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姫金魚草

三国恋戦記中心、三国志関連二次創作サイト

   
カテゴリー「恋戦記・呉」の記事一覧

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救済者 (公瑾)

ぐるぐるぐるぐる、と。
茶に沈めた干果を潰すようにかき混ぜる。そんな花を囲んだ二喬は、んー、と鏡合せのように逆方向に首を傾けた。
「不思議」
「不思議ねー」
「だから、私に言われても……」
花は溜息と共に、すっかり冷めた茶に口をつけた。二喬はでも、とまた口をそろえた。
「もう祝言も近いのに」
「軽いちゅーだけ、って、公瑾、へたれ?」
「へた、」
この二人が歯に衣を着せるということを知らないのはしっているけれど、本人が聞いたら確実に笑顔の上で青筋を立て、同時にちょっと傷付いたりするだろう。そうなると宥めるのも大変だから、なるべく言わないであげてほしいなぁ、とすこしずれた感想を抱いて――それから、僅かに眉を下げる。
「それは多分、私が、……私が、子ども過ぎるからで」
公瑾と花は、一回り以上年が違う。彼はいつも飄々としていて、恐らくは花のペースに合わせてくれているのだと、そう、思うのだけれど。
(……もしかして、)
(もしかして、子供過ぎるから――そんな気にならないとか)
不安が頭をもたげないことも、無いではないのだ。
公瑾の花への態度はとても優しく、紳士的だけれど――それが恋人のものかと言われると、首を傾げたくなるときもある。それは彼が大人だと、そういうことなのだろうけれど。
(寂しい気がするのは――私が、子供だからなんだろう)
お茶を一気に煽ると、渋みと、甘い干果が交じり合った味が――まるで今の花の気持ちのように、割り切れないものを齎した。


* * *


花はすでに公瑾の館で暮らしている。
夕刻を過ぎたところで、仕事を終えて帰宅した公瑾を彼の部屋で迎えるのが、花の日課となっていた。
祝言への支度もあり、彼は普段よりも更に忙しい日々を送っていた。周家はこのあたりでは知れた名家で、となるとやはりそうした儀は大掛かりにならざるを得ないらしい。花の身代については、公瑾が上手くやってくれたようで、花自身は詳しく知らされていなかった。
「お疲れ様です」
疲れた様子で肩を叩く公瑾に茶を差し出す。礼と共に受け取った男は、寝台に腰掛けてゆっくりと息をついた。
「どうも、雑事が多くて困ります。仕事を任せられるようなものが、はやく育てばいいのですが」
呉では、優秀な将軍が政務を兼任するのが一般的なのだと聞いた。彼は文句無く優秀な将であり、同時に文官としての才も秀でている。どうしても、軍事に政務にと引っ張りだこになってしまうらしい。
「なんだか、すみません」
「? ……なぜ貴女が謝るのです」
「お忙しい時期に、ますます忙しくさせてしまっている気がして」
花の立場について、そして祝言の段取りについて。こちらの作法もわからず、なんの立場も持たない花は、彼の力になることが出来ない。迷惑ばかりかけてしまっているようで、花は眉を下げた。
なにについていっているのか、すぐに知れたのだろう。公瑾は柔らかく笑った。
「気にすることはありませんよ。日取りを急ぐのは、こちらの事情もありますし」
「? 事情ですか?」
「ええ」
それ以上を語る気はないようで、公瑾は頷く以上のことをしなかった。なんだろう、と首を傾げていると、そんなことよりも、と公瑾はこちらを見た。
「二喬が訪ねて来たそうですね」
「あ、はい。こちらの館に来てから、不慣れだろうとよくお話をしにきてくれて」
「そうですか」
今日の話の内容は、とても彼に言えるようなことではない。追求されたらどうしようか、と思っていたため、そこで彼が言葉を止めてくれたことは、ありがたかった。
しばし、沈黙が落ちる。
柔らかな静寂は、嫌いではない。穏やかで、安らかで、眠ってしまいそうな。
けれど。
触れ合わない距離と、穏やかな時間。足りないと――思っていることに気がついて、心臓が跳ねた。
(昼に、あんな話をしたからだ)
(だから、こんな)
物足りないような、心細いような気分になるのだ。僅かに身じろいだ花に、公瑾が不思議そうに目を瞬く。訊ねられても、答えられない。触れて欲しいだなんて、言えない。
俯いた花の手に、公瑾の手が、重なる。
「……?」
「やれやれ、……また、余計な事を言ってくれたようだ」
「え、」
「触れても、構いませんか」
公瑾は困ったように笑った。もう触れている――と、手に視線を注いで、ああ、もっとと言うことかと――頬が染まった。ごく小さく頷くと、重ねられた手が捕まれて、持ち上げられる。驚いて握りそうになったのを、指をなぞって開かせて。
掌に――唇が、触れた。
「まさか。……まさか、私が貴女に触れたいと思っていないなどと――そんな勘違いは、していませんよね?」
「え、」
「私は貴女に、二度救われた」
二度。
言っていることがよくわからずに居ると、公瑾はなにか、苦いような顔をして言った。
「命を。……そして、心を。貴女は私の、救世主のようなものなのですよ」
「……」
彼が何について言っているのか、おぼろげにだが理解出来たような気がした。許すなどと、言ってよかったのか、今になってはわからないけれど――けれどそれで彼が救われたのなら、間違っていなかったのだと思える。
「それは、……私がただ、公瑾さんに、死んで欲しくなかっただけで」
結局のところ、それは花の、我侭でもあったのだ。そんな風に言われると困ってしまうし――なにか、寂しいような気もしてしまう。眉を寄せる花に、公瑾はまた、柔らかな口付けを落とした。
「それでも、ですよ。だから私は、乞うことしかできない」
「……乞う?」
「ええ。全てを――貴女に救われた私は、簡単に、貴女を汚すことも出来ない」
囁くような言葉に滲む、それは、流石の花でも勘違いのしようのない色だった。
「だから祝言を、……せめてはやく体裁だけでも整えて」
先ほどの、事情、という言葉が脳裏を掠める。
「そうしてやっと、……許しを乞えると思ったのですが」
不安にさせましたか、と、笑った彼の目が――すこし、怖いような気がした。
手加減されていたのだと、知っていたつもりで、なにも、判っていなかった。
公瑾の唇が、花の掌を這うようになぞる。背筋に何か這い上がってくるような感覚に、花はびくりと身を震わせた。
「許すと、言ってくれますか」
「……っ」
心臓の音が煩い。指先まで脈打っているようで、全て彼に知られているようで――身が竦んだ。許すと言ったら――全て許すといったなら、本当に全て、もって行かれてしまうのだと、わかった。
ふるりと――もう一度大きく震えた花に、公瑾は唇を離して、笑った。
「……今度は別の意味で、不安がらせてしまいましたかね」
そう言った彼は、もうすっかりもとの顔になっていて、それにホッとしてしまった花は、やはり自分はまだ子供なのだと内心で思う。そして彼は大人で――感謝しなければいけないのだと、改めて思った、ところで。
「ですが。……できれば、祝言のときには、許していただけると、嬉しいのですが」
「……!」
頬をするりと撫でられて、もう一度、体温が上がった。顔を真っ赤にして俯く花に、公瑾は楽しそうに笑って、今はまだ優しい大人の眼差しで、花を見つめたのだった。














(公瑾で掌)
(たまには大人らしい公瑾で。……大人らしいということはエロいということではない筈なのですが)

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道を問う (公瑾)

彼女がこちらに戻ってこないのは、あの、どこか凍りついたような仮面を貼り付けた男の謀略なのだろう、と、思っていた。彼は誰にというわけでもなく、恐らくは孫家という彼だけが抱く亡霊に忠実な臣下だった。
それが、どうしてこうなってしまったのか、わからない。
いや、わからないと言ったら、嘘になるのかもしれない。彼女を揚州に遣わしてから、こうなることをある程度は予測していた。それでも、あの男を、あの男のどうしようもない、孤独で頑なな魂を知っていたから、ほんとうにこんなことになるとは思わなかったのだ。

(……本当に、君は、すごい子だ)

すこし感動するように思ったけれど、しかし、それとこれとは、別の話で。
今、孔明は――花を呼び戻すべく、揚州の地を訪れていた。


* * *


「彼女はもともと、一時の使者です。そもそもまだ弟子の身分で、至らない点も多い。ボクの元で鍛えなおさせてもらおうと思いましてね」
「……」
公瑾は例の内心を読ませまいとする笑みを浮かべたまま、何も言わない。孔明は淡々と言葉を重ねた。
「戦が長引いたせいで遅くなりましたが、今は丁度三国の状況も落ち着いている。益州に基盤を固める上で、彼女の力が欲しいというのもあります」
「ふむ。益州の地が安定すれば、我が呉との同盟は必要ないと?」
「それは違う話です。無論そちらとは、出来れば長いお付き合いをお願いしたい。北の赤い輩は、決してこちらを諦めることはないでしょうから。こちらには勿論、新たな使いを立てましょう」
しかし、彼女である必要はない――そう言外に告げると、公瑾は僅か苦笑したようだった。珍しい顔だ、と、思った。
彼にはこの提案を止める手立てはないはずだった、少なくとも表立っては。それ以上のことを言えるような男ではないと踏んでいた。
「孔明殿の言い分はわかりました。ところで、花殿はそれをご存知で?」
公瑾は特に動揺した風もなく、ごくあたりまえのことを訊ねる調子でそう言った。孔明は同じように、特筆すべきことなどないと言うべく言葉を返す。
「彼女はボクの弟子ですから」
「……その意志は関係ないと?」
「公瑾殿には、それこそ関係の無い話かと」
公瑾は、やれやれと言いたげに息を吐いた。すこし、呆れているようでもある。先程から、随分と人めいた仕草をする、と思う。孔明は目を細めた。目の前にいるのは、もう孔明の知る男ではなさそうだ。
「そうかもしれませんが……あまり、いい話には聞こえませんね」
「ボクは、彼女のためを思っているんです。……それに、貴方には言われたくないですね」
「……」
「いくら戦時とは言えと――随分彼女を連れまわしてくれたようだ。そこに、彼女の意志はあったのですかね?」
あるわけがない、と、思いながらの――自分にしては、随分感情的な言い方になってしまったかもしれない。公瑾は僅かに目を瞬いて――本当にさっきから珍しいものを見る――それから、すこし、なにかが痛むように、眉を寄せた。
「……?」
「彼女の意志、ですか」
公瑾の顔が、先程から、余りにもくるくると変わるので、孔明の方が調子を狂わされる。公瑾はそれ以上は何も言わずに、ただ困ったように笑った。
「……、とにかく、」
「孔明殿」
「……」
「彼女が残りたいといったら――その意志を、尊重してはいただけませんか」
それが彼の――とても素直という言葉からは程遠い彼の、精一杯であるということは、見当がついた。けれど孔明は彼の味方ではない。わかるからと言って、手を抜いてやる必要は無い。孔明派はゆっくりと笑って、答えを避けた。
それを、孔明の狙い通りに、拒否ととったのだろう。公瑾はすこし迷うように唇を動かし、息を吸って、意を決したように言葉を吐き掛けて――

「孔明殿、」
「嫁には、やりませんよ」

鋭いはずの双眸が、これ以上ない程大きく、見開かれた。

「一回りも年上で、腹の読めない性格で、自らの命を大切にすることを知らない――そんな男に、どうしたら大事な弟子を預けようと思えますか」
孔明は、畳み掛けるように言った。その全てが、彼には申し開きの出来ないことであるはずだった。
「ボクはね、都督殿。弟子には、どうしても、幸せになってもらいたいんです。……残念ながら、あなたにそれができるとは――」



「――師匠!」



思い切りのいい音と共に扉が開いて、息を切らした花が駆け込んできた。
「今、子敬さんから、聞いて……、なに、勝手なこと、言ってるんですか!」
「ああ、久しぶり。なんだ、せっかくの再会なのに、お転婆だなぁ」
「師匠!」
「勝手なこと、って、子敬殿から何を聞いたの?」
「私を連れて帰る、って」
息を整えながら、真っ直ぐ孔明を見る花に、胸を突かれたような気がした。
「私は、戻りません」
「……君はボクの弟子だろう?」
「師匠には感謝してます。けれど、私は――私は、道を、見つけたんです」
「……」
思わず、目を見開いた。覚えていたのか、と、思う。そして――どうしようもないのだ、と、思う。
「花殿。いきなり飛び込んでくるのは、どうかと思いますよ」
「……! ご、ごめんなさい!」
静かに成り行きを見守っていた公瑾が、口を開く。落ち着いてください、と微笑んだ顔が、あたたかい。この男のことを、あたたかいと思う日が来るだなんて。
「とにかく、師匠――私は、ここに残ります」
「へぇ? ……玄徳殿と仲謀殿が、争う日が来るかもしれないんだよ?」
「そうならないためにも、残りたいんです」
自然と――ほんとうに、息をするように自然と、公瑾の傍に佇んだ花を、真っ直ぐに見ることが出来なかった。逸らした視線が、公瑾を――困ったように、静かに微笑んでいる男を、捕らえる。

(そうか、……そういう、ことか)

不意に、自分がどうしようもない子供であるような気分になった。目の前の男は、こうなることを予測していたのだろう。だから、なにも――孔明の言葉に対して、自らの意志を、抗うようなことを、返すようなことを、なにも、言わなかったのだ。
結局こうして――なにも言えなくなるのが、孔明のほうだということを、知っていたから。

(どうしよう――)
(――これが、負ける、ってことか……)

なんだか、泣きたいような気がした。視線を花へと戻した。一人必死の表情の彼女だけが、何をも承知していない彼女こそが、この場の支配者だった。孔明は出来るだけ丁寧に、細心の注意を込めて、いつもの笑顔を作った。
「……そうか。……そう決めたのなら、道を見つけたのなら、先導の役目は、もうおしまいだね」
「師匠、」
「ひとつだけ、約束してくれる?」
花はしっかりとこちらを見て、頷いた。孔明は、泣きそうなのに妙に清々しい、奇妙な気分の中で、最後の教えを授けた。

「君の見つけた道を失わないように。――失わなければきっと、幸せに、なれるよ」

しあわせになりなさい。
結局、孔明が花に言いたい言葉は、その一言に尽くせるのだった。
視界の端で、男が小さく、目線を下げるのを見た。目礼のような所作に、ちゃんと届いている、と、安心した。
(花が見つけた『道』――周公瑾)
(しあわせにしなければ、許さないからね)
万が一彼女を泣かせるようなことがあれば――決して、許さない。
そんな水面下のやりとりには気付かないままに、花はいつもの、孔明の好きな顔で、明るく頷いたのだった。














(タイトルを『都督がんばる! VS孔明編』にしようか迷った。)

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悋気も蜜 (公瑾)

「あーあ。まただよ」
「花ちゃん、怒っていいんだよー」
二喬は花の周りに纏わりつくようにしながら、唇を尖らせた。
視線の先には、城の宮女に囲まれた公瑾の姿がある。
「公瑾さん、大人気なんですね」
すこしずれた感想を漏らす花に、二喬は憤慨した表情のままに答えた。
「美周朗とか言われていい気になってるんだよ!」
「ねー、糸目のくせにねー」
(それは、微妙にメタ発言じゃないかな……)
「美周朗?」
「うん。美しい周家の若者、ってことだよ。徒名みたいなものかな」
花は漢字を脳内に思い浮かべて、やっと納得した。なるほど。
「公瑾さん、格好いいですからね」
素直に言うと、二喬は露骨に溜息をついた。
「花ちゃん。そこは納得したらだめなんだよ」
「うんうん。それと、絶対公瑾の前で言ったらだめだからね」
「そんな、本人の前でなんて、言えませんよ」
花は顔を赤くした。花ちゃん、ずれてるよ……処置ナシと言いたげに首を振る二人を片目に、花は窓から遠く、向こうの廊下に見える姿をちらと見やる。
(美周朗、か)
(たしかに、格好いいもんね。しょうがない)
公瑾は何時もと変わらずに微笑んで、如才なく侍女達の相手をしているように見える。
華やかで、花よりも随分大人の彼女等を見て、何も想わないわけではないが。
なんだか、それを顔に出したら負けな様な気がする。二喬が憤慨しているのを宥めながら、平常心平常心、と心の中で呟いた。


* * *


「見ていたでしょう」
「はい?」
花の部屋を訪れて早々、茶を所望した公瑾は、恨めしげな目で花を見た。
「先程の、廊下のことですよ」
こちらから見えていたということは、あちらからも見えていたということか。
「ああ、えっと、楽しそうでしたね?」
「本当にそう見えていたとしたら、医者を紹介して差し上げます」
「え」
目を瞬いた花に、公瑾は溜息をついた。
「……女人は集まるとかしましくていけません。前にも言ったような気がしましたが」
「あ、……あのとき」
あの時――まだ、花と公瑾の間に距離があったとき。侍女に囲まれて困っていた公瑾の口実にされ、琵琶の調律に付き合ったときのことか。
「そういえば、そうでしたね。……でも、小喬さんたちが」
「彼女等が、何か言いましたか」
「えーっと、美周朗っていわれて、大人気だって」
(いい気になってる、とはさすがに言えないな)
「そんなことを……。下らない話ですよ。そのせいで、下らないやからが集まってくる」
「下らないだなんて」
花は眉を寄せた。彼女等の中には、本気で思いを寄せるものも居るだろう。それは花にとって歓迎すべき存在ではないが、だからといって、そんな風に切り捨てられていいとも思えない。
「下らないですよ。美醜など、一概に言えるものでもない。なのにそんな徒名が蔓延るせいで、ああしてつられて集まってくるのです」
「そんなものでしょうか……」
「そうですよ」
「公瑾さんは、格好いいと思いますけど」
思わず、というか、余り意識せずに、言葉が出た。公瑾は細い目を見開いて、こちらを見ている。
(……あ)
自分が何を口走ったかに気がついて、頬が赤くなった。しかも、今のは多分、よろしくないタイミングだ。
「あ、えっと、」
「それは、うれしいですね」
調子を取り戻すのは、公瑾の方がはやかった。柔らかく微笑んで、余裕ぶってそんなことを言う。花はまだ顔を赤くしたまま、公瑾を睨み上げる。
「わ、私は、公瑾さんが美周朗って言われてるから、そう思うわけじゃなくて」
「わかってますよ。それ以上言われると、こちらも照れます」
「照れてるように見えません……」
そんなことありませんよ、という余裕が憎らしくて、先程の二喬のようにむくれてしまう。
「そんなこと言って。……やっぱり、かっこいいって言われなれてて、みんなにでれでれしてるんじゃないですか」
「でれでれ?」
意味がわからなかったらしい。花はすこし考えて、言いなおした。
「鼻の下を伸ばしてる」
「……随分な言い草ですね」
「だって、あんなによく囲まれてるんじゃ、好きで囲まれてるように見えます」
拗ねたような声が出た。平常心、と呪文のように唱える前に、公瑾が――なんだかとても嬉しそうに、笑った。
「……なんですか」
「いえ。貴方に妬かれるのは、なかなか新鮮だなと思いまして」
「……!」
なんで文句を言っているのに、喜ばれてしまうのか。妬いてなんか、とは、言ったところで無駄な足掻きだろう。確かに――真実、花は、妬いているので。
「わかりました。今度からは、自衛手段を講じるよう計らいましょう」
「……自衛手段って、なんですか」
「わかりませんか?」
なんだか、試されているようで腹立たしい。けれどすっかりむくれた花は、ぶすくれた顔でわかりません、と言った。
「あなたが、ずっと傍にいればいいんですよ。先程も、二喬に読み書きを習っていたんでしょう? 私の補佐をしていただければ」
「……!」
手習いのことは、公瑾には言っていなかったのに。……ここで暮らす以上必須のことだし、忙しい公瑾の助けになれば、と思っていたことも事実だが――全てお見通しということか。
「そうすれば、侍女達も無駄に世話を焼きには来なくなるでしょうし――それに、貴女は最近は、二喬ばかり構っていて」
「……え」
「別に手習いは構いませんがね」
(構わなくない。全然構わなくない顔をしてますよ)
「? なんですか?」
「いえ」
さっきまでの不機嫌も忘れて、花は笑った。この男が決して自分から言わないことには、もう慣れた。
「すみません、公瑾さんを全然構ってなくて」
「……! そんなことを言っているわけでは」
「役には立たないかもしれませんが、お仕事、やらせてください」
花がにこりと笑うと、公瑾は毒気を抜かれたような顔をした。
(確かに、)
(妬かれるのは、なんだか、嬉しいなぁ)
二喬にまで妬くのはどうかと思うけれど。花は微妙に心の狭い男を、なんだか微笑ましいような気分で見つめたのだった。












(あっさり侍女を追い払えるくらいになって欲しいものです、赤い人並に)

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孫家の流儀 (仲謀)

里帰りとはいいものだ。
益州の地にとって玄徳軍は新参者だし、花もまた、益州の地をよく知るわけではない。
けれど、玄徳軍は。
この世界を訪れた花を、てらいなく受け入れてくれた玄徳をはじめとする、玄徳軍は――花にとって、この世界での故郷ともいうべき場所だった。
そして故郷というのは、何とも居心地がいいものだ――懐かしい顔と共に過ごす三月はあっという間に過ぎて、そろそろ逢いたい顔が日増しにちらつくようになってきた、そんな頃。

「それにしても、よくあの男が許したわね? こんな長期間」
自分で作った菓子を摘みながら、芙蓉姫が首を傾けた。
「……」
花は思わず苦笑する。あの男――とは、勿論、仲謀のことだろう。芙蓉姫の中では、仲謀は――花が最初に思っていたのと同じ、いけすかない俺様男、という分類になっているらしい。
「仲謀は、優しいよ」
小さく、庇ってみる。しかし、芙蓉姫はより嫌そうに顔を顰めた。
「懐柔されてる。……あーあ、ずっとここにいればいいのに」
ふてくされたように言う芙蓉姫がかわいらしくて、花は少し笑ってしまった。姿勢悪く卓に顔を乗せているさまが、昔――元の世界で友人とおしゃべりをしていたときの感覚を思い出させて、思わず芙蓉姫の頭に手が伸びた。
よしよし。
「ごめんね」
「……もう。なんだかすっかり、大人っぽくなっちゃって」
芙蓉姫は恨みがましい目をこちらに向けてから、ふふ、と笑った。
「嘘よ。ほんとは、嬉しいの。嬉しいけど、なんだか悔しくて」
「?」
「花が、幸せそうで」
芙蓉姫がなんだか、とても子供のような顔をしている、と思った。花は少し沈黙した後、うん、と、頷いた。
「うん、……しあわせだよ」
芙蓉姫が体を起こして、花が先程したように、花の頭に手を伸ばしてくる。
ぐりぐり、と力任せに頭を撫でられて、確かに私はしあわせだな、と、そんな事を思った。


「すみません、お邪魔してもいいですか?」
二杯目のお茶を入れたところで、扉を叩く音と、控えめな声が響いた。
「尚香さん! 勿論、どうぞ」
「お邪魔します」
華やかな笑顔と共に、孫家の象徴のような金髪とふわふわの服を輝かせて、尚香が姿を見せる。
「お久しぶりです、花さん。お元気そうで、なによりです」
「こちらこそ、お久しぶりです。お菓子があるんですよ。今、お茶を入れますね」
「すみません」
椅子をもう一つ並べて、茶器を用意する。芙蓉姫と尚香はすっかり打ち解けているらしく、「これ、この間頂いたお菓子ですよね。すごく美味しかったです」等と、可愛らしく言葉を交わしている。なんだかとても華やかだなぁ、と思いながら、茶器を尚香の前に置いた。
「いただきます。……それにしても、よく兄が許しましたね」
今度は、流石に噴出してしまった。
「?」
不思議そうな尚香の隣で、芙蓉姫もけらけらと笑う。
「それね、さっき、私も同じこと言ったの」
「え、そうなんですか。でも、不思議なんですもの。兄は、我侭なところのある人ですから」
「妹からもこの評価……、……ほんとに花をお嫁にやっていいのかしら」
「! いえ、勿論、いいところもたくさんありますから!」
慌てる尚香に笑ってしまう。
「でもね……やっぱり、ずっとここにいればいいのに、って思っちゃうわ」
芙蓉姫が先程よりは随分冗談めかして、同じことを言う。妹を嫁にやりたくない気分? と首を傾げるのに笑っていると、尚香がふと真顔になった。
「それは、だめです」
「……?」
勿論冗談よ、と芙蓉姫が笑って言う前に、尚香はごく真面目な顔で言った。

「嫁盗りは、孫家の流儀ですから。兄がここまで、花さんを奪いに来てしまいますわ」

「……へ?」
花と芙蓉姫が、ふたりで同じように目を瞬く。
その前で、尚香は真面目腐った顔のまま続ける。
「上の兄――伯符兄上が言っていたんです。欲しい女は、攫ってでも手に入れろって。……ふふ、伯符兄上は、実際二喬を攫ってきたことがありますから」
「……孫家って、過激なのねぇ」
「だから、あんまりこっちに長くいるようだと、痺れを切らしてしまうかもしれません」
そんなまさか――花が笑おうとしたところで、ばたばたばた、と、非常に慌てた足音が部屋に近付いてくるのが聞こえた。

まさか。

思いは三人一緒だっただろう。失礼します! という声も、足音と同じく慌てていた。
「はーい?」
「すみません、あの、……」
今度は戸惑うように口ごもっている。何事だろうと思いながら、扉に近付く、と。

扉は、花が開ける前に、開かれた。

「……ったく。どんだけ里帰りしてるつもりなんだ、お前は」
「……!」

あからさまに苛立った顔で、――僅かに疲れを見せる顔で、仲謀が、立っていた。

「精々一月だろうと思ってりゃ……お前今がいつだか言ってみろ、こら」
「……え、と」
後ろで、許可取ってたわけじゃなかったのねぇ、と、不釣合いにのんびりした芙蓉姫の声が響くのが、居た堪れない。
「ごめんなさい。……そろそろね、帰ろうと」
「――」
これは本心だ。なにより――仲謀の顔を見てどうしようもなく高鳴った胸が、正直だ。
逢ってしまえば、どうして三月も離れていられたのかもわからない。
花の顔を見下ろした仲謀は、僅かに目を眇めたあと――花の手をとった。
「なら構わねぇな。――帰るぞ」
「うん。……って、え? い、今すぐ!? 挨拶、とか」
「こっちは子敬に無理言って来てんだよ、んな時間あるが」
「え、ええー!?」
子敬に許可を取ってきただけ偉いんです、花さん、と、これまた背後から聞こえてきた呟きに――花は少し納得した。……疲れた顔を、しているはずだ。
思わず、手を握る。
「……ごめんね」
「わかりゃいい。……ったく、戻ってこねぇんじゃねぇかと」
「帰るよ」
仲謀の言葉を遮るように、花ははっきりと言った。

「ちゃんと帰るよ。私の帰る場所は、――仲謀の、いるところだもん」

思わず、と言うように振り返った仲謀の顔が、なんだか赤い。
「……改めて言わなくたっていいんだよ! ……っとにお前は……」
ぐっ、と、手を強く引かれた。照れ隠しだ。なにか変な事を言ったかな――思いながら、花は、なるほどこれが孫家の流儀か――と、奇妙に納得するような気分だった。













(よく子敬が許したなぁ)

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悠久の孤独 (早安)

「花、」
「――? おかえりなさい」
隣家へ薬を届けてきた早安の帰りを迎える――花は僅かに首を傾けた。
一間に、炊事用の土間があるだけの、ささやかな我が家。繕い物をしていた手を止めて顔を上げれば、直ぐに扉が見える程度の家だ。
早安は何処か途方にくれたような顔で、立ち尽くしていた。
「どうしたの? 何か、」
「公瑾が」
「――、」

「公瑾が、死んだ」


 * * *


都督が、と聞いたときに、驚いたのは――こんな田舎町にも、その声名は知れているのだ、ということだった。
そのせいで、少し、理解が遅れた。
周都督が、お亡くなりになったそうだよ。
それは――安堵すべき報の筈だった。人の凶報に安堵など、してはならないことではあるが――早安は追われる身であり、その命運は、彼を直接扱っていた人物、周公瑾に握られているといっても、過言ではなかった。
「……ん? どうかしたかね、先生」
「っ、」
噂好きの老人達は、新参者の早安と花と、一番はやく打ち解けてくれた人々でもある。親しみを込めて呼ばれる「先生」という呼称は、恥ずかしくも嬉しくもある。しかし今は――まるでそれが自分の呼び名ではないような気がして、少し、戸惑った。
「いや。……花が待ってるから」
「ああ、また家から煙吐かれたらかなわんからのう。はやく帰っておやり」
「……一応、上達してんだけど」
苦笑と共に言って、何事も無かったかのように身を翻す。
(公瑾が、)
(公瑾が、死んだ)
何故だかわからなかった。
何故、こんな気持ちになるのか、わからなかった。
ぽっかりと、胸に穴が空いたような。
なにか、どうしようもないものを、失ったような。
(こうなることは、)
(あのとき――こうやって逃げてきたときに、覚悟しておかなければならなかった)
(覚悟していた――つもりだったのに)
(ああ、)
(花に、)
(あいつに会いたい)


 * * *


花はしばし、言葉を失ったように呆然として――それから、くしゃりと顔を歪めた。
「……」
彼女は聡明だ。直ぐに、わかったのだろう。嘆く資格も、悼む資格も無いことを。二人で生きるために――彼と、国を捨てた二人には、彼に対して、あの国に対して、なんの資格も無い。
花はゆっくりと立ち上がり、立ち尽くしたままで居る早安に近寄った。どこかぼんやりとしたままの視線が、花に下ろされる。
花はそっと、早安の腕に触れた。僅かに目を瞬くと、困ったような顔で、手を上に辿らせる。

頭を、抱えるようにそっと、抱きしめられた。

「……、」

彼女が僅かに背伸びをすると、丁度首筋に顔を埋めるような形になる。ふわりと彼女から香るのは、彼女の名をあらわしたような柔らかな香りだ。
耳元に、囁かれる。泣いてもいい、悲しんでもいい――言われる前に、花の肩は濡れていただろう。自分でも気付かぬ間に、花の細い身体に、すがり付いていた。

(使われることを恨んだことも)
(この暮らしのために――彼女を守るために、殺してでも、決別しようと思ったこともあった)
(けど、確かに)
(俺の人生の殆どは――公瑾とともに、あったのだ)

それは、彼しかいなかった、という、消去法であっても。
彼にとって、都合のいいだけの何かだったとしても。

「……早、安」
「俺は、……一人だった」
「……」
「アイツも……一人だったんだ」

彼女にわかるだろうか、暖かい場所で愛されて育ってきた彼女に。
誰からも顧みられない生と、……誰をも顧みない生の、在り方が。
わからないでいればいいと思う、わかってほしいと思う。花の腕に力が篭る。細い腕。苦労を知らない腕。柔らかくやさしく、守られてきた腕。
今はその腕に、囲うように守られている。
温かく優しい彼女の世界に触れているような――彼女の腕の中には、そんな、ゆりかごのような安心感がある。
「そしてアイツは――一人で、死んだ」
誰をも顧みない生の中で、彼は恐らく、ひっそりと、猫のように死んだのだろう。深い後悔と懺悔と未練と、そんなものが交じり合った黒い闇の中で――
――恐らく、花に出会わなければ早安もまたそうして死んでいたように、――ただ一人で。
公瑾は、冷たい男だった。
人らしい交わりをしたこともなかった。指令以外の会話の記憶も、ないに等しい。
それでも二人は――たった一人。ひとりぼっちの、二人だった。
想うことなど許されていなかった。もうこの嘆きも、ただの同情になってしまう気がした。こうして縋る相手を見つけて、二人で生きていくことを誓って、安らかな――もう一人ではない生を手に入れてしまった自分では。

「公瑾さんは、……気付かなかったのかな、最期まで」
「……」
「小喬ちゃん、大喬ちゃん。仲謀さん。尚香さん。子敬さん――それに、早安」
「……」
「ほかにも、きっとたくさん。……誰も、彼を一人になんて、したくないと思っていたはずなのに」

それはとても、かなしいね。

花は、泣いていなかった。
早安はそっと身体を起こして、花の顔を見た。泣きそうに歪んでいて、けれど花は泣かなかった。ただ早安の顔を見上げて、何か確かめるように、早安の目を見た。

この思いは、罪だ。

早安は改めて、そう感じて、目を閉じた。
彼女が、自分を一人にしたくないと想ってくれることに、――自分が一人ではないことに、こんな風に安堵するのは。
この温かい腕の中で、早安は、悠久の孤独から掬い上げられた。
そのどうしようもない幸福は、それだけで、どうしようもなく罪だった。彼女と共に生きよう、と。ただ彼女と共にあろうと。遠い日の男の幻影に、どうか許されるようにと希った。











(だれも一人でなんて、生きられはしないはずなのに)
(どうして、一人で死ぬことだけは、できるのだろう)

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