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姫金魚草

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道を問う (公瑾)

彼女がこちらに戻ってこないのは、あの、どこか凍りついたような仮面を貼り付けた男の謀略なのだろう、と、思っていた。彼は誰にというわけでもなく、恐らくは孫家という彼だけが抱く亡霊に忠実な臣下だった。
それが、どうしてこうなってしまったのか、わからない。
いや、わからないと言ったら、嘘になるのかもしれない。彼女を揚州に遣わしてから、こうなることをある程度は予測していた。それでも、あの男を、あの男のどうしようもない、孤独で頑なな魂を知っていたから、ほんとうにこんなことになるとは思わなかったのだ。

(……本当に、君は、すごい子だ)

すこし感動するように思ったけれど、しかし、それとこれとは、別の話で。
今、孔明は――花を呼び戻すべく、揚州の地を訪れていた。


* * *


「彼女はもともと、一時の使者です。そもそもまだ弟子の身分で、至らない点も多い。ボクの元で鍛えなおさせてもらおうと思いましてね」
「……」
公瑾は例の内心を読ませまいとする笑みを浮かべたまま、何も言わない。孔明は淡々と言葉を重ねた。
「戦が長引いたせいで遅くなりましたが、今は丁度三国の状況も落ち着いている。益州に基盤を固める上で、彼女の力が欲しいというのもあります」
「ふむ。益州の地が安定すれば、我が呉との同盟は必要ないと?」
「それは違う話です。無論そちらとは、出来れば長いお付き合いをお願いしたい。北の赤い輩は、決してこちらを諦めることはないでしょうから。こちらには勿論、新たな使いを立てましょう」
しかし、彼女である必要はない――そう言外に告げると、公瑾は僅か苦笑したようだった。珍しい顔だ、と、思った。
彼にはこの提案を止める手立てはないはずだった、少なくとも表立っては。それ以上のことを言えるような男ではないと踏んでいた。
「孔明殿の言い分はわかりました。ところで、花殿はそれをご存知で?」
公瑾は特に動揺した風もなく、ごくあたりまえのことを訊ねる調子でそう言った。孔明は同じように、特筆すべきことなどないと言うべく言葉を返す。
「彼女はボクの弟子ですから」
「……その意志は関係ないと?」
「公瑾殿には、それこそ関係の無い話かと」
公瑾は、やれやれと言いたげに息を吐いた。すこし、呆れているようでもある。先程から、随分と人めいた仕草をする、と思う。孔明は目を細めた。目の前にいるのは、もう孔明の知る男ではなさそうだ。
「そうかもしれませんが……あまり、いい話には聞こえませんね」
「ボクは、彼女のためを思っているんです。……それに、貴方には言われたくないですね」
「……」
「いくら戦時とは言えと――随分彼女を連れまわしてくれたようだ。そこに、彼女の意志はあったのですかね?」
あるわけがない、と、思いながらの――自分にしては、随分感情的な言い方になってしまったかもしれない。公瑾は僅かに目を瞬いて――本当にさっきから珍しいものを見る――それから、すこし、なにかが痛むように、眉を寄せた。
「……?」
「彼女の意志、ですか」
公瑾の顔が、先程から、余りにもくるくると変わるので、孔明の方が調子を狂わされる。公瑾はそれ以上は何も言わずに、ただ困ったように笑った。
「……、とにかく、」
「孔明殿」
「……」
「彼女が残りたいといったら――その意志を、尊重してはいただけませんか」
それが彼の――とても素直という言葉からは程遠い彼の、精一杯であるということは、見当がついた。けれど孔明は彼の味方ではない。わかるからと言って、手を抜いてやる必要は無い。孔明派はゆっくりと笑って、答えを避けた。
それを、孔明の狙い通りに、拒否ととったのだろう。公瑾はすこし迷うように唇を動かし、息を吸って、意を決したように言葉を吐き掛けて――

「孔明殿、」
「嫁には、やりませんよ」

鋭いはずの双眸が、これ以上ない程大きく、見開かれた。

「一回りも年上で、腹の読めない性格で、自らの命を大切にすることを知らない――そんな男に、どうしたら大事な弟子を預けようと思えますか」
孔明は、畳み掛けるように言った。その全てが、彼には申し開きの出来ないことであるはずだった。
「ボクはね、都督殿。弟子には、どうしても、幸せになってもらいたいんです。……残念ながら、あなたにそれができるとは――」



「――師匠!」



思い切りのいい音と共に扉が開いて、息を切らした花が駆け込んできた。
「今、子敬さんから、聞いて……、なに、勝手なこと、言ってるんですか!」
「ああ、久しぶり。なんだ、せっかくの再会なのに、お転婆だなぁ」
「師匠!」
「勝手なこと、って、子敬殿から何を聞いたの?」
「私を連れて帰る、って」
息を整えながら、真っ直ぐ孔明を見る花に、胸を突かれたような気がした。
「私は、戻りません」
「……君はボクの弟子だろう?」
「師匠には感謝してます。けれど、私は――私は、道を、見つけたんです」
「……」
思わず、目を見開いた。覚えていたのか、と、思う。そして――どうしようもないのだ、と、思う。
「花殿。いきなり飛び込んでくるのは、どうかと思いますよ」
「……! ご、ごめんなさい!」
静かに成り行きを見守っていた公瑾が、口を開く。落ち着いてください、と微笑んだ顔が、あたたかい。この男のことを、あたたかいと思う日が来るだなんて。
「とにかく、師匠――私は、ここに残ります」
「へぇ? ……玄徳殿と仲謀殿が、争う日が来るかもしれないんだよ?」
「そうならないためにも、残りたいんです」
自然と――ほんとうに、息をするように自然と、公瑾の傍に佇んだ花を、真っ直ぐに見ることが出来なかった。逸らした視線が、公瑾を――困ったように、静かに微笑んでいる男を、捕らえる。

(そうか、……そういう、ことか)

不意に、自分がどうしようもない子供であるような気分になった。目の前の男は、こうなることを予測していたのだろう。だから、なにも――孔明の言葉に対して、自らの意志を、抗うようなことを、返すようなことを、なにも、言わなかったのだ。
結局こうして――なにも言えなくなるのが、孔明のほうだということを、知っていたから。

(どうしよう――)
(――これが、負ける、ってことか……)

なんだか、泣きたいような気がした。視線を花へと戻した。一人必死の表情の彼女だけが、何をも承知していない彼女こそが、この場の支配者だった。孔明は出来るだけ丁寧に、細心の注意を込めて、いつもの笑顔を作った。
「……そうか。……そう決めたのなら、道を見つけたのなら、先導の役目は、もうおしまいだね」
「師匠、」
「ひとつだけ、約束してくれる?」
花はしっかりとこちらを見て、頷いた。孔明は、泣きそうなのに妙に清々しい、奇妙な気分の中で、最後の教えを授けた。

「君の見つけた道を失わないように。――失わなければきっと、幸せに、なれるよ」

しあわせになりなさい。
結局、孔明が花に言いたい言葉は、その一言に尽くせるのだった。
視界の端で、男が小さく、目線を下げるのを見た。目礼のような所作に、ちゃんと届いている、と、安心した。
(花が見つけた『道』――周公瑾)
(しあわせにしなければ、許さないからね)
万が一彼女を泣かせるようなことがあれば――決して、許さない。
そんな水面下のやりとりには気付かないままに、花はいつもの、孔明の好きな顔で、明るく頷いたのだった。














(タイトルを『都督がんばる! VS孔明編』にしようか迷った。)

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