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姫金魚草

三国恋戦記中心、三国志関連二次創作サイト

   

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03 罪

(罪の深きを忘れた)



 得体が知れない。
 異国のものだというが、伏龍の名は知っていて、言葉は流暢だ。字は読めないというが、書を持っている。こちらの製法ではない、紙を綴ったものだ。紙は高級品だし、そんな薄い紙を見たことはなかった。
 なんでもやる、と言ったので、弟子という名目で使い走らせることにした。歳はそう変わらないが、孔明はなにせかの孔明なのだ。不思議なことではない。
「弟子と言うより、小間使いのような気がするんですけど」
「小間使わなかったら、ただのただ飯ぐらいでしょう。働きなさい」
 そうして二人で暮らしていくうちに、言葉は砕けた。亮は敏い男で、言動の端々に、その頭の良さが伺えた。そうしてその敏さで遠慮の無いことを言ってくるので、こちらもどんどん遠慮がなくなる。そうしているうちに、なんだか本当に師弟であるような気がしてきていた。
「片づけが終わったら、そろそろ多分客人がくるから、裏から野菜をとってきてくれるかな」
「客人。……ああ、あのときのですか」
 あの時追い返した男が、また来ることを知っていた。歓待の態度くらいは、見せるべきだということも。
「師匠は、彼が誰だか知ってるんですか」
 弟子、と言ってから、亮は面白がって師匠という呼称を使った。
「孔明でいいといってるでしょう。……まぁ、見当はついてるってくらいかなぁ」
「いや、師匠は師匠ですから? ……奇遇ですね。ボクも、彼が誰だか判る気がするんですよ」
 洗い終えた皿を棚に片付けながら、亮はからかうように言った。孔明が師匠と呼ばれるのを嫌がっているのを、気付いていての所作だ。嫌な弟子、と顔をしかめてから、続いた言葉には少し驚いた。
「へぇ? 誰だと思うの」
「師匠が思っているのと、同じ人物だと思いますよ」
「だから師匠はやめなさいって。それじゃ答えにならないよ」
 彼に師匠と呼ばれると、なんだか胸の奥にこびり付くような違和感がある。歳が近いからというわけでもあるまいに、と不思議に思っても、答えは出ない。
 もやもやとしたものを抱える孔明の前で、亮は悪戯めいて笑ったまま、つ、と視線を庵の入り口へと向けた。
「じゃあ、せーので言って、答え合せといきますか?」
 つられて視線をやった先、薄い筵掛けの向こうに、人影が見える。どういう歓迎の仕方だか、と思いながら、孔明は亮の戯れに乗ることにした。

「「劉玄徳様、ですね」」

 * * *

 奇妙な歓待で迎えられた男、劉玄徳は、最初こそ驚いた顔をしたものの、にこにこと笑う師弟に毒気を抜かれたような顔をして、促されるままに座った。亮が茶とも言えないような薄い色がついただけの湯を差し出すと、礼と共に受け取る。そのときには、すっかり動揺の色を洗い流していた。
「それで、このようなところに、何用ですか」
 来ることを予期していたのは先の戯れで玄徳にも知られているというのに、孔明はしれっとした顔でそう訊ねた。吹きそうになっている亮を横目で睨む。
 促されて玄徳が語った言葉は、孔明が予想、否、知っていたものと、寸分違わないものだった。漢王朝の今を憂い、孟徳の専横に憤り、民の苦しみを思う。玄徳以外が語ったのなら、余りの陳腐さに笑ってしまうような正論。
 けれど、劉玄徳はただひとり、その正論を語ることが許されている男だった。彼はそれを語り続け、その思いのままに、乱世を走ってきた男だった。
 頷くことは容易いようで、難しかった。劉玄徳はその思想ゆえに、その正義ゆえに、生き延びてきたのが不思議なくらいの寡兵だった。そして彼がその想いを、正義を貫くというのなら、志を為すのはとても、難しい。
 ただ正しい、というだけで、何かを為すことは不可能なのだ。ただでさえ、正しいとは、強いということと同義である乱世において。
 そもそも乱世に志などあれば、こんなところに隠れ住んではいない。乱世から離れて晴耕雨読の日々を過ごしていたのは、ただ、静けさを愛したからだ。
 そうしなければいけないような気がしたのは、何故だったのか――
 劉玄徳の強い、自らを疑うことを知らない瞳に見据えられると、心が傾いだ。
「だからどうして欲しい、とは、言わない。ただ、……話してみたかった」
「……話、ですか」
「ああ、……俺の言葉など、かの智謀の前では紙のように薄いかもしれない。けれど、話してみたかったんだ」
 玄徳はたしかに、語っただけで満足した、と言いたげな顔をしていた。孔明はただ、静かに相槌を打っていただけだ。玄徳の言葉は、徳と志を抱えたまま乱世を生きていた男の言葉は、いっそ心地よいくらいに強く眩しくて。
 もっと、聞きたいと、思うほどに。
「玄徳様、……私は」
「師匠」
 何を、言おうとしたのだったか。
 唐突に口を挟んだ亮のせいで、出てこなかった言葉は霧散した。玄徳と孔明と、二人の視線に挟まれて、亮は知らぬ顔でにこにこと笑っていた。
「そろそろ夕餉の時間です。玄徳様も、食べていかれますか」
 あまりにも空気を読んでいない発言だった。しかし外を見れば確かに日は暮れている。いつの間に、と目を瞬くと、亮は変わらぬ笑顔のままで孔明を見た。
 宥められているような、気がした。何を?
「いや、退散しよう。随分話し込んでしまった」
 爽やかに笑って、玄徳が立ち上がる。声を掛ける前に、だが、と玄徳が続ける。
「また来る。……そのときは、孔明殿のお話を聞かせて欲しい」
 頷かせる力のある言葉だった。重みというものを考える。自らの思想を信じ、命を張ってここまで生きてきた。そんな相手に何を語れるだろうと思いながら、孔明は呆然と、随分と大きく見える男の背を、見送った。

 * * *

「あれが、劉玄徳ですか」
 汁をよそいながら言う亮の言葉には、楽しげな響きがあった。
「みたいですね」
 知っていた。あの男が来ることも、何を語るかも。知っているのに、飲み込まれるような気分だった。それを知ってか知らずか、亮が問う。
「応えるんですか?」
「応える? ……わざわざこのようなところまで、足を運んでくださるのを、無碍にする法はないでしょう」
「そんなことを言ってるんじゃありませんよ」
 亮はすっかり慣れた手つきで火を消し、二つの椀を置いた。いただきますと、続ける亮に釣られて、最近はあわせて言ってしまうようになっている。その言葉がなぜか、食事の前に言うのにとても自然だった。
「行くんですか」
 亮の問いは、端的だった。答えずに、ゆっくりと、温かい汁を啜る。
 行くのだと、知っていた。
 劉玄徳が訊ねてきて。三度目に応えるということまで、孔明には何故かわかっていた。そういうものだと思っていた、と言ってもいいかもしれない。
「困るな。……ボクはどうすればいいんです」
「一緒に来ればいいんじゃないかな。玄徳様のところに行けば、ここよりもいい暮らしが出来ると思うけど」
 少なくとも、今のところは。
 乱世の只中にある軍に身を寄せる。今このとき、以上の保証は出来ようはずもない。
 そんなことは亮もわかっているようで、少し、彼には珍しい険しい顔をした。孔明は亮から視線を逸らしながら、言った。
「君がどうするかは、君の自由だよ。……ここは仮宿でしょう。多少の支度金なら、渡してあげられる」
「そんなことは、言ってませんけど」
「でも、間違ってないと思うけど」
 亮は、自らのことを語らない。語るべき言葉を持たないのだ、と、言った。最初に着ていた奇妙な服は早々に脱ぎ捨てて、すっかりこの庵での暮らしに慣れたような顔をしている。
 けれど彼は、間違いなく過客なのだった。孔明にはなぜか、それがよくわかった。
「ボクは、……そうだな。師匠、」
「だから師匠は、」
「ここは、弟子の出番でしょう」
「……は?」
 亮は考え込むように、顎に手を当てて言った。その手が、彼がいつも手にしている、異国の書を引き寄せる。
 彼が唯一持っている、彼の国のもの。それがなんなのか、聞いたことは無かった。静かな眼差しで書を見る、彼が何を考えているのかも。
「ボクが、行きます。師匠の名代として」
 それは、余りにも意外な言葉だった。
 思えば、亮を拾ってから、孔明の世界は随分と驚きに溢れた。なにもかもが既知の様な気がするこの世界で、彼だけが、未知だ。
 しかし驚きが過ぎ去れば、彼の提案はとても呑めない、という現実がやってくる。孔明は苦笑した。
「ついてくる、ならわかるけど。私が行かなければ、駄目でしょう」
「ボクでは、師匠の変わりは務まりませんか」
「そういうことを言ってるわけじゃなくて」
「ボクは、少し、試してみたいんです」
 亮の目は、不思議な色をしていた。自分が行かないということが、知る未来と違うせいで、そんなことは不可能だ、と思ったのに。
 亮が語ると、そんな未来がある、ということが、奇妙に現実的に感じられた。
「大丈夫ですよ。ボクはちゃんと、『孔明の弟子』として、やるべきことが、出来ます」

 その。
 『孔明の弟子』という、言葉の響きに、あの時の痛みが蘇ってきた。亮を拾ったときの。あの、焼き付くような痛みが。

「……師匠? どうしたんですか、顔色が」
「っ、……なんでも、ない」
 あの時と同じように、痛みは一瞬で引いていく。痛みの正体の一端が、孔明の手に触れた。それはとても意外な。
(これは、……この痛みは、罪の意識に、近い)
 亮を見る。茫洋とした眼差しの、優しげな顔立ちの、飄々とした、掴みどころの無い、異邦の男。
 彼に対する罪があるのだ。
 亮を知っている。最初に、そう感じた。罪がある。二度目に、そう思った。
 彼は誰だ。罪とは、なんだ。
 既知のはずの世界が、形を変えていく。
「わかった。……君の自由だと、最初に言ったし。好きにするといいよ」
 そして――私は、なんだ?
 不意に、世界が薄れた。孔明の言葉に、亮は変わらぬ笑みで、ありがとうございます、と、言った。

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