姫金魚草
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カテゴリー「恋戦記・魏」の記事一覧
- 2024.11.25 [PR]
- 2010.04.19 幸いを乞う (文若)
- 2010.04.11 酒は飲めども (孟徳)
- 2010.04.10 お姫様抱っことか
- 2010.04.05 秘めやかな祈り(孟徳)
- 2010.04.05 丞相がんばる!(vs孔明) (孟徳)
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幸いを乞う (文若)
「この堅さはそのうちまちがいなく石になるぞ!」
(……、……煩い声だ)
「ほら、やっぱり。すっかり固まってしまっているじゃないか」
(何がだ、私の何が)
「そうしてすっかりお前は笑わなくなってしまって」
(……何を、言っているのだ)
「ほら、すっかり、石になって――」
「……さん、……文若さん?」
「……!」
揺り起こされて、一瞬、夢と現が交差した。
片手に濡らした布巾を、机の上に水の椀を置いて、不安げな顔で花がこちらを見ていた。
(……そうか、また)
宴会の帰り――館に帰りついたはいいが、酔いを醒まそうと座っているうちに眠ってしまったのか。
「……すまない」
「いえ。お水、飲みますか」
「ああ、頂こう」
すっかり手馴れた様子で杯を差し出すのを受け取り、ゆっくり口に含む。口内に残った酒精のべたつきが洗い流されていくようで、やっと人心地ついた気がした。
「何か、夢でも見てらしたんですか?」
柑橘を剥いて皿に並べながら、花が首を傾げる。夢。覚めた瞬間に拡散して、もう朧にも捕まえられないが、確かに何か、夢を見ていた気がする。
「どうしてそう思う、……まさか」
何か、口走っていたか。文若は寝言の気があり、一度うっかり孟徳に見咎められたときは、一ヶ月はその話でからかわれたものだった。
僅かに慌てた文若の前で、花は困ったように答えた。
「すこし、顔が険しい気がしたので……悪い夢を見ているのかと思って」
心配で、慌てて起こしてしまいました。花の言葉に、僅かに、散っていた記憶が集まってくる気配があった。
(悪い夢……、……だったのか、あれは)
「……丞相が、出てきた気がするが」
「孟徳さんですか? あ、えっと」
じゃあ、悪い夢じゃなかったのかもしれませんね。孟徳の夢を悪夢扱いしたことがバツが悪かったのだろう、花は慌てて、あまり庇い立てになっていないことを言った。文若は思わず、小さく笑う。
「いや、丞相だからこそ、悪い夢だろう。未採決の書類を山と積み上げられるような」
「確かにそれは、悪夢ですね」
花も文若の補佐として、孟徳のさぼり癖に困らせられたことを思い出したのだろう。つられたように笑う。
「よし。……剥けました、どうぞ」
「ああ、すまんな」
話しながらも止まっていなかった花の手は、こちらの小刀にもすっかりなれて、堅い皮の果実から器用に実だけを取り出している。なんでも、果物の皮を剥くのは得意なのだそうだ。酔い醒ましにいいと聞いてから、花はいつもこの酸味のある果実を剥いてくれる。
二人で、あまずっぱい実を摘む。外から、虫の鳴き声が聞こえてきた。
穏やかで、やさしい夜。
花は出仕をやめ、この館で荀文若の夫人として静かに過ごしている。こうして彼女がなにかれとなく世話を焼いてくれるのがなんだか自然になって、どれほど経つだろう。
「そろそろ、休みますか? 明日の朝議は、みなさん二日酔いかもしれませんが」
「丞相が起きてくるかが怪しいが……まぁ、だからこそ、私が行かねば話になるまい。休むか」
「はい」
花は手早く空になった器を纏めて、炊事場の方へと下げに行った。こちら風に纏めた髪と、質素な家着も、もう改めて似合うと感じないほどに見慣れた。
幸せだ、と。
そう、思う。
(……けれど)
(先程のあれは、……あれは、たしかに、悪夢だった)
『石になって――』
孟徳の笑みが、脳裏に閃いた。冷たく笑う人だった、と、なんだか唐突に、思い出すようにそう思った。何故過去形なのか、よく、わからなかったけれど。
* * *
翌日。
「頭痛い……」
「それはいけませんね。医者を呼びましょうか」
「いいよ。……二日酔いだって分かってるくせに言うんだもんなぁ。お前、弱いのに最近次の日けろっとしてるし」
それは花が、と、言いかけて、やめた。ますます恨みがましい目で見られそうだ。
「お年を考えて、自重なさったら如何ですか」
「うわ。見た目なら俺の方が若いのに」
「丞相は十年前からそのお姿でしょう」
「そういうお前の十年前は、かっわいくない子供だったけどな」
孟徳はどこか懐かしげに目を細めた。文若は小さく眉を寄せる。若い頃、というか、幼い頃の話など、されたいものではない。
「あの頃からそんな風に顰め面してて」
「……丞相、仕事」
「そのまま固まるんじゃないかと思ったよ」
文若の台詞はあっさりと流される。ちらりと思わせぶりに流された視線に、文若の眉がますます寄った。そして、ふと、思い起こされる、何か。
『――そのまま固まって、』
『石に、』
「……丞相、」
「うん?」
「私は、石になってしまったでしょうか」
文若らしくない言葉だった。孟徳がぱちりと目を瞬くのが見える。
我ながら、何を言っているのか――慌てて撤回しようとした言葉が、孟徳の、なんだか嬉しそうな笑顔で遮られる。
「なんだ。お前も、覚えてたのか。記憶力いいなぁ」
「……」
「――ちょっと前のお前は、みごとに笑わないし、眉間の皺も常備だし、石って言うか岩って言うかって感じだったけど」
なかなかにひどいことを言われている気がする。けれど孟徳は、なんだか安らいだような顔で言葉を続けた。
「今のお前は、豆腐だな。うん。頭をぶつけてしまえ」
「……は?」
予想外の言葉に、間抜けな声が出た。ぽかんとした文若に、孟徳は声を上げて笑う。
「ほら、そんな顔もする。ふにゃふにゃしてて、とても石って感じじゃないな」
「……なんというか、とても褒められている気がしないのですが」
「いやー、褒めてる。ちょー褒めてる」
「……丞相」
「そんな怖い顔しても、怖くないよ」
文若は溜息をついた。何を言っても無駄だ。こういうときは実力行使に限る。文若は書簡を纏めて手にとり、どん、と、孟徳の机へ置いた。
「昔話に浸れるほどお暇でしたら、仕事はまだまだ沢山ありますので、存分にどうぞ」
「……でも、かわいくないとこは変わんないんだもんな、もう」
「なにか?」
「なんでもないよ」
また頭が痛くなってきた、とぶつぶつ呟きながらも、孟徳は大人しく書簡を開く。
(……そうか、豆腐か)
とても褒められている気はしないが――しかし、なんだか、昨日の悪夢から――ようやく醒めたような、奇妙に清々しい気分だった。
(お前みたいに幸せな奴なんて、豆腐のカドに頭をぶつけて死んでしまえ! By丞相)
(……、……煩い声だ)
「ほら、やっぱり。すっかり固まってしまっているじゃないか」
(何がだ、私の何が)
「そうしてすっかりお前は笑わなくなってしまって」
(……何を、言っているのだ)
「ほら、すっかり、石になって――」
「……さん、……文若さん?」
「……!」
揺り起こされて、一瞬、夢と現が交差した。
片手に濡らした布巾を、机の上に水の椀を置いて、不安げな顔で花がこちらを見ていた。
(……そうか、また)
宴会の帰り――館に帰りついたはいいが、酔いを醒まそうと座っているうちに眠ってしまったのか。
「……すまない」
「いえ。お水、飲みますか」
「ああ、頂こう」
すっかり手馴れた様子で杯を差し出すのを受け取り、ゆっくり口に含む。口内に残った酒精のべたつきが洗い流されていくようで、やっと人心地ついた気がした。
「何か、夢でも見てらしたんですか?」
柑橘を剥いて皿に並べながら、花が首を傾げる。夢。覚めた瞬間に拡散して、もう朧にも捕まえられないが、確かに何か、夢を見ていた気がする。
「どうしてそう思う、……まさか」
何か、口走っていたか。文若は寝言の気があり、一度うっかり孟徳に見咎められたときは、一ヶ月はその話でからかわれたものだった。
僅かに慌てた文若の前で、花は困ったように答えた。
「すこし、顔が険しい気がしたので……悪い夢を見ているのかと思って」
心配で、慌てて起こしてしまいました。花の言葉に、僅かに、散っていた記憶が集まってくる気配があった。
(悪い夢……、……だったのか、あれは)
「……丞相が、出てきた気がするが」
「孟徳さんですか? あ、えっと」
じゃあ、悪い夢じゃなかったのかもしれませんね。孟徳の夢を悪夢扱いしたことがバツが悪かったのだろう、花は慌てて、あまり庇い立てになっていないことを言った。文若は思わず、小さく笑う。
「いや、丞相だからこそ、悪い夢だろう。未採決の書類を山と積み上げられるような」
「確かにそれは、悪夢ですね」
花も文若の補佐として、孟徳のさぼり癖に困らせられたことを思い出したのだろう。つられたように笑う。
「よし。……剥けました、どうぞ」
「ああ、すまんな」
話しながらも止まっていなかった花の手は、こちらの小刀にもすっかりなれて、堅い皮の果実から器用に実だけを取り出している。なんでも、果物の皮を剥くのは得意なのだそうだ。酔い醒ましにいいと聞いてから、花はいつもこの酸味のある果実を剥いてくれる。
二人で、あまずっぱい実を摘む。外から、虫の鳴き声が聞こえてきた。
穏やかで、やさしい夜。
花は出仕をやめ、この館で荀文若の夫人として静かに過ごしている。こうして彼女がなにかれとなく世話を焼いてくれるのがなんだか自然になって、どれほど経つだろう。
「そろそろ、休みますか? 明日の朝議は、みなさん二日酔いかもしれませんが」
「丞相が起きてくるかが怪しいが……まぁ、だからこそ、私が行かねば話になるまい。休むか」
「はい」
花は手早く空になった器を纏めて、炊事場の方へと下げに行った。こちら風に纏めた髪と、質素な家着も、もう改めて似合うと感じないほどに見慣れた。
幸せだ、と。
そう、思う。
(……けれど)
(先程のあれは、……あれは、たしかに、悪夢だった)
『石になって――』
孟徳の笑みが、脳裏に閃いた。冷たく笑う人だった、と、なんだか唐突に、思い出すようにそう思った。何故過去形なのか、よく、わからなかったけれど。
* * *
翌日。
「頭痛い……」
「それはいけませんね。医者を呼びましょうか」
「いいよ。……二日酔いだって分かってるくせに言うんだもんなぁ。お前、弱いのに最近次の日けろっとしてるし」
それは花が、と、言いかけて、やめた。ますます恨みがましい目で見られそうだ。
「お年を考えて、自重なさったら如何ですか」
「うわ。見た目なら俺の方が若いのに」
「丞相は十年前からそのお姿でしょう」
「そういうお前の十年前は、かっわいくない子供だったけどな」
孟徳はどこか懐かしげに目を細めた。文若は小さく眉を寄せる。若い頃、というか、幼い頃の話など、されたいものではない。
「あの頃からそんな風に顰め面してて」
「……丞相、仕事」
「そのまま固まるんじゃないかと思ったよ」
文若の台詞はあっさりと流される。ちらりと思わせぶりに流された視線に、文若の眉がますます寄った。そして、ふと、思い起こされる、何か。
『――そのまま固まって、』
『石に、』
「……丞相、」
「うん?」
「私は、石になってしまったでしょうか」
文若らしくない言葉だった。孟徳がぱちりと目を瞬くのが見える。
我ながら、何を言っているのか――慌てて撤回しようとした言葉が、孟徳の、なんだか嬉しそうな笑顔で遮られる。
「なんだ。お前も、覚えてたのか。記憶力いいなぁ」
「……」
「――ちょっと前のお前は、みごとに笑わないし、眉間の皺も常備だし、石って言うか岩って言うかって感じだったけど」
なかなかにひどいことを言われている気がする。けれど孟徳は、なんだか安らいだような顔で言葉を続けた。
「今のお前は、豆腐だな。うん。頭をぶつけてしまえ」
「……は?」
予想外の言葉に、間抜けな声が出た。ぽかんとした文若に、孟徳は声を上げて笑う。
「ほら、そんな顔もする。ふにゃふにゃしてて、とても石って感じじゃないな」
「……なんというか、とても褒められている気がしないのですが」
「いやー、褒めてる。ちょー褒めてる」
「……丞相」
「そんな怖い顔しても、怖くないよ」
文若は溜息をついた。何を言っても無駄だ。こういうときは実力行使に限る。文若は書簡を纏めて手にとり、どん、と、孟徳の机へ置いた。
「昔話に浸れるほどお暇でしたら、仕事はまだまだ沢山ありますので、存分にどうぞ」
「……でも、かわいくないとこは変わんないんだもんな、もう」
「なにか?」
「なんでもないよ」
また頭が痛くなってきた、とぶつぶつ呟きながらも、孟徳は大人しく書簡を開く。
(……そうか、豆腐か)
とても褒められている気はしないが――しかし、なんだか、昨日の悪夢から――ようやく醒めたような、奇妙に清々しい気分だった。
(お前みたいに幸せな奴なんて、豆腐のカドに頭をぶつけて死んでしまえ! By丞相)
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酒は飲めども (孟徳)
花の身体が快復して暫く。
快復祝いに宴を開こう、と唐突に言い出した孟徳が、とかく花を着飾らせて騒ぎたいだけだというのは文若はじめ多くの側近の知るところであったが、とにかく。
久々に仕事をはやく片付け、ずっかり浮かれている孟徳を止めることなど、誰にも出来はしないので。
本日晴天、美しい満月の夜。
ごく身内だけのささやかな宴が開かれる運びとなったのだった。
* * *
花柄も鮮やかな着物と、簪でふわりと纏められた髪。
花が宴席に姿を見せた途端、ほう、と場から感嘆のような息が漏れた。
「花ちゃん! こっちこっち」
上座ではやくも出来上がっている男は満足したように辺りを見渡し、ひらりと手を振って花を出迎える。
主役は最後に来るものだよ、との孟徳の言葉に従ったが――お陰でひどく注目されてしまって、なんだか気まずい。
「変じゃない、ですか」
いつかの宴のように孟徳の隣に座り、花は眉を下げて訊ねた。孟徳は不思議そうに首を傾げる。
「何が? すごくかわいいよ。よく似合ってる」
「……そうですか」
彼に訊ねても、そう言われることは目に見えていた。本心だからこそ性質が悪い。にこにこしている孟徳を前に、花は僅かに顔を赤らめた。
「うん。……あ、お酒大丈夫?」
花の前の杯に酒を注ごうとしていた孟徳が、ふとかくりと首を傾けた。花もつられて首を傾ける。
「……どうなんでしょう」
「へ?」
「私の国では、未成年……えっと、二十歳になっていない人は、お酒を飲んじゃいけないって言う法律があるんです」
「へぇ。不思議な法律だね。なんで?」
「お酒の成分が、成長期の子供にはあまりよくないから、だったと思います」
孟徳はとても不思議そうだった。
「なんで二十歳?」
「二十歳から、大人と認められるから、ですかね」
「二十歳! ……へぇー。そっか。花ちゃんはまだ十七とかだっけ。じゃあ、まだ子供なんだね。ほかにも何か、制限とかあるの?」
「んー、あとは、煙草とか……選挙権とか……あとは、あ、結婚は二十歳にならなくてもできるんですけど」
「煙草も選挙権も、なんのことだか気になるけど、最後のが一番気になるなぁ」
孟徳はくすくすと笑って、花の髪に手を伸ばした。整えられた髪型を崩さないように気をつけながら、そっと撫でてくる。
「男性は十八、女性は十六、だったと思います。そんなにはやく結婚するひとは、あまりいませんけど」
「そっかそっか。じゃあ、俺と花ちゃんは、君の世界だとしてももう結婚できるわけだね」
「……」
孟徳さんは、幾つですか。言いかけて口を噤む。別の意味で結婚に反対される年齢じゃないかな、という気がしたからかもしれない。
「なんにせよ、この国の法律では――飲酒にも婚姻にも、年齢は関係ないからさ。呑んでみる?」
「……じゃあ、少しだけ」
杯に注がれたそれは、とろりとして、少し白く濁っているように見える。思い切って口をつける。
「……!」
かーっ、と、なにかとにかく熱いものが、喉を流れ落ちて行ったような気がした。熱さを保ったまま、食道を滑り落ちて、胃に辿り着く。思わず咳き込んでしまった。
「っ、は」
「っと、大丈夫? やっぱ最初はきついか」
「大丈夫、れす、……、」
いつの間にか、胃の熱さが消えている――その代わり今度は、頭が熱かった。いや、どこもかしこも暑いような気がしてきた。これが酔うという感覚なのだろうか。
(なんだか、ぼーっとする……)
「花ちゃん?」
「はい?」
孟徳の顔が、近くにある。
(なんだろう。なんだか、すごいうれしいな)
綺麗な服を着て、褒めてもらって、こんな風に近くに居て。
心配そうに覗いてくる顔。好きな人の顔。
花のふわふわした頭は、その全てがとにかく嬉しいように感じていた。
おもわず顔が笑みに崩れる。
「……、花ちゃん?」
「なんだか、楽しいです」
これもお酒のせいだろうか。
じゃあもっと呑めば、もっと楽しくなるのだろうか。
そんな風に思って杯に手を伸ばす、――と、孟徳が、その杯を取り上げた。
「……? あれ?」
なんで手元に杯が無いのだろう。
首を傾げて孟徳を見上げると、孟徳は少し顔を赤くして、なんとも言えない顔をしていた。
「しまった。……予想外だったよ」
「? 孟徳さん、お酒」
「もうだめ。……俺以外とは、お酒飲んじゃダメだよ」
「?」
ぼんやりとした頭では、孟徳の言葉の半分も理解できない。ただ、孟徳が困ったように言うから、とりあえず素直にこくんとうなずいておく。
すると孟徳は、一瞬更に困ったような顔をしたが、直ぐにまたにこりと笑った。
孟徳が笑うと、花もうれしい。よくわからないままに、にこりと笑い返す。
「花ちゃん。もっとこっちに来てよ」
「? はい」
普段だったら、周りの目がある、と思ってしまうような――それほどの距離で、孟徳の手が、花の腰に回る。よしよしするように頭を撫でられると、なんだか可愛がられているようで、気持ちがいい。
「花ちゃん。何か食べる?」
「はい。あ、あの揚げ物」
皿に向かって手を伸ばした花を押さえて、孟徳が皿ごと料理を引き寄せる。揚げ物を指で一つ摘むと、そのまま花の口元へと運んだ。
「はい、あーん」
声につられて、花は躊躇いなく口をあける。放り込まれた料理は少し冷めていたものの、しっかりと味がついていて美味しい。花の口元が綻ぶ。
「おいしい?」
「おいしい、です」
「そっか、もっと食べなよ」
「はい、……あ、でも。孟徳さんも」
食べないと。花は特に深く考えずに、孟徳と同じように料理を指で摘んで、孟徳の口元に運んだ。
「……? 食べないんですか?」
「……いや、……しみじみ、お酒の力を痛感していたところだよ」
「?」
「なんでもない。じゃ、いただきます」
ぱくり、と孟徳は花の指から料理を掠め取った。美味しいね、と孟徳が笑うので、花の顔も自然と緩む。なんだかふわふわして、料理も美味しくて、孟徳が笑っていて、なんだかなにもかもがとにかく嬉しい。
(なんで、呑んじゃだめなんだろうな――)
にこにこふわふわとしている花が、孟徳の言葉の意味に気付き――この言動を省みて羞恥でばたばたするのには――あと一日半ほどが必要で。
「部屋で二人でやれ、二人で!」
「……(ぐー)」
「寝るな文若!」
背景に花でも飛んでいそうな二人の様子から必死で目を逸らす臣下の姿は、残念ながら孟徳に顧みられることはないのだった。
(「あーん」のシチュエーションが好きです。)
(日本人の半分くらいは、あせとあるでひど? 的に考えて、アルコールに弱いんだとか。大陸人は同じ理由で、アルコールに強いらしい)
(白酒は……強いので、お気をつけ下さい)
快復祝いに宴を開こう、と唐突に言い出した孟徳が、とかく花を着飾らせて騒ぎたいだけだというのは文若はじめ多くの側近の知るところであったが、とにかく。
久々に仕事をはやく片付け、ずっかり浮かれている孟徳を止めることなど、誰にも出来はしないので。
本日晴天、美しい満月の夜。
ごく身内だけのささやかな宴が開かれる運びとなったのだった。
* * *
花柄も鮮やかな着物と、簪でふわりと纏められた髪。
花が宴席に姿を見せた途端、ほう、と場から感嘆のような息が漏れた。
「花ちゃん! こっちこっち」
上座ではやくも出来上がっている男は満足したように辺りを見渡し、ひらりと手を振って花を出迎える。
主役は最後に来るものだよ、との孟徳の言葉に従ったが――お陰でひどく注目されてしまって、なんだか気まずい。
「変じゃない、ですか」
いつかの宴のように孟徳の隣に座り、花は眉を下げて訊ねた。孟徳は不思議そうに首を傾げる。
「何が? すごくかわいいよ。よく似合ってる」
「……そうですか」
彼に訊ねても、そう言われることは目に見えていた。本心だからこそ性質が悪い。にこにこしている孟徳を前に、花は僅かに顔を赤らめた。
「うん。……あ、お酒大丈夫?」
花の前の杯に酒を注ごうとしていた孟徳が、ふとかくりと首を傾けた。花もつられて首を傾ける。
「……どうなんでしょう」
「へ?」
「私の国では、未成年……えっと、二十歳になっていない人は、お酒を飲んじゃいけないって言う法律があるんです」
「へぇ。不思議な法律だね。なんで?」
「お酒の成分が、成長期の子供にはあまりよくないから、だったと思います」
孟徳はとても不思議そうだった。
「なんで二十歳?」
「二十歳から、大人と認められるから、ですかね」
「二十歳! ……へぇー。そっか。花ちゃんはまだ十七とかだっけ。じゃあ、まだ子供なんだね。ほかにも何か、制限とかあるの?」
「んー、あとは、煙草とか……選挙権とか……あとは、あ、結婚は二十歳にならなくてもできるんですけど」
「煙草も選挙権も、なんのことだか気になるけど、最後のが一番気になるなぁ」
孟徳はくすくすと笑って、花の髪に手を伸ばした。整えられた髪型を崩さないように気をつけながら、そっと撫でてくる。
「男性は十八、女性は十六、だったと思います。そんなにはやく結婚するひとは、あまりいませんけど」
「そっかそっか。じゃあ、俺と花ちゃんは、君の世界だとしてももう結婚できるわけだね」
「……」
孟徳さんは、幾つですか。言いかけて口を噤む。別の意味で結婚に反対される年齢じゃないかな、という気がしたからかもしれない。
「なんにせよ、この国の法律では――飲酒にも婚姻にも、年齢は関係ないからさ。呑んでみる?」
「……じゃあ、少しだけ」
杯に注がれたそれは、とろりとして、少し白く濁っているように見える。思い切って口をつける。
「……!」
かーっ、と、なにかとにかく熱いものが、喉を流れ落ちて行ったような気がした。熱さを保ったまま、食道を滑り落ちて、胃に辿り着く。思わず咳き込んでしまった。
「っ、は」
「っと、大丈夫? やっぱ最初はきついか」
「大丈夫、れす、……、」
いつの間にか、胃の熱さが消えている――その代わり今度は、頭が熱かった。いや、どこもかしこも暑いような気がしてきた。これが酔うという感覚なのだろうか。
(なんだか、ぼーっとする……)
「花ちゃん?」
「はい?」
孟徳の顔が、近くにある。
(なんだろう。なんだか、すごいうれしいな)
綺麗な服を着て、褒めてもらって、こんな風に近くに居て。
心配そうに覗いてくる顔。好きな人の顔。
花のふわふわした頭は、その全てがとにかく嬉しいように感じていた。
おもわず顔が笑みに崩れる。
「……、花ちゃん?」
「なんだか、楽しいです」
これもお酒のせいだろうか。
じゃあもっと呑めば、もっと楽しくなるのだろうか。
そんな風に思って杯に手を伸ばす、――と、孟徳が、その杯を取り上げた。
「……? あれ?」
なんで手元に杯が無いのだろう。
首を傾げて孟徳を見上げると、孟徳は少し顔を赤くして、なんとも言えない顔をしていた。
「しまった。……予想外だったよ」
「? 孟徳さん、お酒」
「もうだめ。……俺以外とは、お酒飲んじゃダメだよ」
「?」
ぼんやりとした頭では、孟徳の言葉の半分も理解できない。ただ、孟徳が困ったように言うから、とりあえず素直にこくんとうなずいておく。
すると孟徳は、一瞬更に困ったような顔をしたが、直ぐにまたにこりと笑った。
孟徳が笑うと、花もうれしい。よくわからないままに、にこりと笑い返す。
「花ちゃん。もっとこっちに来てよ」
「? はい」
普段だったら、周りの目がある、と思ってしまうような――それほどの距離で、孟徳の手が、花の腰に回る。よしよしするように頭を撫でられると、なんだか可愛がられているようで、気持ちがいい。
「花ちゃん。何か食べる?」
「はい。あ、あの揚げ物」
皿に向かって手を伸ばした花を押さえて、孟徳が皿ごと料理を引き寄せる。揚げ物を指で一つ摘むと、そのまま花の口元へと運んだ。
「はい、あーん」
声につられて、花は躊躇いなく口をあける。放り込まれた料理は少し冷めていたものの、しっかりと味がついていて美味しい。花の口元が綻ぶ。
「おいしい?」
「おいしい、です」
「そっか、もっと食べなよ」
「はい、……あ、でも。孟徳さんも」
食べないと。花は特に深く考えずに、孟徳と同じように料理を指で摘んで、孟徳の口元に運んだ。
「……? 食べないんですか?」
「……いや、……しみじみ、お酒の力を痛感していたところだよ」
「?」
「なんでもない。じゃ、いただきます」
ぱくり、と孟徳は花の指から料理を掠め取った。美味しいね、と孟徳が笑うので、花の顔も自然と緩む。なんだかふわふわして、料理も美味しくて、孟徳が笑っていて、なんだかなにもかもがとにかく嬉しい。
(なんで、呑んじゃだめなんだろうな――)
にこにこふわふわとしている花が、孟徳の言葉の意味に気付き――この言動を省みて羞恥でばたばたするのには――あと一日半ほどが必要で。
「部屋で二人でやれ、二人で!」
「……(ぐー)」
「寝るな文若!」
背景に花でも飛んでいそうな二人の様子から必死で目を逸らす臣下の姿は、残念ながら孟徳に顧みられることはないのだった。
(「あーん」のシチュエーションが好きです。)
(日本人の半分くらいは、あせとあるでひど? 的に考えて、アルコールに弱いんだとか。大陸人は同じ理由で、アルコールに強いらしい)
(白酒は……強いので、お気をつけ下さい)
丞相がんばる!(vs孔明) (孟徳)
(孟徳GOOD後に孔明と孟徳が話す機会なんてなさそうですが、まぁ、パラレルのようなものだと思ってください)
緊張感に満ちた会合が一旦お開きになり、休息のためにと茶が運ばれてきてからも、場の空気は一向に和む気配を見せなかった。
(……)
(……胃が痛い……)
文若はひとり、こっそりと溜息をつく。ぴりぴりを通り越して触れたら切れるのではないかと思うような空気の原因は、言うまでもなく彼の主である曹孟徳と――蜀からの使者としてやってきた、諸葛孔明の、威嚇しあうような笑顔にある。
(歯を剥き出しにして口角を上げる……なるほど威嚇だ)
妙なところに納得しても、事態は全く好転しない。
生来無口な性質のお陰で、この嫌な沈黙の仲裁に入らないで済むことを、文若は心底安堵した。
「それにしても、伏龍がこれほどのものとはね。惜しいことをしたなぁ」
「何をおっしゃいますやら」
「もっとちゃんと知ってれば、なんとしてでも手に入れたのに」
「元直のように?」
「手厳しいね」
(あんたたちの会話が私の胃に厳しいわ)
とは、口が裂けても言えない文若である。
「でもまぁ、その弟子は幸いにして俺のところに居るし、贅沢言っちゃいけないよね」
「ああ、彼女は元気でやっていますか?」
(表情を変えない。流石孔明だな)
「勿論。式の準備もはじめてるしね――そうそう、是非彼女の師匠である君にも参加して欲しい」
「……式、」
(……引き攣った。口元が引き攣ったぞ孔明)
「うん、三国もこうして――平穏なわけだし。いい時期だろう?」
「……失礼ですが、丞相には夫人が」
(誰も踏めない地雷原を踏み抜くとは……)
「ああ、うん。でも、彼女は長い付き合いだから第一夫人としてた、ってだけだしね。こうやって正式に迎えるのは初めてだよ。なんだかわくわくするなぁ」
「若い妻にはしゃぐとは、まるで老体ですね」
(孔明から遠慮がなくなってきている……丞相も、他国の、しかも彼女の師匠――保護者のような者にたいして、そんな言い方をする必要はあるまいに)
「安定感があると言ってほしいな」
(うむ、花殿に聞かせてやりたい台詞だ)
「……文若殿」
(って、いきなり話を振るな孔明!)
「……はい?」
「花に、いつでも実家に帰っておいで、と伝えてくれませんか。ボクはいつでも君の見方だからと」
「……、」
(赤いのの視線やべぇ)(←キャラ崩壊気味)
「迷子だった彼女に手を差し伸べたときのように、蜀の皆はいつでも彼女を歓迎すると」
(てもこの慈愛に満ちた師匠オーラ相手に頷かないのも不可能……)
「……、はい」
「まぁ、最終的には俺のところに戻ってきてくれるわけだし、里帰りくらいならいつでも構わないよ」
(ってそこで油を注ぐか!)
「どうでしょう。悪い伴侶から守るのも親の務めですから」
「……」
「……」
(……帰りたい……花の淹れる茶が飲みたい)
「……丞相」
「ん?」
「ボクはね、ずっとあなたに見つからないよう、隠れていたんですよ。あなたのところにだけは、絶対に、仕官するつもりはありませんでしたから」
「……へぇ。随分嫌われたものだね」
「ええ。十年前からずっと、嫌いだったんです」
「……」
(……んん? なんだこの空気は……?)
「孔明。……式には、必ず出席するように。ちゃんと、幸せな夫婦の姿を、見せるからさ」
「……」
孔明は、やれやれ、と言いたげに笑った。
諦めたような、曖昧な笑みだった。
「……あのときからちゃんと、幸せな夫婦に見えましたよ。悔しいくらいにね」
(丞相 は 孔明 を たおした!
「師匠のお許し」 を 手に入れた!)
(続くかは、とても未定)
緊張感に満ちた会合が一旦お開きになり、休息のためにと茶が運ばれてきてからも、場の空気は一向に和む気配を見せなかった。
(……)
(……胃が痛い……)
文若はひとり、こっそりと溜息をつく。ぴりぴりを通り越して触れたら切れるのではないかと思うような空気の原因は、言うまでもなく彼の主である曹孟徳と――蜀からの使者としてやってきた、諸葛孔明の、威嚇しあうような笑顔にある。
(歯を剥き出しにして口角を上げる……なるほど威嚇だ)
妙なところに納得しても、事態は全く好転しない。
生来無口な性質のお陰で、この嫌な沈黙の仲裁に入らないで済むことを、文若は心底安堵した。
「それにしても、伏龍がこれほどのものとはね。惜しいことをしたなぁ」
「何をおっしゃいますやら」
「もっとちゃんと知ってれば、なんとしてでも手に入れたのに」
「元直のように?」
「手厳しいね」
(あんたたちの会話が私の胃に厳しいわ)
とは、口が裂けても言えない文若である。
「でもまぁ、その弟子は幸いにして俺のところに居るし、贅沢言っちゃいけないよね」
「ああ、彼女は元気でやっていますか?」
(表情を変えない。流石孔明だな)
「勿論。式の準備もはじめてるしね――そうそう、是非彼女の師匠である君にも参加して欲しい」
「……式、」
(……引き攣った。口元が引き攣ったぞ孔明)
「うん、三国もこうして――平穏なわけだし。いい時期だろう?」
「……失礼ですが、丞相には夫人が」
(誰も踏めない地雷原を踏み抜くとは……)
「ああ、うん。でも、彼女は長い付き合いだから第一夫人としてた、ってだけだしね。こうやって正式に迎えるのは初めてだよ。なんだかわくわくするなぁ」
「若い妻にはしゃぐとは、まるで老体ですね」
(孔明から遠慮がなくなってきている……丞相も、他国の、しかも彼女の師匠――保護者のような者にたいして、そんな言い方をする必要はあるまいに)
「安定感があると言ってほしいな」
(うむ、花殿に聞かせてやりたい台詞だ)
「……文若殿」
(って、いきなり話を振るな孔明!)
「……はい?」
「花に、いつでも実家に帰っておいで、と伝えてくれませんか。ボクはいつでも君の見方だからと」
「……、」
(赤いのの視線やべぇ)(←キャラ崩壊気味)
「迷子だった彼女に手を差し伸べたときのように、蜀の皆はいつでも彼女を歓迎すると」
(てもこの慈愛に満ちた師匠オーラ相手に頷かないのも不可能……)
「……、はい」
「まぁ、最終的には俺のところに戻ってきてくれるわけだし、里帰りくらいならいつでも構わないよ」
(ってそこで油を注ぐか!)
「どうでしょう。悪い伴侶から守るのも親の務めですから」
「……」
「……」
(……帰りたい……花の淹れる茶が飲みたい)
「……丞相」
「ん?」
「ボクはね、ずっとあなたに見つからないよう、隠れていたんですよ。あなたのところにだけは、絶対に、仕官するつもりはありませんでしたから」
「……へぇ。随分嫌われたものだね」
「ええ。十年前からずっと、嫌いだったんです」
「……」
(……んん? なんだこの空気は……?)
「孔明。……式には、必ず出席するように。ちゃんと、幸せな夫婦の姿を、見せるからさ」
「……」
孔明は、やれやれ、と言いたげに笑った。
諦めたような、曖昧な笑みだった。
「……あのときからちゃんと、幸せな夫婦に見えましたよ。悔しいくらいにね」
(丞相 は 孔明 を たおした!
「師匠のお許し」 を 手に入れた!)
(続くかは、とても未定)