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姫金魚草

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01 時を見る

というわけで、花孔明、孔明編。
なかなかにひどいオリジナル具合です。



 そろそろ、時が来る。
 隆中の庵で一人、温い白湯を啜りながら思った。いつもと何が違うわけでもない。畑を耕し、書を読んで過ごす一日は、乱世とは思えないほどに緩く穏やかだ。それでも孔明には、もうすぐだ、ということがわかった。
 もうすぐ、孔明の知を必要とするものが、この庵を訪れる。
 昔から、敏い子供だった。
 女だてらに学問を修めることができたのも、人間離れしたとも言われるこの鋭敏な未来への感覚、そしてまるで最初から知っていることを思い出すだけであるかのような知識の吸収速度があったからだろう。誰もが孔明の才知に舌を巻いて、いつしか孔明が女の身であることなど、だれも気にすることがなくなった。
 徐州の非情な戦を逃れることが出来たのも、また、その先見の明のお陰と言えた。戦を、そして誰もが非道だと恨んだ曹孟徳を、憎むような気持ちは湧いてこなかった。そういうものだと、最初から知っていたからだ。
 何故、先のことが、まるで過去のことのように知れるのか。理由はわからなかったけれど、気にならなかった。孔明にはそれが、生まれたときからの自然であったからだ。
 けれど一つ、「お前は人知を超えた存在だ」と、あるときは畏怖として、あるときは嫉妬とともに、言われるとき。
 その瞬間はいつも、奇妙な痛みに心が軋んだ。その通りだ。自分は普通の人間だと思っているのに、思うより先に、未来を知るのと同じ感覚で、孔明の中の人でない部分が肯定する。その通りだ、確かに私は、人間ではない、と。

 村へ下りよう、と思ったのはその鋭敏な予感のせいではなくて、単純に薬を頼まれていたことを思い出したからだった。取りに来るといっていたが、たまには人と交わっていないと、ますます人から遠ざかってしまいそうな気がする。
 人前に出てもおかしくない着物に着替えて、煎じてある薬を手にとって外に出る。昼下がりの森中は、程よく涼しく心地よい。のんびりとほぼ獣道である道を辿っていく。
 と。
(……ん?)
 ぱちり、とひとつ、目を瞬いた。細い道を塞ぐようにして何かが落ちている。てらりと陽光を反射するそれは、孔明の知らない質感をしていた。
 それでも特に足は速めず遅めず、ゆっくりとその物体に近付く。驚くということが随分久しぶりで、なんだか不思議な感じがするが、驚いたときほどいつもと同じ行動をするべきだと知っていた。
 近付くと、それはなにか見慣れない衣に身を包んだ人だと知れた。意識が無いのだろうか、地に伏している。
 流石に、駆け寄った。膝を突いて、息を確かめようと、身体を仰向かせる。
(――!)
 ちりっ、と。
 その人物の――まだ歳若い、二十代半ば程に見える男の顔を見た瞬間、目の奥、頭の下に焼け付くような痛みが走った。頭の中に焼き鏝を押し付けられたような、酷い痛み。一瞬くらりとして、きつく目を閉じる。痛みは直ぐに引いていったが、余韻で暫く動くことが出来なかった。
(何だ、今の……じゃ、なくて。この人は)
 一つの呼吸の後に目を開けて、男の口元に手を翳す。呼吸ははっきりしていて、穏やかに深い。
(……眠っている?)
 見れば顔は穏やかで、のほほんとしているようでもある。一気に気が抜けて、次いで苦笑のようなものが漏れた。走った痛みは、もう幻のように消えている。孔明はそっと、男の身体を揺すった。
「起きて下さい。こんなところで寝ていたら、獣の餌になってしまいますよ」
 人の通る道には少ないとはいえ、稀には熊などが出ることもある。それに、乱世の習いで狼藉者の類は後を絶たない。なかなか起きない男に業を煮やして、多少強く頬を叩くと、やっと男の口から、覚醒を知らせる唸り声のようなものが漏れた。
「……ん、……んん……?」
「はい、おはようございます。……っ、」
 ぱちり、と開いた男の目は、澄んだ黒い色をしていた。聡明さを伺わせる深い色だ。
 事態がつかめていないような顔で目を瞬く、その、優しげな垂れ目を何故か、知っている、と強く思った。
 けれどそれだけ。何を知っているのかも判らないまま、ただ、痛みに近い圧倒的な何かに呆然とする孔明の前で、男もまた、呆然した眼差しを辺りに走らせた。
「へ。……なに、なんだこれ」
「それは、私の台詞ですが。何故このようなところで寝ていたんですか」
「いやボクに聞かれても。って言うか、ここ、何処ですか」
「……は?」
 男は全くわけがわからない、という目をして、孔明を見た。孔明は一瞬言葉を失い、同時に走った思考が一番ありそうな状況をいくつか弾き出す。
「拐されでもしたんですか」
「残念ながら、それもわかりません。ボクは普通に家で寝てただけなんですけどね」
 やはり誘拐の線が濃厚だろうか。男は言葉は裏腹に、暢気に欠伸をひとつ溢した。孔明はそんな男を見ながら、溜息とともに言った。
「眠っている間につれてこられた、と言うなら、さほどの距離でもないでしょう。此処は隆中ですが、帰る道はわかりますか」
「……隆、……なんですか?」
「隆中です。……ご存知ないようですね。襄陽から二十里ほど、と言えばわかりますか」
「……襄陽?」
 男はぼんやりと、孔明の言葉を繰り返した。はい、と孔明が頷くと、男はんー、と呻りながら一度空を仰ぎ、孔明に向き直って首を傾げた。
「貴女、ボクをからかってます?」
「なんで君をからかわないといけないんですか。ここは荊州の小さな村の傍ですよ」
 男は何か、どうにも受け入れがたいことを聞いた、と言いたげに顔を歪めた。それから、その歪んだ顔のままで、聞きにくそうに口を開く。
「あー、……貴女の名前を、聞いても、かまいませんか」
「? 孔明です。諸葛孔明ですが」
 男は絶望的だ、と言いたげに頭を抱えた。久々にわけがわからないことに遭遇して、いっそおもしろいような気分になっている孔明の前で、男は深い溜息とともに言った。
「夢か、これは。……貴方の言ったことが本当だとしたら、ボクが帰る場所は、とてもとても遠いことになる。もちろん、帰り道なんてわかりません」
「それは、ご愁傷様です?」
 ぶつぶつと呟いた男に孔明が軽く首を傾けて返すと、男はこちらを睨み付けるように見て、孔明の衣を掴んだ。
「だから、……第一発見者の誼で、ボクを助けてくれませんか。伏龍、――諸葛孔明」
 孔明は目を瞬いた。第一発見者、という不思議な響きの言葉が、くぁん、と脳裏に心地よく響いた。
 知っているはずなのに、誰だか判らない男。不思議な衣を着た、何処から来たかも判らない男。
「いいですよ。これでも、慈愛の心に満ちていると有名なんです」
「いや、それは多分ないと思いますけど。……じゃあ、とりあえず」
「いきなり失礼ですね君。……はい、なんでしょう?」

「なにか食べさせてくれませんか。……空腹で、今度こそほんとに倒れそうだ」

 男は情けない顔で言って、それに思わず孔明は笑ってしまった。立ち上がり、衣についた土を払う。
 見えなかった。
 先のことは、何でも知れていたのに。この不思議な男のことが、見えなかったのだ。
 それだけで、この男に係わる価値が、確かに存在した。男が立ち上がるのを待って、来た道を戻る。
 そして庵の前で、孔明を待っていた男――劉玄徳を、客人を連れているという理由で、すげなく追い返すこととなったのだった。 

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