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姫金魚草

三国恋戦記中心、三国志関連二次創作サイト

   

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この狭い鳥篭の中で・下

(情欲を求めるけど)

女の手にはめられている枷は、歪な腕飾りのように見えた。
簡素な金具でとめられているだけのそれはしかし、女自身には外せないようになっている。女付きの侍女が主の意向に背くことがありえない以上、枷を外すことができる人物は、唯一人しかありえなかった。
主の腕がゆっくりと枷を外して、既に消えぬ痕がついてしまっている手首にゆっくりと口付ける。もう慣れた一連の動作を女は凪いだ瞳で見下ろして、それから小さく笑った。
「……何?」
主が女を見て、首を傾げる。女は笑ったまま、いえ、と、小さく呟いた。
「忘れていたのが、馬鹿だなぁ、と思って」
「……」
主は、訝しげに眉を寄せた。女の声が、最近は余り聞くことの無かった、楽しげに浮ついているものだったからかもしれない。目をすぅっと細くして、女を見据えた。
「……何を?」
主の鋭い目線に、女は少し驚いたように目を開いた。けれど、随分と長い間、この狭い世界で主だけを見て生きてきた女には、主の問いに答えないという選択肢は、残されていなかった。女は無意識に髪に手を伸ばし、随分と伸びた自らの茶色の髪を惑うように撫でながら、答えた。
「ここが、獄で。私が、囚人だということを、です」
主の瞳が、危険に煌いたように見えた。女は僅かに怯えたように、身体を震わせる。気付いた主がいつものようにゆるりとした笑みを浮かべて、女を安心させるようにひらりと手を振った。
「……そんなことは無いよ。此処は俺の大切な宝箱だから」
「宝箱」
女はほわりと、主の表情に安堵したように笑いながら繰り返した。
「……じゃあ私は、箱入り娘ですね」
「箱入り娘? それも、君の国の物語か何かかかな」
笑う主は、もう先程の鋭さを何処にも見せずに言った。違います、と女は笑い、言葉の意味を、物語を語るのと同じ流暢さで語る。主はそれを、安らいだ表情で聞いている。
それはこの獄の、ごく普通の幸福な風景だった。

* * *

女に元通り枷をはめて、唇に柔らかい口付けを落として、主は女の部屋から出た。
そして、隣室に控えていた侍女を、低い声で呼びつける。
「誰かな」
「……何が、でしょう」
この館につけている侍女は、一人で女の世話をこなすだけの力量と、女の退屈を紛らわすだけの知識と、そして何より、主に決して逆らうことの無い忠義心が求められる。その全てを兼ね備えた侍女はしかし、主の前で怯えるように一瞬目を伏せた。
主は侍女を睥睨するように見て、その酷薄な唇を吊り上げた。
「彼女に余計な事を言ったのは。君かな?」
「何のお話でしょう」
侍女は気丈に言葉を返した。本当に何も知らないのかもしれない。主はそんな侍女を見ながら、答えにならぬ言葉を呟いた。
「枷をはめて閉じ込めた、そのときは彼女はわかっていた筈だよ。此処は獄だと。……何不自由のない暮らしと、君のような『良き話し相手』と。そして俺と。それだけで彼女は、忘れてくれたはずだったのに」
誰が彼女に、此処が獄だと、思い出させたのだろう。
この館が外界から隔離されて、もうどれだけの時間がたっただろう。女は少なくとも主の目からは、静かに幸福であるように見えた。
やわらかな安穏の中で、女が自ら、この場所の不幸なる意味を思い出したというのだろうか。
「……そんな筈は、ないだろうな」
侍女は主の呟きを、ひたすらに黙って聞いている。何かを知っているのか。何も知らないのか。鍛え上げられた無表情の下で、賢い侍女は主に対する術を知っている。言葉に聡過ぎる主には、何も言わないのが最上である、と。
調べさせれば、女の周りのことなど直ぐに知れる。誰もが訪れるはずの無い館で、主でも侍女でもない誰かが、女に何事か吹き込むようなことでもあれば。

そのときは、その「誰か」が誰であっても、許すことなど出来ないだろう。

「俺は、残酷かな」
主の呟きに、侍女は静かに答えた。
「花様は、お幸せそうに見えます」
そうか、と、主は静かに頷いた。けれど主はそれが免罪符ではないことを知っている顔で、そっと隣の、女がいる部屋の方角を見て、眼を閉じた。

* * *

女は男の訪れを心待ちにしている自分に気付き始めていた。
男の言葉にはなんの飾りも誤魔化しも無く、優しく知的ではあるが決して一線を越えることの無い侍女と、この館に来てからますます本心の見えなくなった主としか接触しない女にとって、その朴訥な言葉は妙に癒されるような心地のするものだった。
無論、許されるようなことではない。主に知れれば、男といえども咎めが無いということはありえないし、女もどうなるかわからない。
しかし女には、主を裏切っているという気持ちが不思議なほど湧いてこなかった。此処は獄で、自らは囚人で、この行為は裏切り以外の何物でもない。理性でそう理解していても、感情の方がついてこない。
何故だろう、と、少し考える。けれど、深く追求することはしない。時間は、幾らでもあるのだから。
「……!」
さわ、と。
風による葉擦れのようで、少し違う。この音が合図になって、どれくらいたつのかも、女にはわからなかった。合図なんてものが出来るほどに、二人の逢瀬は回数を重ねてしまった。
目を閉じて、主を思い浮かべる。
曖昧な笑み。優しく撫でる腕。話をせがむ声。
女は知っていた。目を開けて、窓際に寄る。女を見上げる男の目が、なにか、悲壮なものに揺れているということを、女は、気付かなかった。

* * *

あのとき。
『駄目ですよ』
静かに言った女の言葉が、まだ、胸に重かった。
何故女が男の言葉を留めたのか、男にはきちんと理解出来ていた。
男が言おうとした言葉を正しく理解して、それでも女は、男にその言葉を言わせたくなかったのだ。
それでも男は、もう、鳥篭の下から、女の姿をただ眺めているなどということは、出来なかった。
女は遠からず、鳥篭の中で朽ちるだろう。飛ぶことの出来ない鳥が、戯れの愛だけでどれだけの生を得ることが出来るというのだろう。
これは、裏切りだ。
そして、これ以上の裏切りは、何処にも存在しないだろう。
男はくっと顔を上げて、人影の見えない窓を見上げた。もう、心は、決めていた。かさりと、葉擦れよりは少し大きく響く程度に、音を立てる。女がより細い身体を窓辺に寄せて、男を見下ろす。女がふわりと笑った瞬間に、男の胸が強く痛む。その意味を、追求することはやめて、男は真っ直ぐに女を見た。
「体調はどうだ。……また痩せたか」
「元気ですよ。……この距離じゃ、そんなことわからないでしょう」
女が笑うのに、わかる、と、答えたくなる。どんなに距離があっても、その姿の変化を見逃すことなど無い、と。しかし男にそんなことはいえるはずも無く、曖昧に言葉を濁した男は、もう、用意してきた言葉を吐き出すことしか出来なかった。
「……そこを、出たくは無いか、花」
男の言葉に、女は少しだけ、首を傾けた。驚いたというよりは、困っている、に相応しい仕草だった。
やはり女は、わかっていたのだろう。そして、出来ればこんな風には、なりたくなかった。女を困らせていることは苦しいが、男はもう、言わずにはいられなかった。
「そこは獄だ。……お前に、そこにいる謂れは無い。まだ孟徳の手が及んでいない地、……例えばお前の師匠の治めている益州辺りに逃げれば、静かに、そして自由に過ごすことが、出来るはずだ。俺にはお前を出すように諫言する力は無いが、……お前を連れて此処から逃げることは、時機を見れば不可能ではない。お前さえ望めば、俺は――」
男はずっと、考えていたのだ。ここは、そもそも訪れるものがいない前提で、衛兵の類が非情に少ない。主の最愛の姫を攫おうな度という命知らずは存在しないし、いたとしてもここまで辿り着けない。――男のように、主の信頼が厚く、昔からの忠臣であるような存在でなければ。
男は必死だった。元々口は上手くない男だ。考えてきたことを伝えるのに必死で、女の表情を慮る事が出来なかった。
男に少しでも余裕があれば、女の表情が見る間に悲しげに歪み、最後には窓枠にしがみ付いて、必死に首を振る様が見えただろう。男がやっと顔を上げたとき、女は既に、苦しくてたまらないと言いたげに顔を歪めて、枷の嵌った手を顔に当てて、小さな嗚咽を漏らしていた。
「、……花、」
「なんで、……なんで、そんなことを、言うんですか」
女の声は、泣き出す寸前のように震えていた。男が驚いて見上げる先で、女はただただ悲しそうに、男を見ていた。
「なんで、よりによって、……元譲さんが」
女が男の名を呼ぶのが、此処に訪れるようになってから初めてだと、不意に思った。そうして、気付いた。
この会話は恐らく、館の侍女には筒抜けであるはずだった。聞こえないはずが無いのだ。女は女を訪れていつのが男であると、なるべく知られることのないように、配慮していたのだ。そして今は、それを忘れるほどに、必死であるのだろう。
「元譲さんが、そんなことを言ったら、……」
女の腕が、震えている。泣き出す、と思った。今すぐにでも登っていきたい気分に駆られる。その白い頬を伝うだろう雫を拭い取ることは、自らの指に許されているだろうか。許されているといい、思ったところで、男は願いの儚さを知った。

「そんな事を言ったら、……孟徳さんが、ひとりになって、しまうのに」

胸の痛みで死んでしまう、と、思った。なんででも、どうしてでも、女は誰のことでもなく、主のことを想い続けている。自分が逃げるとか、そういうことは、もう、哀しいくらいに二の次なのだ。ただ男が主を裏切ろうとしているということが、男に主を裏切らせようとしているのが自分だということが、ただ、苦しいのだ。
女はそういう性質だった。男はそれを忘れていたわけではなかった。見失っていただけだ。
「……花。……俺は」
見失って、そしてもう男は、戻ることが出来なかった。
「俺は、それでも、……それでも、お前に、幸せになって、欲しいんだ」
それは、もう、どちらにとっても明白な、告白だった。女は窓枠の格子にしがみ付いて、力なく首を振った。小さな震える唇から、懇願に近い声が漏れた。ごめんなさい、ごめんなさい、と、男にとって余りに絶望的な声が、空気を震わせる。
「私は、私は、……私は此処に閉じ込められて、閉じ込められていることも、忘れてしまうほどで。……孟徳さんは多分私のことを愛していなくて、いつか私は忘れられてしまって、私はひとりで死ぬかもしれない。それでも」
女の語る未来は、男が女について想像した未来とほぼ違わぬ不幸に満ちていた。主はいつか、女のことを忘れるだろう。それよりはやく、女は衰弱して死ぬかもしれない。若しくは主が死んで、飼い主を失った鳥の未来は考えるまでもない。そしてその全ての死において、男は止める手立てを、今この瞬間しか持っていなかった。だからと言い募ろうとした男に対して、女はゆるりと、歪んだ笑みを見せて囁いた。

「それでも、私は知ってるんです。……私はもう、孟徳さんしか、愛せない」

男の目線の先で、もう女は、震えてはいなかった。
「……もう、ここに、来ないで下さい。元譲さんが来てくれて、嬉しかった。楽しかったです」
女は気丈に微笑んだ。ゆっくりと格子から手を離し、一歩、後ろに下がる。もう会えない。男にはそれがわかった。
止めようと口を開いて、けれど何を言っていいのかわからなかった。これ以上此処に来続けることが、女にとって、男にとって、お互いを傷つける結果にしかならないことはもう明白だった。
男は、女の姿の消えた窓を見つめていた。いま主に見咎められて死ぬのなら、それも悪くないような気がした。死んだほうがマシだと思えるくらいの想いを、男ははじめて経験していた。
けれど、それは、女の望まざることだ。男はゆっくりと足を踏み出した。そして、振り返ることは、なかった。















(元ネタ/「この狭い鳥篭の中で」 Sound Horizon)
(「鳥篭の中にいること それがどんなことか知らなかったよ」)
(「君に逢うまでは 寂しさの意味も 愛しさの意味も 知らなかったよ」)
(「衝動は枯れるまで 情欲を湛えるけど」)
(「自我は知っている 彼以外もう愛せないと」)
↑これを使いたくて書きはじめたんですが、上手くいかなかったという。長々としかも酷い鬱ENDですみませんでした。

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