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姫金魚草

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願わくは (孟徳)

(最期のまどろみ)

霧の立ちこめた不思議な世界で、赤い男は夢を見ているのだと気付いた。
何も見えないのでしばらく歩いてみた。ふわふわとした感触が足裏に伝わる。
何処までも歩いていけそうな不思議な柔らかさだ。
どんどん歩いていくと、人影が見えた。
「お」
「……ああ」
見えた姿は青い男だった。赤い男を見ると少し驚いたように目を見開いて、すぐにふわりと破顔した。
「久しいな」
赤い男は青い男を知っていたし、青い男もまた赤い男を知っていた。
しかし奇妙な感覚があった。赤い男は首を傾げながらも、ここは夢だと思い出してすぐに返事をする。
「ああ。元気そうだな」
その言葉に青い男は、ちょっと変なくらいに大きく笑い、そうだな、と笑いの滲む顔で言った。
きょとんとする赤い男の前で、青い男は言った。
「まぁ、ただ話すのもなんだ。呑むか」
「あ、ああ?」
といってもここはただ白いだけでなにも無いじゃないか。
言いかけた赤い男の前に、気付かぬうちに宴席があらわれていた。赤い敷物に豪勢な食事、そしてたくさんの酒の甕がある。
そういえばここは夢だったな。
赤い男は頷いて、遠慮なく敷物の上に座った。
杯に酒を酌み交わす。杯を掲げようとしたところで、なみなみと注がれた酒の上に、ふわり、と、なにか、雪のようなものが落ちた。
赤い男は顔を上げた。
いつのまにか、宴席を囲むように、大きな桃の木が生えていた。
「呑もう」
呆然とする赤い男の前で、青い男は特に驚きも見せずに杯を干した。
赤い男は慌ててそれに続いた。夢なのに、喉を焼くような酒精の感覚が確かにあって、夢で酔っても二日酔いになるのだろうか、と、少し思う。
「俺の世界に、迷い込んだようだ」
青い男はそんなことを言って、すまんな、と笑った。
赤い男にはわけがわからない。しかし桃の木を見ていると、たしかにここは目の前の男の世界だ、という気がした。
「いい世界だ」
ので、言ってみた。青い男は嬉しそうに笑った。
「そうか。俺がお前に対して誇れるものは、これくらいだからな」
青い男の笑みに若干の自嘲が混じった。
「そんなことはないだろう」
つい、否定が赤い男の口をついて出た。
「俺はずっと、お前が羨ましかった」
口に出すと、それはたしかに真実であるような気がした。赤い男は酒で滑るままの口を、動くままに任せた。
「お前は俺にないものを、たくさん持っていただろう」
たとえばこんな、綺麗な世界とか。
たとえば。
思ったときに、宴席に人影が増えていたのに気付いた。料理を片端から片付けていく大男と、静かな顔で酒を飲み下す長髪の男。赤い男は眩しいような思いで、宴の新顔を見た。
「……そうだな」
赤い男の視線の先に気付いて、青い男もまた納得したように頷いた。
「確かにお前は、物欲しげに見ていた」
「そりゃあ、欲しいだろう」
青い男の呟きに赤い男が即答すると、青い男は楽しげに笑った。
「悪いが、やれんな」
「けちだな、お前」

人のものを欲しがるのは、貴方の悪い癖だ。
赤い男は、背後の声を聞いて振り向いた。眉間に皺を寄せた黒い男が、額に手を当てて溜息をつきながら、こちらを見ていた。
「欲しいものを欲しいと言って、何が悪い」
唇を尖らせて言うと、処置なしと言いたげに首を振った黒い男は、赤い男の隣に座って杯を手にとった。またひとり、宴席に人が増える。
いや、一人ではなかった。赤い男が気付かぬうちに、宴席は人で溢れていた。
金色の髪の精悍な顔つきの若者が豪快に酒を煽る傍らで、端正な容貌の青年が、柔らかな表情で琵琶を奏でている。ほっほっほ、と気の抜けた笑い声を立てる小さい男がいる。
宴に最早秩序は無く、赤い男がぼんやりと眺めやる前で、風にあおられて落ちてくる桃の花弁だけがうつくしい。
なんだこれは、どういうことだ。隣の黒い男に問おうとして、知っているはずの名が思い出せないことに気がついた。赤い男は、ここにいる全ての者の名を知っているはずだった。けれどひとつも、思い出せはしない。

それどころか。
赤い男は、自分の名前すら思い出せないことに気がついた。

青い男が、赤い男を見る。
青い男は優しく笑った。
「……これは夢だ、」
そうして優しく名を呼ばれた。
呼ばれた名が自分のものだと、気付いたときに、世界が消えた。


 * * *


掌が見えた。
皺だらけのそれが、自分のそれだと気付くまでに、随分かかった。
夢を見ていた。
皺を一つ一つ、くっきりと刻みつけていくように、ゆっくりと手を握った。
温かだった。
この期に及んで、自分が、救われたいのだということに、眩暈がした。
「お目覚めですか」
声とともに、同じように皺の刻まれた手が、ゆっくりと孟徳の手を包んだ。
顔を向ける。それだけのことに、随分と時間が必要だった。
温かな手。柔らかな笑み。もう長いこと、これ以外の表情を見ていなかった。
彼女は。花はずっと、笑って、孟徳の傍らに居てくれた。
「……夢を見たんだ」
声が随分としゃがれて聞こえて、ああ、先刻の夢の自分は随分と若かったのだ、と、気がついた。
「玄徳と、雲長と、翼徳と、……文若と、伯符と、公瑾と。あと、あれは多分子敬かな」
「それは随分、騒がしそうな夢ですね」
花が笑う。つられて笑った。
「桃園で宴をしていた。……俺は勝手だね」
彼らがなんであるのか、孟徳にはきちんとわかっていた。
孟徳より先に逝った、孟徳の覇道が踏み潰した幾つかの志。
今更になって、許されたかった。
そういう夢だと、気付いていた。
苦笑するだけの動作も、老いた顔には負担だった。花はゆっくりと孟徳の手を撫でながら、そうでしょうか、と、温かなままの声で言った。

「私の国では、昔の人は、――夢に出てくるのは、相手が自分を思うからだ、と」

孟徳は、僅かに目を瞬いた。そんな些細な動きですら、今はのろりと緩慢だ。それから、言う。
「でも、君は、出てこなかったよ」
「私の思いは、もう、あって当たり前すぎるのでしょう」
「……そっか」
確かにそうだ。納得して、孟徳はゆるりと目を閉じた。
花の手が、あたたかい。春の日差しのような優しさに包まれて、また、まどろみに落ちる。
あたたかだね、と、囁きは、もう、声にはならなかった。














(「あたたかだな、惇」は、蒼天曹操の臨終の台詞。)

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