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姫金魚草

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02 天命

(話が進みません……)



 本を読んでいたのだ。
 さして歴史に興味があるわけでは無かったけれど、何故かその、図書館の奥で見つけた古い装丁の本から、手を離すことができなかった。
 家に持ち帰って、ベッドに入って本を開いた。歴史学の書かと思っていたら、ファンタジックな序文があって、一体どういうものなのだろうと思って。
 けれど、疲れていたのか、読みすすめる前に意識が落ちた。三国志の本だということだけがなんとなくわかって、ぽんと頭に浮かんだのが諸葛孔明の名前だった。典型的な日本人なら、劉備玄徳と諸葛亮孔明が出てくると思うし、ボクもその例に漏れなかったというわけだ。
 天才的な軍師。天下三分。そんな、基本的な知識しか、持ってはいなかったけれど、その名前が何故か、苦しいくらいに胸に取り付いて離れなかった。
 古い友人を、若しくは、遠い初恋を思うような、切なさを含んだ痛みが、その名前には存在した。理由もなく。
 そのとき。
 なにか、温かい、ぬるい洪水のようなものに身体を包まれたような感覚があった。眠りへの誘いというには余りに強烈な、それが光だとわかったときにはもう、意識がことんと闇に落ちていた。

 こんなところに、人が住めるのか。
 山中の庵は、そう思わせるに充分な小ささと質素さをたたえていた。脇に小さな畑があり、なんだかもわからない作物が生えている。
 けれど確かに彼女、孔明は、此処に住んでいるようだった。通された庵は小さな一間だったが、生活の香りに満ちていた。積み上げられた書物、小さな行李からはみ出た着物、水場に並べられた欠けた食器、籠に入った野菜。それら全てが、此処で暮らす、日常というものを想像させた。
「良かったんですか、客人を追い返してしまって」
「構いませんよ。大事な用なら、また来るでしょう」
 孔明は飾り気も何もない、質素な着物を着ていた。比べて、先程庵の前で孔明の帰りを待っていた男は、明らかにいい仕立てだとわかる服装だった。勿論、どちらも自分の目から見れば奇異な作りではあったが。
「お腹がすいているんでしょう? 支度しますから、座って待っててください」
 孔明に指されるまま、小さな部屋の、竹簡が積まれた脇へと座り込む。なんとなく一つ手にとって開いてみて、予想はしていたが溜息が出た。
 恐らくは漢字の走りなのだろう。竹に墨で書かれたそれは、当たり前のことだが全く読めない。
 転じて――、思いながら、もうひとつ。
 倒れていたそばに落ちていたのを拾ってきた、本を手にとる。――眠りに落ちるそのときに、開いていた本。九天九地と記された、本だ。
 こちらは、変わらず、知っている言葉で書かれている。ぱらぱらと捲って、読む気にはなれずに閉じた。
 どうして、これだけ。これだけ、変わらずここにあるのだろう。
(とにかく、此処がどこであれ、いつであれ――言葉が通じるのが、救いか)
 荊州、襄陽、隆中、――そして、諸葛孔明。
 とても信じがたい話ではあるが、此処はどうやら、後漢末期の中国であるらしい。
 騙されていると思うには、圧倒的な現実の匂い。あの森の空気は、一度も感じたことの無い、自然だとか未開だとか、そういう言葉が相応しい濃さだった。リアルすぎる夢、だろうか。そう思うには、手の中の本が、現実のものとして重すぎた。それに、夢だとしても、醒める気配は一向に訪れそうにない。
「書に興味が?」
 孔明は竈に向かいながら、こちらに声を投げた。慌てて書から手を離し、首を振る。
「いえ。残念ながら、こちらの書は読めぬようです」
「面白い表現をしますね」
「ボクの知っている字とは、大分違うようで」
 ふわりと、温かな香りが漂ってきた。本当に後漢の時代であるなら、調味料などはほぼ存在しないと言っていい。香辛料などもないし、香りや味の強い野草で味をつけるか、塩を振るかが精々だろう。
 欠けた椀に、粥のようなものがよそられている。添えられているのは、漬物のようなものだろうか。差し出されたそれを受け取る。
「こんなものしか出せなくてすみません。燻製が切れてしまっていて」
「いえ、充分です」
 貧しい暮らし、というより、貧しさを気にしない暮らしだということは、一目で知れた。そうでなければ女一人、こんなところで暮らしてはいないだろう。
 そう、女なのだ。
(……諸葛孔明が女、……出来の悪い娯楽小説みたいだな)
 まさか、現代に伝わっていないだけで、本当は女だったとでも言うのだろうか。まさかまさか、内心で否定しながら、手を合わせていただきます、と言う。
 その様子を孔明が、驚いたような顔で見た。
「なにか、……ああ、すみません。ボクの故郷の習慣で」
「……そうなんですか。異国の方なんですか。字も違う、……そのわりに、言葉はお上手ですが?」
 匙で粥を掬い、一口。予想通りの薄味で、けれど不思議と、不味いという気はしなかった。空腹は最高のスパイス、というのとも少し違う。懐かしいような、味だった。
「そのようですね。言葉が通じて幸いです」
「……君はさっきから、不思議なことばかり言いますね。何者ですか」
 溜息とともに孔明に問われて、名乗っていなかったことに気付く。
「名前なら、亮、ですが。何者かと問われると、困りますね。ボクにもそれが、わからないもので」
 出身は日本の東京都、身分は大学の准教授、と言ったところで、とても理解はしてもらえないだろう。この時代の日本は、卑弥呼の時代だ。
「誰だって、そんなことを問われたら困るでしょう。例えば、貴女だって」
 言うと、孔明は虚を突かれたような顔をした。少し考えてから、一つ頷く。
「たしかに、そうですね。特に今の私は、身分もなにもない、妖しい隠者でしかありませんし」
「伏龍の仰る言葉とは思えませんが」
 伏龍。孔明がそう呼ばれていたことくらいは、知識として知っていた。
「……その名が、異国まで知れているとは思えないのですけど」
 孔明が訝しげに言う。知っているものは知っているのだから仕方が無い、と笑うと、少し何か考える風にした孔明は、しかし結局考えることを放棄したらしい。
「本当に、わけがわからなすぎて清々しい気分になりますね」
「奇遇ですね。ボクもそんな気分なんですよ」
 にこりと、笑う。
 確かに、そんな気分なのだった。わけがわからなすぎて、いっそ気持ちがいい。何もかもが異常だと、もう、笑うしかないような気がしてくるのだ。そして、楽しんでしまうしかないような気も。
「あそこで貴女に拾っていただいたのも、なにかの天命だと思うので」
「拾わせた、の間違いじゃないですかね」
 抗議の言葉は軽く無視した。とにかく、ここでの生活基盤を確保しなければならない。直ぐ醒める夢ならいいが、どうやらそんなことはなさそうなので。
「貴女のお手伝いをしたいと思うんですが。どう使っていただいても構わないので、此処に置いてくれませんか」
 得体の知れない男の、ずうずうしい言い分に、けれど孔明は楽しげに笑った。
 ええ、と光った瞳が、才知を閃かせて眩しい。
「これから、忙しくなる予定なので。それが天命なら、――歓迎します」
 助けると言いましたしね、と孔明は言った。自分で言っておいて、孔明が返してきた「天命」という言葉の重たさに、少し驚いた。
 普通に生きていたら、とても使わないような言葉だ。けれどこの時代には、重い意味を持った言葉だったのかもしれない。孔明の言い方には、そう感じさせるだけの何かがあった。
 天命。
 なるほどこれは、そういうことなのかもしれなかった。なにもわからないけれど、今、亮がここにいるということ。
 なにもわからないから、とりあえず、彼女を頼っているけれど。それだけではないのだと、胸奥から突き上げてくるなにかがあった。
 そう。
 諸葛孔明、彼女を、知っているような気がしていた。そんなはずはないのに。粥を空にしてごちそうさまでした、とまた手を合わせると、孔明はなにか、いぶかしむような顔をしながら、するりと、お粗末さまでした、と、口にした。














(時代考察はとても適当なので、突っ込まないでやっていただけると嬉しいです)

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