姫金魚草
三国恋戦記中心、三国志関連二次創作サイト
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七夕 (魏)
(孟徳Good後? 孟徳と文若と花ちゃんで七夕。)
「連れてきましたよ」
憮然とした表情は、とても上司に相対するものではない。
国の最高権力者とも言える曹孟徳に対して、こんな苦りきった顔ができるのは、大陸広しといえどもこの荀文若と、あとは夏侯元譲ぐらいのものだろう。
しかしそんな稀有な状況だからと言って、当の曹孟徳にはまるで応えた様子は無かった。更に言葉を続けようとした文若の脇をするりと通り過ぎ、その背後にいた華奢な少女を思い切り抱きしめる。
「花ちゃん! 会いたかったよ」
「……えっと、お昼にお会いしたばかりですけど」
一国の丞相ともあろうものが、完全にやに下がった顔を見せて、ごく平凡な顔立ちの少女に頬ずりをしている。見飽きるほどに見ても、見慣れるものではない。文若は溜息をついた。
「連れてきました。充分でしょう。花、戻るぞ」
「え? え、あの、」
「何馬鹿なこと言ってるんだ文若。これくらいで俺が満足すると思ってるのか」
「丞相のご満足など、政務にも、また、彼女の仕事にも、なんら関係のない話ですが」
昔なら飲み込んでいた言葉が、さらりと口をついて出た。出るようになってしまった。そういう気安さが、今の孟徳にはある。
「俺に関係あることなら、政務にも関係あるんじゃないかな」
言いながら、花を抱き寄せたまま、じりじりと文若から離れるように後退する。
まるで、子供が大事な玩具を取り上げられまいとでもしているかのようだ。思わず笑ってしまいそうになって、慌てて口元を押さえて誤魔化すように咳払いをした。
此処で笑っては、とても仕事をさせるどころではなくなるだろう。顔を引き締めなおして、口を開く。
「とにかく、花は返していただきますよ。彼女はもう、立派に戦力ですから」
「文官の仕事なら、此処でも出来るだろう」
「あ、あの。私の仕事はあくまで、文若さんの補佐ですから。……あ、そうだ、孟徳さん」
花を抱いたままあくまでじりじりと下がり続ける孟徳に、たまりかねたように花が口を挟む。抵抗するようではなく、ただ宥めるように孟徳の手をとっていた花が、ふと、何か思いついたような顔をした。
「ん? なに、花ちゃん」
「そろそろ、夏ですけど。こちらにも、七夕ってあるんですか?」
「……七夕?」
「はい。夏のお祭です」
花の唐突な話に、文若は首を傾げた。ここで意味無く祭の話を持ち出すような少女ではないことを、それなりの付き合いで知っている。とりあえず成り行きを見守ることにし、文若は孟徳に煩く言うのを暫しやめることにした。
「聞いたことが無いな。どんなお祭なの」
「えっと、こういうお話があって」
花は孟徳に抱かれたまま、思い出すように視線を僅かに上に上げて語りをはじめた。
「今の時期、夜空には川のように沢山星が見えますよね」
「うん? ……ああ、たしかにそうかもね」
「その両岸の、一際大きく輝く星を、私の国では織姫と彦星と呼んでいるんです」
文若も、語りにつられて思い出す。空にかかる川と、その両端の星を。
「二人は恋人同士なんですが、年に一度、七夕の夜しか、会うことが許されていないんです。……どうしてだと思いますか?」
「へ? ……なんでだろう。川に阻まれているからかな。あ、いや、違う。二人が会うことを許さない誰かが、川の両端に住ませたのか」
「あ、はい。そうです。その川はとても荒れた川で、七夕の日以外はとても向こう岸に辿り着けないようになっているんです」
「じゃあ、どうして二人はそうやって住むことになったんだろう。戦か何かのせいかな」
孟徳は真剣に頭を悩ませている。その脇で文若は、ふと思いついて花に訊ねた。
「誰が、そう命じたんだ?」
「……え?」
文若が真面目に口を挟むとは思わなかったのだろう。花は一瞬きょとんとした目を文若に向けてから、にこりと笑って答える。
「神様です。織姫と彦星は、天の世界で機を織る仕事と、牛飼いの仕事をしていました。その仕事を命じていた人なので……えっと、上司のようなものでしょうか」
「なるほど」
答えに、文若はひとつ頷く。
話が見えた。
「え。なに、文若はわかったのか。石頭の癖に」
口を尖らせて子供のように言う孟徳に、文若は一つ頷いて言った。
「はい。……これは謎掛けの類ではありません。どちらかといえば、教訓に近い」
「教訓?」
首を傾げる孟徳の前で、そうですね、と花が苦笑する。少しわざとらしすぎたでしょうか、と呟きを加えて。
それに確信を得て、文若はさらりと答えを口に出した。
「二人は相手にかまけて、命じられた仕事を怠ったのだろう。……当たっているか?」
「はい。正解です」
頷く花の背後で、孟徳が鉛でも呑んだような顔をする。それから恨めしげな目を腕の中の少女に向けた。
「……花ちゃん。それ、今考えたんでしょう」
「え、まさか。そんなすぐにお話なんて思いつきませんよ」
花はぱたぱたと手を振って見せるが、確かに状況的に、出来すぎた話である気もした。
それになにより。
「……だってその話の何処が、お祭に繋がるの」
目線だけでなく声にも恨めしさを乗せて、孟徳が言う。確かに、その点が不思議だった。
二つの視線に挟まれて、花はなにか、秘め事でも言うようにそっと、口を開いた。
「祈るんです」
それはなにか、汚せないきれいなものを感じさせる響きだった。
「川はとても大きくて、少しの水でも氾濫してしまう。だから二人が無事に会えるように、雨が降らないように、空に向かって祈るんです」
人々が、空に向かって、二人の願いが叶うように祈る。
それはなんだか、とても厳粛で、神聖にすら思える光景だった。孟徳も同じ風景を想像したのだろうか。いつもは花の言葉にすぐに反応する口が、閉じられたままになっている。
沈黙に、花が僅か、困ったように眉を寄せる。可笑しいでしょうか、そう訊ねた心細そうな声に、孟徳が慌てて口を開いた。
「可笑しくないよ。……素敵なお祭だね」
「はい」
花が安心したように笑う。だから、と続けようとした小さな口を、しかし孟徳は指で留めた。
「俺なら、どんな荒れた川でも越えて、毎日でも君に会いに行くよ」
「……丞相。そういう問題ではないと思いますが」
真面目な顔で口説き始める上司に、思わず苦言が口をついて出た。しかし孟徳は聞こえていないのか無視しているのか、花に向かって言葉を続ける。
「それに誰も、今の俺に、命じることなんてできはしないよ」
それは。
そういう問題ではなくても、たしかにそれは、事実だった。けれどそれは、同時に、最近の孟徳があまり口にしなくなってきた類の言葉だった。文若は思わず言葉を失い、ひんやりとした何かを感じさせる孟徳を見る。
孟徳の目は、澄んで冷ややかだ。本気でそう思っている。そんな風に見える。
文若でさえ言葉を止める姿の前で、けれど花は、怒ったように頬を膨らませた。
「駄目ですよ」
叱るような口調だった。
「誰も孟徳さんに命じなくても。悪いことをしちゃいけないことは、かわりません」
子供に言い聞かせるような口調で、子供に言い聞かせるようなことを言う。
孟徳が驚いて腕を緩めるすきに、くるりと孟徳に向き直り、そうしてこちらからは顔が見えなくなった花は、けれどおそらく、あの邪気の無い笑みを浮かべているはずだった。
「年に一度どころか、毎日会えるんですから。お仕事、頑張ってください」
細い腕が伸ばされて、ぽかんとしたままの孟徳の、癖のある茶色い髪を撫でる。
一回りも下の少女にそんなことをされて、けれど孟徳は、目の前の相手が可愛らしくて仕方が無い、と言いたげな顔で、笑った。
「ほんと、花ちゃんにはかなわないな」
わかったよ、と一つ溜息をついて。同じく、こちらは安堵の息を吐いた文若の前で、でも、と孟徳は言葉を続ける。
「でも、今日ははやめに終わりにしよう。……ちゃんと仕事はするよ。そして夜、星を見よう。文若、おまえも」
「……はぁ」
唐突に誘われて気の抜けた声が出る。人を困らせることばかりが得意の上司は、なんだかんだ文若が許してしまう、あっけらかんとした笑みを浮かべて言った。
「人の幸せを祈るなんてお互い柄じゃないけど、そういうお祭のときぐらいは、いいだろう?」
たしかに。
誰かの幸せを祈ることなど、したこともない。思いつきもしなかったし、人の幸せを気に掛けるような余裕も無かった。
文若は、一応はしぶしぶといった体を見せるための溜息と共に、頷いた。
空に向かって、誰とも知れぬ恋人同士の、幸せを祈る。そういう平和さが似合う主従になったということが、なんだかとても奇妙で、くすぐったいような、不思議な心地がした。
憮然とした表情は、とても上司に相対するものではない。
国の最高権力者とも言える曹孟徳に対して、こんな苦りきった顔ができるのは、大陸広しといえどもこの荀文若と、あとは夏侯元譲ぐらいのものだろう。
しかしそんな稀有な状況だからと言って、当の曹孟徳にはまるで応えた様子は無かった。更に言葉を続けようとした文若の脇をするりと通り過ぎ、その背後にいた華奢な少女を思い切り抱きしめる。
「花ちゃん! 会いたかったよ」
「……えっと、お昼にお会いしたばかりですけど」
一国の丞相ともあろうものが、完全にやに下がった顔を見せて、ごく平凡な顔立ちの少女に頬ずりをしている。見飽きるほどに見ても、見慣れるものではない。文若は溜息をついた。
「連れてきました。充分でしょう。花、戻るぞ」
「え? え、あの、」
「何馬鹿なこと言ってるんだ文若。これくらいで俺が満足すると思ってるのか」
「丞相のご満足など、政務にも、また、彼女の仕事にも、なんら関係のない話ですが」
昔なら飲み込んでいた言葉が、さらりと口をついて出た。出るようになってしまった。そういう気安さが、今の孟徳にはある。
「俺に関係あることなら、政務にも関係あるんじゃないかな」
言いながら、花を抱き寄せたまま、じりじりと文若から離れるように後退する。
まるで、子供が大事な玩具を取り上げられまいとでもしているかのようだ。思わず笑ってしまいそうになって、慌てて口元を押さえて誤魔化すように咳払いをした。
此処で笑っては、とても仕事をさせるどころではなくなるだろう。顔を引き締めなおして、口を開く。
「とにかく、花は返していただきますよ。彼女はもう、立派に戦力ですから」
「文官の仕事なら、此処でも出来るだろう」
「あ、あの。私の仕事はあくまで、文若さんの補佐ですから。……あ、そうだ、孟徳さん」
花を抱いたままあくまでじりじりと下がり続ける孟徳に、たまりかねたように花が口を挟む。抵抗するようではなく、ただ宥めるように孟徳の手をとっていた花が、ふと、何か思いついたような顔をした。
「ん? なに、花ちゃん」
「そろそろ、夏ですけど。こちらにも、七夕ってあるんですか?」
「……七夕?」
「はい。夏のお祭です」
花の唐突な話に、文若は首を傾げた。ここで意味無く祭の話を持ち出すような少女ではないことを、それなりの付き合いで知っている。とりあえず成り行きを見守ることにし、文若は孟徳に煩く言うのを暫しやめることにした。
「聞いたことが無いな。どんなお祭なの」
「えっと、こういうお話があって」
花は孟徳に抱かれたまま、思い出すように視線を僅かに上に上げて語りをはじめた。
「今の時期、夜空には川のように沢山星が見えますよね」
「うん? ……ああ、たしかにそうかもね」
「その両岸の、一際大きく輝く星を、私の国では織姫と彦星と呼んでいるんです」
文若も、語りにつられて思い出す。空にかかる川と、その両端の星を。
「二人は恋人同士なんですが、年に一度、七夕の夜しか、会うことが許されていないんです。……どうしてだと思いますか?」
「へ? ……なんでだろう。川に阻まれているからかな。あ、いや、違う。二人が会うことを許さない誰かが、川の両端に住ませたのか」
「あ、はい。そうです。その川はとても荒れた川で、七夕の日以外はとても向こう岸に辿り着けないようになっているんです」
「じゃあ、どうして二人はそうやって住むことになったんだろう。戦か何かのせいかな」
孟徳は真剣に頭を悩ませている。その脇で文若は、ふと思いついて花に訊ねた。
「誰が、そう命じたんだ?」
「……え?」
文若が真面目に口を挟むとは思わなかったのだろう。花は一瞬きょとんとした目を文若に向けてから、にこりと笑って答える。
「神様です。織姫と彦星は、天の世界で機を織る仕事と、牛飼いの仕事をしていました。その仕事を命じていた人なので……えっと、上司のようなものでしょうか」
「なるほど」
答えに、文若はひとつ頷く。
話が見えた。
「え。なに、文若はわかったのか。石頭の癖に」
口を尖らせて子供のように言う孟徳に、文若は一つ頷いて言った。
「はい。……これは謎掛けの類ではありません。どちらかといえば、教訓に近い」
「教訓?」
首を傾げる孟徳の前で、そうですね、と花が苦笑する。少しわざとらしすぎたでしょうか、と呟きを加えて。
それに確信を得て、文若はさらりと答えを口に出した。
「二人は相手にかまけて、命じられた仕事を怠ったのだろう。……当たっているか?」
「はい。正解です」
頷く花の背後で、孟徳が鉛でも呑んだような顔をする。それから恨めしげな目を腕の中の少女に向けた。
「……花ちゃん。それ、今考えたんでしょう」
「え、まさか。そんなすぐにお話なんて思いつきませんよ」
花はぱたぱたと手を振って見せるが、確かに状況的に、出来すぎた話である気もした。
それになにより。
「……だってその話の何処が、お祭に繋がるの」
目線だけでなく声にも恨めしさを乗せて、孟徳が言う。確かに、その点が不思議だった。
二つの視線に挟まれて、花はなにか、秘め事でも言うようにそっと、口を開いた。
「祈るんです」
それはなにか、汚せないきれいなものを感じさせる響きだった。
「川はとても大きくて、少しの水でも氾濫してしまう。だから二人が無事に会えるように、雨が降らないように、空に向かって祈るんです」
人々が、空に向かって、二人の願いが叶うように祈る。
それはなんだか、とても厳粛で、神聖にすら思える光景だった。孟徳も同じ風景を想像したのだろうか。いつもは花の言葉にすぐに反応する口が、閉じられたままになっている。
沈黙に、花が僅か、困ったように眉を寄せる。可笑しいでしょうか、そう訊ねた心細そうな声に、孟徳が慌てて口を開いた。
「可笑しくないよ。……素敵なお祭だね」
「はい」
花が安心したように笑う。だから、と続けようとした小さな口を、しかし孟徳は指で留めた。
「俺なら、どんな荒れた川でも越えて、毎日でも君に会いに行くよ」
「……丞相。そういう問題ではないと思いますが」
真面目な顔で口説き始める上司に、思わず苦言が口をついて出た。しかし孟徳は聞こえていないのか無視しているのか、花に向かって言葉を続ける。
「それに誰も、今の俺に、命じることなんてできはしないよ」
それは。
そういう問題ではなくても、たしかにそれは、事実だった。けれどそれは、同時に、最近の孟徳があまり口にしなくなってきた類の言葉だった。文若は思わず言葉を失い、ひんやりとした何かを感じさせる孟徳を見る。
孟徳の目は、澄んで冷ややかだ。本気でそう思っている。そんな風に見える。
文若でさえ言葉を止める姿の前で、けれど花は、怒ったように頬を膨らませた。
「駄目ですよ」
叱るような口調だった。
「誰も孟徳さんに命じなくても。悪いことをしちゃいけないことは、かわりません」
子供に言い聞かせるような口調で、子供に言い聞かせるようなことを言う。
孟徳が驚いて腕を緩めるすきに、くるりと孟徳に向き直り、そうしてこちらからは顔が見えなくなった花は、けれどおそらく、あの邪気の無い笑みを浮かべているはずだった。
「年に一度どころか、毎日会えるんですから。お仕事、頑張ってください」
細い腕が伸ばされて、ぽかんとしたままの孟徳の、癖のある茶色い髪を撫でる。
一回りも下の少女にそんなことをされて、けれど孟徳は、目の前の相手が可愛らしくて仕方が無い、と言いたげな顔で、笑った。
「ほんと、花ちゃんにはかなわないな」
わかったよ、と一つ溜息をついて。同じく、こちらは安堵の息を吐いた文若の前で、でも、と孟徳は言葉を続ける。
「でも、今日ははやめに終わりにしよう。……ちゃんと仕事はするよ。そして夜、星を見よう。文若、おまえも」
「……はぁ」
唐突に誘われて気の抜けた声が出る。人を困らせることばかりが得意の上司は、なんだかんだ文若が許してしまう、あっけらかんとした笑みを浮かべて言った。
「人の幸せを祈るなんてお互い柄じゃないけど、そういうお祭のときぐらいは、いいだろう?」
たしかに。
誰かの幸せを祈ることなど、したこともない。思いつきもしなかったし、人の幸せを気に掛けるような余裕も無かった。
文若は、一応はしぶしぶといった体を見せるための溜息と共に、頷いた。
空に向かって、誰とも知れぬ恋人同士の、幸せを祈る。そういう平和さが似合う主従になったということが、なんだかとても奇妙で、くすぐったいような、不思議な心地がした。
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