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姫金魚草

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処女の祈り (孟徳)


鳥篭END後。
ネタが18禁くさいので、覚悟のある方のみどうぞ。

忘れていたわけではない。
ただ、意識から遠ざけておきたかっただけだ。
元譲にとってその鳥篭は――もうどうしようもないことに、どうしようもなく抱いてしまう、苦く痛い、いたましい、そして、哀しい場所だった。


丞相の行方が知れぬのです。
そう途方にくれた顔で言った若い官吏に、元譲は溜息をついた。
もう、知らぬ者のほうが多いのだ。それだけの時間が流れた。黙って首を振る。どうせ見つけてはやれないのだから、知らぬと言ったほうが面倒がない。どんなに火急の用でも、あの場所に近付いただけで、元譲ですら生きては居れぬだろう。
そこに。
ひとりの、こちらもまだ若い官吏が、なにも知らぬ顔で言ったのだ。
丞相なら、庭の向こうに、歩いていくのを、見かけたと。
庭の。庭というには随分深い林のあるその先に、何があるのか、彼等はきっと知らぬのだろう。
喜色を露に、探してみると言った官吏に――元譲は、溜息と共に、用件を尋ねた。
大した用事ではなかった。さして長く待たずとも戻ってくるであろう孟徳を、余裕でまっていられる程度の。
けれど、これが、契機である気がしたのだ。元譲は官吏二人を追い払うと、辺りの目を気にしながら――そっと、庭へと足を向けた。


そこは暗く。覆われていて。一人の年老いた下女が、身の回りの世話に仕えている。
小さな館だ。どこからも、見えないように隠された。
下女が、元譲の姿を認めて目を見開く。驚きすぎて口も利けないでいる女に、元譲は静かに尋ねた。
「孟徳は」
「……こちらに」
いらっしゃいますが。答えた声は怯えて掠れていた。幾つもの戦場を駆けた身だが、こんなところで真に死を覚悟しようとは。けれど、これで死ぬならその程度の命だという気もした。
静寂。本当にいいのかと繰り返し問う女の先導で入った館は、おそろしいほどに静かだった。元譲の背を、なにか、冷たいものが走る。
――気配が、ない。
ここには、なにか、生きているものの気配というものが、ないのだ。ぞっとした。
ひどく簡素なつくりをした館は、廊下を過ぎて、あとは檻があるだけだ。病的なまでの固執を体現するにしては、不思議な造りをしていると思う。やがて奥に、冷たい錠だけが重々しい扉が、見えた。
ここに――立ち止まった元譲の前で、女は逃げるように去って行った。案内役は終わりということだろう。ごく普通の、扉だった。それなのにどうして、誰をも拒絶する空気を、自ら発しているような、扉だった。
元譲は、僅かに、後悔した。病んでいる。ここの空気は、もう、取り返しがつかないほどに濁って、あとは朽ちていくだけだ。腐った水の滑りのような泥濘に、侵されてしまいそうだ。
今になって、こんなところに来て、何が出来ると思っていたのだろう。
絶望に立ち尽くした元譲の前で、かたん、と、音がした。扉が開く音だ、と、気がついた。僅かに軋む音と共に、ゆっくりと、重い扉が、開かれていく。
流石にいつまでも同じとは言えない――孟徳の、姿。老いた、と、唐突に思った。彼はひどくあまい、とろけるような、ぐずぐずと崩れてしまいそうな、顔をしていた。甘い香りが、元譲のところまで届いてくる。――部屋の中を満たす沢山の華の香りだ。
あまい、あまい――それは、なにか、腐敗したような、香りだった。
孟徳の向こうに、小さな影が見えた。孟徳の手にすがりつくようにして、ようやく立っている。
彼女以外ではありえない。

(……あれが、)
(……あの少女だと、言うのか)

孟徳を見上げて、少女は――花は、笑っていた。
子供のような笑みだった。このどろどろとして、腐り落ちていくような空気には、どうしようもなく似合わない、無邪気な笑みだった。
無邪気で――空ろな、笑みだった。
元譲を驚かせたのは、その表情だけではなかった。彼女の身体――もう成人など疾うに過ぎて、このように囲われて、円熟しているはずのその肢体は――余りにも細く、脆く、まるで少女のままだった。
(――脚、が)
視線を下ろして、元譲は思わず顔を背けた。長い拘束によって、彼女の足は細く衰え、恐らく、歩くだけで精一杯だろう。
それでも――そんな身体でも、彼女は、ただ、笑っていた。
もう若いとは言えない彼女が、そんな身体で、そんな風に笑っている。
(――俺は)
(俺は、どうして、此処に――)
こんなところに、足を踏み入れてしまったのだろう。
ただただ打ちのめされる元譲の前で、孟徳が漸く、元譲の姿に気付いた。掻き消えるように失われた笑みと、凍りついたような瞳――その向こうで、花は、変わらず、どこか空ろに笑っている。
「――元譲」
断罪するようだ、と、思った。元譲の罪は、この場に、この澱んだ空気の中に、いくらでも存在していた。
けれど孟徳は、静かに、息を吐いた。花に優しく口付けし、扉を閉め、錠をかけて――「戻るよ」と、言った。

老いたのだ、と、――何故か救われた命より先に、そんなことを、想った。


「彼女は、変わらないだろう」
孟徳はどこか、夢見るような口調でそう言った。元譲にはなにも、答えることは出来なかった。
華奢な身体と無邪気な笑み。彼女を構成する部品とでも言うべきものを、孟徳が丹念に、そのままにしようとしていることは、一目で知れた。けれど人は老いるのだし――心は、喪われていく。孟徳がそれに気付いていないのか、気付きたくないのかはわからないが、変わっていないと言うことはやはり、元譲には不可能だった。
「彼女は変わらない――だってあそこは止まっているんだ。俺が彼女を変えなければ――変わりようなどない。そうだろ」
止まっている。たしかにあそこは止まっていた。流れるのが自然のものを、無理矢理留めおこうとしたせいで、すっかり歪んでしまっていた。
それもまた、変えたということなのではないか――思い、元譲は、ふと、孟徳の言葉に含まれている――歪んだ何かに、気がついた。
「彼女を、……変えなければ?」
孟徳は、喉奥で笑った。

(まさか、……まさか、)
(あのように囲って、閉じ込めて、愛でて)
(もう十年も疾うに数えて)
(なのに、まさか)

「彼女は、変わらないだろう?」
孟徳は、同じ言葉を繰り返した。元譲は呆然と、隣の男を、よく知るはずの、さっぱり知らない、男を見やった。
「……何故。……お前の女達は、……そんな理由で、変わったわけではないだろう」
喘ぐような言葉は、そのどうしようもない狂気への、抵抗だったかもしれない。孟徳は首を傾けた。男の歳にはあまりに不似合いな、子供のような動作だった。

「そうかもしれない。でもなるべく――彼女をそのまま、保っておきたいし、それに」
それに、と、孟徳は笑った。
「万が一孕みでもして――産褥で、彼女が死んだら困るだろう? 子供が生まれたら、俺はその子供を、殺してしまう自信もあるし」
そうしたら彼女は泣くだろうし。だから。
淡々と語る男のそれが、愛でないことなど、最初から、わかっているつもりだった。けれど元譲は、その認識すら甘かったのだということを、はっきりとつき付けられたような気がした。

(――孟徳は、)
(彼女を、殺すだろう)

子供はそうしてしまうものだ。もう、破綻しか、迎える結末はありえない。綴る未来を持たない彼らに、幸福な結末など、ありうるはずがないのだ。
元譲の顔が、歪んだ。あまいあまい、纏わりつくような香りが、いつまでも離れていかない。もう、どうしようも、ないのだ。噛み締めるようにそう、思った。













(せめてどうか、彼女の死が安らかであるように)

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