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姫金魚草

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この狭い鳥篭の中で(後日談)

(蛇足とも言う)

扉の開く音で花ははっと顔を上げた。侍女なら開ける前に声を掛ける。ということはこの動作の主は、孟徳以外ではありえなかった。
窓の下にはもう男の姿は無い。けれど話を聞かれたかもしれない。すうっと蒼褪める花の前で、孟徳は緩く頬笑んでいた。
「孟徳、さん? ……どうしたんですか。珍しいですね、こんな昼間に」
「うん、ちょっとね。……鼠が入り込んでるかと思って」
隠す気のない回答に、花は思わず後ずさろうとして、窓に阻まれた。扉の辺りに立っている孟徳との距離は遠い。けれど孟徳の表情は、不思議なほどはっきりと見て取れた。
「不思議な事を言うんですね。何も、居ませんよ」
孟徳が全てに気付いていて、逢瀬の機会を知って先刻の会話を聞いていただろうことは明らかだった。度重なるのに不安を抱いた侍女がついに孟徳に知らせたのかもしれない。もしそうだとしても、彼女を責めるのは筋違いというものだが。
孟徳はなにか、痛々しいような愛おしいような、奇妙な様子に眉を歪め、目を眇めて花を見ていた。そうしてゆっくりと、花へと歩みを進める。
殺されるのかもしれない。
花の行為は確かに孟徳への裏切りで、殺されて当然とも言えた。花は思わず目を閉じた。今更、孟徳に命を奪われるのが、辛いとも酷いとも想わなかった。
「……?」
すらり、と、金属の擦れる音がする。けれど、予想していた痛みは訪れなかった。髪に触れられる。ここに囚われてから――もう、囚われるという表現しか出来なくなっていた――切ることの無かった髪はもう、腰の辺りまでの長さになっている。孟徳はその髪をしばし愛おしげな様子で撫ぜた。
目を開ける。孟徳の顔が、近くにある。仄かに歪められた口元が笑みを湛えて、花は首を傾けた。
ぐっ、と、孟徳が手に力をこめて、花の長い髪を強く掴んだ。花が目を見開く先で、孟徳は静かな表情のまま、抜いていた刀を掲げる。
「……っ!」
ざくり、と。
頭が引っ張られる僅かな痛みと、喪失感。一瞬反射的に目を閉じて、気付いたときには、花の髪は、最初にこの世界を訪れたときとほぼ同じ、肩口辺りまでの長さになっていた。
「……、孟徳、さん?」
「女の子の髪を切るなんて、酷いとはわかってるんだけど」
ごめんね、とゆるやかに笑った顔が、痛みに満ちているということに、何故か安堵した。此処に来てから、曖昧で穏やかな笑みしか見ていなかったからかもしれない。孟徳は切り取った花の髪を緩やかに束ねてから、刀を収めた。
「別に、構いませんよ。……簪が暫く使えませんけど」
「ああ、そうだね。新しく髪飾りを贈るよ」
「え。別に、ねだったわけじゃ、」
「わかってるって」
慌てる花の頭をぽんと撫でた、孟徳の顔はもうすっかりいつもの顔になっている。その穏やかな瞳をつと見上げて、首を傾げた。
「……でも、なんでかは、聞いてもいいですか?」
刀で切られた髪は、痛々しくざんばらだ。後で侍女に整えてもらおう、と思う。見上げた先で孟徳は暫し惑って、それから花の手枷に手をかけながら、口を開いた。
「……髪を結って。君が、誰かを望むかもしれないと思って」
かちん、と音と共に金具が外れ、枷はそのまま床へと落ちた。
「ラフレンツェの話を、しましたっけ」
思い出したのは、窓の下の男との会話だ。聞かれていたのだろうかと思い、あの機会に聞かれていたら、今日の逢瀬はありえないと知る。
ただ孟徳は、窓を隔てての逢瀬を知って、思い出したのだろう。そしてこの行為が嫉妬故なら、花にとってそれは、ただ、甘い。そんな自分が罪であるような気もした。
「うん。……全部覚えてるよ。君がしてくれた話は、全部」
言いながら、もう片方の枷も同じように外す。久々に軽くなった腕にしかし孟徳は、いつものようには口付けなかった。
「……?」
見上げると、口付けは唇に落とされた。
「矛盾してるようだけど。……もう、枷はつけないよ。……鍵も掛けない」
唐突な男の言葉に、花はきょとんと目を開く。
男は何処か痛むように顔を歪めて、けれど確かに笑って、言った。

「君を信じる。……君は自由だ」

嗚呼、と。
滲むように、花の胸が熱くなった。
言葉が、届いたのだ。もう何も届かないはずの孟徳に、確かに。泣いてしまう、と、思った。思ったときには、身体が勝手に動いていた。
花の細い腕に、男の身体は余る。けれど精一杯手を伸ばして、男の身体を抱きしめた。
「最初から、……何もなくても、私は、……孟徳さんが望むなら、ずっと、此処にいました」
「……うん。御免ね」
「……これからもずっと、此処にいます。……いても、いいですか」
孟徳の腕が、花に縋るように、背に回った。うん、と、子供のように頷いて、力が込められる。

酷い、と、自覚していた。
誰かの不幸と引き換えに、幸福を得るということ。抱きしめられる感触は温かく甘く、思い起こす表情に斬られるように痛む。それでも花は、選んだのだ。
自分が幸せだということ。そして、主に言葉が届いたということ。この二つが、この二つを成就させた男にとって、せめてもの救いになることを祈った。
もう、花が決して手を伸ばせない場所で、どうか男も幸福であるように。
傲慢な願いだと知っていた。花は目を閉じた。
男の願いも成就されたのだと、知ることは、なかった。














(結局こうなる。元譲好きの方、すみません)
(×ラフレンツェ ○ラプンツェル ……サンホラに毒されすぎたか……)

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