姫金魚草
三国恋戦記中心、三国志関連二次創作サイト
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06 一瞬だけでもかまわない
なんだか笑いだしてしまいそうだった。
腹を据えたら、世界が輝いた。
どのようにでもしてやれる。
巡り巡った世界が、花の希みを叶えるだろう。
「……ごめん。話があるんだけど、いいかな」
孟徳の控えめな声を聞き、慌てて取り繕わなければならないほどに。
たしかに。
たしかに花は、笑っていた。
* * *
孟徳の言葉は予想の範囲内だった。
寧ろ、今更、と思わせる類の提案。
(しかし、今更ということは、……これは、彼の意思ではないだろう)
「例の、異邦の方が?」
それは寧ろ確認だった。
「なんで、そう思うのかな」
「なんとなく、です」
否定も肯定もしない言葉に確信する。あの男が動いたのだろう。
最高のタイミングだ。茶を淹れる動きで言葉を焦らぬように選びながら、訊ねた。
「その方と、お話しすることは可能でしょうか」
まずは彼に会わねば。
物語を変えることの出来る唯一の存在。この世界の、不確定要素。
彼に会わねば、何もはじまりはしない。
「……俺の前で他の男に会いたいだなんて、言わないでほしいなぁ」
「御戯れを」
どうしても、気が逸る。孟徳の戯言はいつものことなのに、上手く笑えているだろうか。
旅が長いからと偽りは、彼には悟られてしまうだろうか。
「彼は俺の臣下じゃないからね。命令は出来ないよ」
「彼に、私が話したがっていたと、伝えていただければ充分です」
魏に仕え、孟徳への献策を試みる男が、三国志に無知であるとは思えない。諸葛孔明の三国志という物語における知名度は、例え魏に何かを望む男にとっても、効力を発揮するだろう。
「……随分な自信だね?」
「ええ」
これは違うか――自信とは、似て非なるものだ。
「彼が私の知人に似ている限り――彼は、私に興味を持つでしょうから」
(私に――否、諸葛孔明に)
だからこそ、後ろめたくもあるが、胸を張ることも出来るのだ。
「ふぅん。そんな風に言って」
「……?」
孟徳は、なにか面白くなさそうに目を眇めた。なにが気に障ったのかわからず、首を傾げる。
彼の機嫌を損ねては駄目だ。内心で、僅かに焦る。
孟徳は――少し拗ねたような口調で、続けた。
「俺の前でそんな風に言って――俺がわざと、彼と君を会わせないとは、思わないの?」
「……」
驚いた。
というより、拍子抜けした、と言う方が正しいかもしれない。花は、自分が気を張りすぎていたことに気がついた。
(私にとって、あの男に会うことは、なくてはならないことだけれど)
(彼には――曹孟徳には、その理由を察することは、不可能だ)
ばれないように、息を吐いて――笑う。
(しっかりしろ、)
(妙に気負っていたら、怪しまれる)
「そちらの自信は、残念ながら。それでなくても、丞相はそのように狭量な方ではないでしょう」
「そっちの自信も持っていいよ」
「御戯れを」
大丈夫、何時もの軽口だ。疑われていないうちは、この程度の願いなら、気紛れな孟徳は叶えてくれるだろう。小さく笑うと、彼は仕方ないな、と言いたげに笑って、一口、もう冷めただろう茶を口に運んだ。
そういえば、彼は躊躇わないな、と、思った。
此処で何かを口に入れることを、躊躇わない。
その意味を考えることは、今は無為だ。思ったところで、孟徳が、ほんの少し、歪んで見える笑顔を浮かべた。
「? ……何、を」
「いや、……そうだ」
孟徳の目が、花の目を捉えた。彼の方が余程、何もかも見透かす目をしている、と、僅かひるんだところで、彼は歪んだ笑みのまま、問いを呟いた。
「ねぇ。……玄徳の手のものが、君を迎えに来たらどうする?」
驚いた、のは。問い自体には勿論だけれど、その声音の、あからさまなひずみに、だった。
(なんて、)
(なんて、ひどい問いだ)
答えが一つしか許されず、それを双方が承知している問いは、どんな問いであっても、暴力的で残酷だ。
花に護衛をつけると言って――花を逃がさないと暗に言って、それから数刻も経たないうちに、こんなことを問う、だなんて。
(これじゃあ、)
(何を言っても、それは、用意された答えになってしまう)
逃げない、と言っても。
それは、逃げられないから、に、なってしまう。
(それでも彼は、私に、逃げないと言わせたい?)
(それとも、……彼は、傷付きたいとでも、言うのだろうか)
考えが巡るのは、一つの瞬きの間に留めた。それを過ぎれは、疑いを招く。
「どうするも、……急いで逃げろと、いいますね」
ならば、それに乗ろう。なるべく嘘をつかずに、なるべく彼が、信じるように。
「え」
「この状況では、私を連れて此処を出るのは、少しばかり不可能の度合いが高いかと」
「……帰らないの」
思わず唇が上がった。言えると思っても居ないくせに。言って欲しかったのなら、自虐が過ぎる。
彼は私が帰りたがっていると思っている。あたりまえだけれど、それは、愚かだ。
「そんなことをしたら、……丞相、あなたが怒るでしょう」
もう、逃げるつもりなど何処にも無い。だから最後は、からかうように付け加えた。先程彼が、そこも自信を持てと言ったから、思っても居ないことを。
けれどどうやら真意は、伝わらなかったらしい。どこか呆然とした男は、想定外の言葉を吐いた。
「……そうだね、徐州の二の舞は、嫌だもんね」
「……!」
彼が、何を思ってそう返したかは、わからない。けれどそれは、了承できない言葉だった。
そんなつもりで言ったととられるのは、困る。
「その言い方は、誤解されます」
思わず、語気が強くなった。
私が、徐州のことを――曹孟徳の残虐さを現している、と、思っているだなんて、思わないで欲しい。
一瞬、視線が彼の左手に――火傷跡に、流れた。気付いただろうか。
(彼は、戒めと言った)
(――何をかは、聞けなかった、けれど)
「私は、知ってるんですよ」
徐州牧陶恭祖は、彼の父親を殺した。この時代――花の感覚では、現代の感覚では理解することは容易くないけれど、この時代、父祖の復讐は、正義だ。彼が怒りのままに軍を動かしたことに違いは無いが――それは、決して、大義のない戦ではない。
彼はもう、徐州のようなことは、行わないだろう。
女一人のために兵を動かすような暗愚ではないし、理由無く虐殺を行うような悪逆の徒でもない。
そんなことも知らないだなんて、思われては、困る。
(それに)
(彼はもう――報いを、受けた)
「……なんでも?」
訊ねる孟徳は、子供のような目をしていた。
教えを請う童子のような。
「私が知る限りのことは」
人は己の知るところしか知らない。
私は少し――四回分、ひとよりそれが多いだけだ。
「君は、何を知っているんだろうなぁ……」
溜息をつくように、孟徳が笑った。なにも、と、内心で答える。
「……彼の件、よろしくおねがいしますね」
「はいはい」
ゆっくり、笑みを作った。
花の手は、物語に触れることは、許されていない、けれど。
(あの男を――本の主を。唯一の不確定要素を)
(あの男を通してなら、触れられる)
もう、決めたのだ。
花は孟徳を見つめた。曹孟徳。乱世の奸雄。
楽しそうに笑って、ふらりふらりと生きているようで、子供のような顔をして、嘘が嫌いで、――なんの、目的も無い。
(このひととき、だけでいい)
(擦り切れるような長い時間の、ほんの一瞬で構わない)
曹孟徳、この男と、生きたい。
曹孟徳、この男に、その人生に――触れたい。
(繰り返した生が、このためにあったが如く)
腹を据えたら、世界が輝いた。
どのようにでもしてやれる。
巡り巡った世界が、花の希みを叶えるだろう。
「……ごめん。話があるんだけど、いいかな」
孟徳の控えめな声を聞き、慌てて取り繕わなければならないほどに。
たしかに。
たしかに花は、笑っていた。
* * *
孟徳の言葉は予想の範囲内だった。
寧ろ、今更、と思わせる類の提案。
(しかし、今更ということは、……これは、彼の意思ではないだろう)
「例の、異邦の方が?」
それは寧ろ確認だった。
「なんで、そう思うのかな」
「なんとなく、です」
否定も肯定もしない言葉に確信する。あの男が動いたのだろう。
最高のタイミングだ。茶を淹れる動きで言葉を焦らぬように選びながら、訊ねた。
「その方と、お話しすることは可能でしょうか」
まずは彼に会わねば。
物語を変えることの出来る唯一の存在。この世界の、不確定要素。
彼に会わねば、何もはじまりはしない。
「……俺の前で他の男に会いたいだなんて、言わないでほしいなぁ」
「御戯れを」
どうしても、気が逸る。孟徳の戯言はいつものことなのに、上手く笑えているだろうか。
旅が長いからと偽りは、彼には悟られてしまうだろうか。
「彼は俺の臣下じゃないからね。命令は出来ないよ」
「彼に、私が話したがっていたと、伝えていただければ充分です」
魏に仕え、孟徳への献策を試みる男が、三国志に無知であるとは思えない。諸葛孔明の三国志という物語における知名度は、例え魏に何かを望む男にとっても、効力を発揮するだろう。
「……随分な自信だね?」
「ええ」
これは違うか――自信とは、似て非なるものだ。
「彼が私の知人に似ている限り――彼は、私に興味を持つでしょうから」
(私に――否、諸葛孔明に)
だからこそ、後ろめたくもあるが、胸を張ることも出来るのだ。
「ふぅん。そんな風に言って」
「……?」
孟徳は、なにか面白くなさそうに目を眇めた。なにが気に障ったのかわからず、首を傾げる。
彼の機嫌を損ねては駄目だ。内心で、僅かに焦る。
孟徳は――少し拗ねたような口調で、続けた。
「俺の前でそんな風に言って――俺がわざと、彼と君を会わせないとは、思わないの?」
「……」
驚いた。
というより、拍子抜けした、と言う方が正しいかもしれない。花は、自分が気を張りすぎていたことに気がついた。
(私にとって、あの男に会うことは、なくてはならないことだけれど)
(彼には――曹孟徳には、その理由を察することは、不可能だ)
ばれないように、息を吐いて――笑う。
(しっかりしろ、)
(妙に気負っていたら、怪しまれる)
「そちらの自信は、残念ながら。それでなくても、丞相はそのように狭量な方ではないでしょう」
「そっちの自信も持っていいよ」
「御戯れを」
大丈夫、何時もの軽口だ。疑われていないうちは、この程度の願いなら、気紛れな孟徳は叶えてくれるだろう。小さく笑うと、彼は仕方ないな、と言いたげに笑って、一口、もう冷めただろう茶を口に運んだ。
そういえば、彼は躊躇わないな、と、思った。
此処で何かを口に入れることを、躊躇わない。
その意味を考えることは、今は無為だ。思ったところで、孟徳が、ほんの少し、歪んで見える笑顔を浮かべた。
「? ……何、を」
「いや、……そうだ」
孟徳の目が、花の目を捉えた。彼の方が余程、何もかも見透かす目をしている、と、僅かひるんだところで、彼は歪んだ笑みのまま、問いを呟いた。
「ねぇ。……玄徳の手のものが、君を迎えに来たらどうする?」
驚いた、のは。問い自体には勿論だけれど、その声音の、あからさまなひずみに、だった。
(なんて、)
(なんて、ひどい問いだ)
答えが一つしか許されず、それを双方が承知している問いは、どんな問いであっても、暴力的で残酷だ。
花に護衛をつけると言って――花を逃がさないと暗に言って、それから数刻も経たないうちに、こんなことを問う、だなんて。
(これじゃあ、)
(何を言っても、それは、用意された答えになってしまう)
逃げない、と言っても。
それは、逃げられないから、に、なってしまう。
(それでも彼は、私に、逃げないと言わせたい?)
(それとも、……彼は、傷付きたいとでも、言うのだろうか)
考えが巡るのは、一つの瞬きの間に留めた。それを過ぎれは、疑いを招く。
「どうするも、……急いで逃げろと、いいますね」
ならば、それに乗ろう。なるべく嘘をつかずに、なるべく彼が、信じるように。
「え」
「この状況では、私を連れて此処を出るのは、少しばかり不可能の度合いが高いかと」
「……帰らないの」
思わず唇が上がった。言えると思っても居ないくせに。言って欲しかったのなら、自虐が過ぎる。
彼は私が帰りたがっていると思っている。あたりまえだけれど、それは、愚かだ。
「そんなことをしたら、……丞相、あなたが怒るでしょう」
もう、逃げるつもりなど何処にも無い。だから最後は、からかうように付け加えた。先程彼が、そこも自信を持てと言ったから、思っても居ないことを。
けれどどうやら真意は、伝わらなかったらしい。どこか呆然とした男は、想定外の言葉を吐いた。
「……そうだね、徐州の二の舞は、嫌だもんね」
「……!」
彼が、何を思ってそう返したかは、わからない。けれどそれは、了承できない言葉だった。
そんなつもりで言ったととられるのは、困る。
「その言い方は、誤解されます」
思わず、語気が強くなった。
私が、徐州のことを――曹孟徳の残虐さを現している、と、思っているだなんて、思わないで欲しい。
一瞬、視線が彼の左手に――火傷跡に、流れた。気付いただろうか。
(彼は、戒めと言った)
(――何をかは、聞けなかった、けれど)
「私は、知ってるんですよ」
徐州牧陶恭祖は、彼の父親を殺した。この時代――花の感覚では、現代の感覚では理解することは容易くないけれど、この時代、父祖の復讐は、正義だ。彼が怒りのままに軍を動かしたことに違いは無いが――それは、決して、大義のない戦ではない。
彼はもう、徐州のようなことは、行わないだろう。
女一人のために兵を動かすような暗愚ではないし、理由無く虐殺を行うような悪逆の徒でもない。
そんなことも知らないだなんて、思われては、困る。
(それに)
(彼はもう――報いを、受けた)
「……なんでも?」
訊ねる孟徳は、子供のような目をしていた。
教えを請う童子のような。
「私が知る限りのことは」
人は己の知るところしか知らない。
私は少し――四回分、ひとよりそれが多いだけだ。
「君は、何を知っているんだろうなぁ……」
溜息をつくように、孟徳が笑った。なにも、と、内心で答える。
「……彼の件、よろしくおねがいしますね」
「はいはい」
ゆっくり、笑みを作った。
花の手は、物語に触れることは、許されていない、けれど。
(あの男を――本の主を。唯一の不確定要素を)
(あの男を通してなら、触れられる)
もう、決めたのだ。
花は孟徳を見つめた。曹孟徳。乱世の奸雄。
楽しそうに笑って、ふらりふらりと生きているようで、子供のような顔をして、嘘が嫌いで、――なんの、目的も無い。
(このひととき、だけでいい)
(擦り切れるような長い時間の、ほんの一瞬で構わない)
曹孟徳、この男と、生きたい。
曹孟徳、この男に、その人生に――触れたい。
(繰り返した生が、このためにあったが如く)
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