姫金魚草
三国恋戦記中心、三国志関連二次創作サイト
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この狭い鳥篭の中で・中
(すみません……まだ続いた)
「なにか、入り用なものはないか」
会話に困った男がそう言うと、女は首を傾けた。
「それを言って、どうやって、私に届けるんですか?」
素直な疑問に、男は返答に窮して、元々渋い顔を更に険しくする。そして、その顔のままにどうにかと言った調子で答えを返した。
「……縄を投げて、お前が引き上げるとか」
「格子がありますけど」
「だから、その幅より小さいものなら、だな」
女は楽しげに笑った。
「そうですね、小物なら? ……でも、装飾品の類は、使わないのに随分たくさんありますから」
主が金に糸目をつけずに、つけていく場所も無い女に贈ったたくさんの玉。箱から棚から溢れるそれらを想像し、男は寒々しく、哀しいような気分になった。
「縄を下ろして、……ラフレンツェみたいですね」
「……らふ、……なんだって?」
女の国の言葉だろうか。聞き覚えの無い単語に、男は不思議そうに目を眇めた。女はゆるりとした、物語を語りなれた口調で、答えた。
「高い塔に閉じ込められた少女が、自らの髪を結って縄の代わりにして、……少女に恋をした男が、その髪を上って少女に会いにやってくる。……そういうお話があるんです」
髪を伸ばさないといけませんね。
女はそう笑って、昔よりも随分長くなった髪を撫でた。彼女の語る物語にありがちな、荒唐無稽さ。
語り部のような流暢さが宿る口調に、男は何か、胸が締め付けられるような思いを感じた。
彼女は今でも、主に向かって、彼女の国の物語を語り続けているのだろうか。
この狭い鳥篭の中で、女と主が二人きり。女は優しく夢物語を囁き、主は穏やかに微笑んでそれを聞いている。そんな光景が脳裏に浮かんだ。
なんて平和で美しく、絶望的な地獄なのだろう。
「……そしたら、」
男が痛みに顔を歪めていると、女は小さな唇をふと、物語を紡ぐときとは違うささやかさで震わせた。
惑うような動きが、語りに相応しくない。男がじっと見つめる先で、女はけれど、結局、そこから先を口に出すことは無かった。
そしたら?
どうしたら?
――彼女が自ら垂らした髪で、男の訪れを、望んだら?
* * *
男が訪れる日々の中で、女はどんどん衰弱していくように見えた。
「ちゃんと、食べているのか」
訊ねると、女は困ったように目を逸らした。うそをつけぬところが、少女のようだ。
「……だって、此処にいると、動かないから」
お腹も減らないし、と、女は言い訳めいて言った。
「少しは運動をしたらいいだろう。柔軟だけでもいい」
男が口うるさいことを言うと、女は暫し、迷うように男を見た。
「……?」
なにか、悪いことを言っただろうか。男が首を傾けると、女はゆっくりと、片腕を掲げた。
男が、目を見開く。
罪人につけるような木枷を、半ばに割ったような。小さな動きに支障はないが、彼女の細い腕には余りに重い枷が、痛々しく男の目に焼きついた。
「……これでも、よくなったんですよ。昔はこう」
こう、と女はもう片腕も上げ、そちらにもついている木の板を、ただしく手枷となる形で寄せて見せた。
「何をやるにも手伝ってもらわなきゃならなくて、大変でした。今は動く分、ぶつかって痛いんですけど」
苦笑する女が、何故笑えているのかが、男にはわからなかった。
「だからちょっと、動くのもあれで。……ここはもう何もかも満たされていて、食べなくても生きていける気がするというか」
「いや、無理だろう」
ばっさりと男が切り捨てると、女は困ったように笑った。
満たされている、という言葉の意味が、男には理解できなかった。
それは、満たされているわけではない。
ただただ、そこが――その牢獄が、狭すぎるのだ。だから、満たされているように、錯覚してしまう。
男は。
そのときおそらく、生まれてはじめて、自らの主に殺意を抱いた。
「……花」
男が女の名を呼ぶのは、珍しかった。女がゆるりと首を傾ける。男は、湧き上がってくる気持ちの悪さを吐き出すように言った。
「孟徳に、騙されるな。……そこはただの、獄だ」
女は。
想定の外にあったことを聞いた、と言いたげに、子供めいた大きな瞳を、零れ落ちそうに大きく見開いた。そして、男が幾ら見つめても、女の表情は凍りついたように固まったまま、ぴくりとも動くことは無かった。
会話に困った男がそう言うと、女は首を傾けた。
「それを言って、どうやって、私に届けるんですか?」
素直な疑問に、男は返答に窮して、元々渋い顔を更に険しくする。そして、その顔のままにどうにかと言った調子で答えを返した。
「……縄を投げて、お前が引き上げるとか」
「格子がありますけど」
「だから、その幅より小さいものなら、だな」
女は楽しげに笑った。
「そうですね、小物なら? ……でも、装飾品の類は、使わないのに随分たくさんありますから」
主が金に糸目をつけずに、つけていく場所も無い女に贈ったたくさんの玉。箱から棚から溢れるそれらを想像し、男は寒々しく、哀しいような気分になった。
「縄を下ろして、……ラフレンツェみたいですね」
「……らふ、……なんだって?」
女の国の言葉だろうか。聞き覚えの無い単語に、男は不思議そうに目を眇めた。女はゆるりとした、物語を語りなれた口調で、答えた。
「高い塔に閉じ込められた少女が、自らの髪を結って縄の代わりにして、……少女に恋をした男が、その髪を上って少女に会いにやってくる。……そういうお話があるんです」
髪を伸ばさないといけませんね。
女はそう笑って、昔よりも随分長くなった髪を撫でた。彼女の語る物語にありがちな、荒唐無稽さ。
語り部のような流暢さが宿る口調に、男は何か、胸が締め付けられるような思いを感じた。
彼女は今でも、主に向かって、彼女の国の物語を語り続けているのだろうか。
この狭い鳥篭の中で、女と主が二人きり。女は優しく夢物語を囁き、主は穏やかに微笑んでそれを聞いている。そんな光景が脳裏に浮かんだ。
なんて平和で美しく、絶望的な地獄なのだろう。
「……そしたら、」
男が痛みに顔を歪めていると、女は小さな唇をふと、物語を紡ぐときとは違うささやかさで震わせた。
惑うような動きが、語りに相応しくない。男がじっと見つめる先で、女はけれど、結局、そこから先を口に出すことは無かった。
そしたら?
どうしたら?
――彼女が自ら垂らした髪で、男の訪れを、望んだら?
* * *
男が訪れる日々の中で、女はどんどん衰弱していくように見えた。
「ちゃんと、食べているのか」
訊ねると、女は困ったように目を逸らした。うそをつけぬところが、少女のようだ。
「……だって、此処にいると、動かないから」
お腹も減らないし、と、女は言い訳めいて言った。
「少しは運動をしたらいいだろう。柔軟だけでもいい」
男が口うるさいことを言うと、女は暫し、迷うように男を見た。
「……?」
なにか、悪いことを言っただろうか。男が首を傾けると、女はゆっくりと、片腕を掲げた。
男が、目を見開く。
罪人につけるような木枷を、半ばに割ったような。小さな動きに支障はないが、彼女の細い腕には余りに重い枷が、痛々しく男の目に焼きついた。
「……これでも、よくなったんですよ。昔はこう」
こう、と女はもう片腕も上げ、そちらにもついている木の板を、ただしく手枷となる形で寄せて見せた。
「何をやるにも手伝ってもらわなきゃならなくて、大変でした。今は動く分、ぶつかって痛いんですけど」
苦笑する女が、何故笑えているのかが、男にはわからなかった。
「だからちょっと、動くのもあれで。……ここはもう何もかも満たされていて、食べなくても生きていける気がするというか」
「いや、無理だろう」
ばっさりと男が切り捨てると、女は困ったように笑った。
満たされている、という言葉の意味が、男には理解できなかった。
それは、満たされているわけではない。
ただただ、そこが――その牢獄が、狭すぎるのだ。だから、満たされているように、錯覚してしまう。
男は。
そのときおそらく、生まれてはじめて、自らの主に殺意を抱いた。
「……花」
男が女の名を呼ぶのは、珍しかった。女がゆるりと首を傾ける。男は、湧き上がってくる気持ちの悪さを吐き出すように言った。
「孟徳に、騙されるな。……そこはただの、獄だ」
女は。
想定の外にあったことを聞いた、と言いたげに、子供めいた大きな瞳を、零れ落ちそうに大きく見開いた。そして、男が幾ら見つめても、女の表情は凍りついたように固まったまま、ぴくりとも動くことは無かった。
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