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姫金魚草

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酒は飲めども (孟徳)

花の身体が快復して暫く。
快復祝いに宴を開こう、と唐突に言い出した孟徳が、とかく花を着飾らせて騒ぎたいだけだというのは文若はじめ多くの側近の知るところであったが、とにかく。
久々に仕事をはやく片付け、ずっかり浮かれている孟徳を止めることなど、誰にも出来はしないので。

本日晴天、美しい満月の夜。

ごく身内だけのささやかな宴が開かれる運びとなったのだった。


* * *


花柄も鮮やかな着物と、簪でふわりと纏められた髪。
花が宴席に姿を見せた途端、ほう、と場から感嘆のような息が漏れた。
「花ちゃん! こっちこっち」
上座ではやくも出来上がっている男は満足したように辺りを見渡し、ひらりと手を振って花を出迎える。
主役は最後に来るものだよ、との孟徳の言葉に従ったが――お陰でひどく注目されてしまって、なんだか気まずい。
「変じゃない、ですか」
いつかの宴のように孟徳の隣に座り、花は眉を下げて訊ねた。孟徳は不思議そうに首を傾げる。
「何が? すごくかわいいよ。よく似合ってる」
「……そうですか」
彼に訊ねても、そう言われることは目に見えていた。本心だからこそ性質が悪い。にこにこしている孟徳を前に、花は僅かに顔を赤らめた。
「うん。……あ、お酒大丈夫?」
花の前の杯に酒を注ごうとしていた孟徳が、ふとかくりと首を傾けた。花もつられて首を傾ける。
「……どうなんでしょう」
「へ?」
「私の国では、未成年……えっと、二十歳になっていない人は、お酒を飲んじゃいけないって言う法律があるんです」
「へぇ。不思議な法律だね。なんで?」
「お酒の成分が、成長期の子供にはあまりよくないから、だったと思います」
孟徳はとても不思議そうだった。
「なんで二十歳?」
「二十歳から、大人と認められるから、ですかね」
「二十歳! ……へぇー。そっか。花ちゃんはまだ十七とかだっけ。じゃあ、まだ子供なんだね。ほかにも何か、制限とかあるの?」
「んー、あとは、煙草とか……選挙権とか……あとは、あ、結婚は二十歳にならなくてもできるんですけど」
「煙草も選挙権も、なんのことだか気になるけど、最後のが一番気になるなぁ」
孟徳はくすくすと笑って、花の髪に手を伸ばした。整えられた髪型を崩さないように気をつけながら、そっと撫でてくる。
「男性は十八、女性は十六、だったと思います。そんなにはやく結婚するひとは、あまりいませんけど」
「そっかそっか。じゃあ、俺と花ちゃんは、君の世界だとしてももう結婚できるわけだね」
「……」
孟徳さんは、幾つですか。言いかけて口を噤む。別の意味で結婚に反対される年齢じゃないかな、という気がしたからかもしれない。
「なんにせよ、この国の法律では――飲酒にも婚姻にも、年齢は関係ないからさ。呑んでみる?」
「……じゃあ、少しだけ」
杯に注がれたそれは、とろりとして、少し白く濁っているように見える。思い切って口をつける。
「……!」
かーっ、と、なにかとにかく熱いものが、喉を流れ落ちて行ったような気がした。熱さを保ったまま、食道を滑り落ちて、胃に辿り着く。思わず咳き込んでしまった。
「っ、は」
「っと、大丈夫? やっぱ最初はきついか」
「大丈夫、れす、……、」
いつの間にか、胃の熱さが消えている――その代わり今度は、頭が熱かった。いや、どこもかしこも暑いような気がしてきた。これが酔うという感覚なのだろうか。
(なんだか、ぼーっとする……)
「花ちゃん?」
「はい?」
孟徳の顔が、近くにある。
(なんだろう。なんだか、すごいうれしいな)
綺麗な服を着て、褒めてもらって、こんな風に近くに居て。
心配そうに覗いてくる顔。好きな人の顔。
花のふわふわした頭は、その全てがとにかく嬉しいように感じていた。
おもわず顔が笑みに崩れる。
「……、花ちゃん?」
「なんだか、楽しいです」
これもお酒のせいだろうか。
じゃあもっと呑めば、もっと楽しくなるのだろうか。
そんな風に思って杯に手を伸ばす、――と、孟徳が、その杯を取り上げた。
「……? あれ?」
なんで手元に杯が無いのだろう。
首を傾げて孟徳を見上げると、孟徳は少し顔を赤くして、なんとも言えない顔をしていた。
「しまった。……予想外だったよ」
「? 孟徳さん、お酒」
「もうだめ。……俺以外とは、お酒飲んじゃダメだよ」
「?」
ぼんやりとした頭では、孟徳の言葉の半分も理解できない。ただ、孟徳が困ったように言うから、とりあえず素直にこくんとうなずいておく。
すると孟徳は、一瞬更に困ったような顔をしたが、直ぐにまたにこりと笑った。
孟徳が笑うと、花もうれしい。よくわからないままに、にこりと笑い返す。
「花ちゃん。もっとこっちに来てよ」
「? はい」
普段だったら、周りの目がある、と思ってしまうような――それほどの距離で、孟徳の手が、花の腰に回る。よしよしするように頭を撫でられると、なんだか可愛がられているようで、気持ちがいい。
「花ちゃん。何か食べる?」
「はい。あ、あの揚げ物」
皿に向かって手を伸ばした花を押さえて、孟徳が皿ごと料理を引き寄せる。揚げ物を指で一つ摘むと、そのまま花の口元へと運んだ。
「はい、あーん」
声につられて、花は躊躇いなく口をあける。放り込まれた料理は少し冷めていたものの、しっかりと味がついていて美味しい。花の口元が綻ぶ。
「おいしい?」
「おいしい、です」
「そっか、もっと食べなよ」
「はい、……あ、でも。孟徳さんも」
食べないと。花は特に深く考えずに、孟徳と同じように料理を指で摘んで、孟徳の口元に運んだ。
「……? 食べないんですか?」
「……いや、……しみじみ、お酒の力を痛感していたところだよ」
「?」
「なんでもない。じゃ、いただきます」
ぱくり、と孟徳は花の指から料理を掠め取った。美味しいね、と孟徳が笑うので、花の顔も自然と緩む。なんだかふわふわして、料理も美味しくて、孟徳が笑っていて、なんだかなにもかもがとにかく嬉しい。

(なんで、呑んじゃだめなんだろうな――)

にこにこふわふわとしている花が、孟徳の言葉の意味に気付き――この言動を省みて羞恥でばたばたするのには――あと一日半ほどが必要で。



「部屋で二人でやれ、二人で!」
「……(ぐー)」
「寝るな文若!」



背景に花でも飛んでいそうな二人の様子から必死で目を逸らす臣下の姿は、残念ながら孟徳に顧みられることはないのだった。











(「あーん」のシチュエーションが好きです。)
(日本人の半分くらいは、あせとあるでひど? 的に考えて、アルコールに弱いんだとか。大陸人は同じ理由で、アルコールに強いらしい)
(白酒は……強いので、お気をつけ下さい)

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