。
それが嘘ではないと、判ってしまう。
判ってしまうことに、驚いた。
(ああ、この人は)
(……この人は……)
「さて、……次は、本当のことを言ってくれるようになるのかな」
呆然と孟徳を見上げる花の前で、孟徳は立ち上がった。笑みは、いつものどこか掴みどころの無いものに戻っている。
けれど花は、動くことが出来なかった。
「疲れさせちゃったかな? ……おやすみ、孔明」
いい夢を。
孟徳の言葉に、止めを刺されたような気がした。
いい夢なんて、見れない。
(彼の前で、)
(『孔明』になんて、なれない)
今更に花は、自分が最初から絆されていたことに気がついて、愕然とした。
彼に自ら問いを投げたあのときから――彼自身に興味を持ってしまったあのときから、もう、花は、孔明でなど居られなかったのだ。
(師匠、)
(師匠、ごめんなさい)
(……師匠の居場所を奪ったのに。なのに私は)
(あの人を、曹孟徳を。……どうしようもなく知りたいと、そう、思ってしまう……)
野心もなければ忠心もなく。
欲望もなければ愛情も無い。
あんな笑顔で、そう言いきってしまえる彼を――救いたいと、どうしようもなく。
(花孔明、母性に目覚める)(←台無し)
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