姫金魚草
三国恋戦記中心、三国志関連二次創作サイト
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この狭い鳥篭の中で・上 (鳥篭END後)
(花←元譲とか誰得でしょうね?)
「……また来てくれたんですね」
そう言って女は、すこし困ったように笑った。
隻眼の男は似た表情をして、ほんの少し目を細めた。
女は場違いに、こういう風景を知っている、と思った。
館は小さく、女の部屋は二階にあり、窓には格子が嵌められている。
男は下から人目を憚る様に女のいる窓を見上げる。
「『ロミオロミオ、どうしてあなたはロミオなの?』……なんて」
「……?」
女は一人笑い、男は朴訥とした顔を顰めて首を傾げた。なんでもない、と示すように首を振ると、男は溜息の後に低い声で問うた。
「大事無いか」
「はい。なにも」
長い時間の対話は危険だ。館の主は気紛れで、館のことを忘れたかのように長く訪れないこともあれば、連日のように入り浸ることもある。そして訪れに兆候はなく、今このときに現れる可能性も、ゼロとは言えない。自然、女の答えは短くなった。
「……そうか」
男は何か、迷うような顔で女を見上げた。
「花、」
そして、意を決したように呼ばれた名に、女はす、と不自然に細い腕を上げた。
「駄目ですよ」
ゆるりと、僅かにやつれた顔を一度横に振って、女ははっきりと言った。
「何も、言わないで下さい」
言葉に、男は、片方しかない目をつらそうに歪めた。女はす、と、細い身体を後ろに揺らした。
それがいつもの、会話の終わりの合図だった。
「また、来る」
男は諦めたように言った。男の位置からではもう、女が頷いたかどうかは判然としなかった。
* * *
男には、心に決めた主が居た。
悪いところも良いところも、全て知っている主だった。
男には、救えなかった少女が居た。
不思議な少女だった。男は、主を救えるのは少女だけだと信じていた。
男は何も出来なかった。
男の知らないところで、少女は籠の中へ、気味の悪いくらい自然に、収まってしまっていた。
けれどそれは男にとって、さして驚くようなことでもなかった。少女こそが主の運命であると期待をしてしまったから、少し残念だったように感じるだけで。結局、少女も主の周りに群れた沢山の女達とさしたる違いが無かったという、それだけの話であったはずだった。
けれど男は、主の呟きを、玉座に手をかけた主の呟きを聞いてしまった。
「これで彼女は、もう二度と、俺を許さないかもね」
主は酷薄にそう笑んで、幼い帝から全てを奪った。
男は愕然とした。
主が政務と私情を分けきれぬところに、まだ、あの少女が居たのだ、ということ。
そして、呟いた瞬間に、主は少女を完全に切り捨てたのだと言うこと。
男は二度、間に合わなかった。
もう男に、主を救う手立ては、どこにも残っていなかった。
そうして主が、孤独の玉座に収まって。
主を救えなかった男にとっての救済は、もう一人、少女を救うことでしか為しえなかった。
贖罪だった。
男は静謐な鳥篭の前で、傍観者であった己の罪を、贖うことの出来ない罪を、贖おうと必死だった。
* * *
窓辺に見えた姿は最早、少女と呼ぶことは出来なくなっていた。
僅かにやつれた頬からは少女らしい丸みが奪われ、かわりに何処か疲れたような、饐えた色気が現れていた。
少女は――否、もう少女ではなくなってしまった女は、男を見て僅かに目を見開いた。そして静かに、昔はしなかった形に唇を歪めて、笑った。
「死にたいんですか」
問いは端的だった。そして、息を飲んだ男が答える前に、女は自分で答えるように言葉を続けた。
「……いえ。そうであるほうが、私にとってはいいのかもしれないですけど」
女の言葉を理解するまで、少しかかった。理解して、顔を歪める。
「もう、此処には来ていないのか?」
「いいえ。……でも最近は、忙しいのかも」
主の寵愛は、女にとっての、文字通りの死活問題であるはずだった。籠の鳥は、飼い主の庇護なくしては生きられない。それが男には、酷く不幸であるようにに思えた。
「もう、あれのことは、俺にも判らん」
「……そんなことを、言わないで下さい」
女は顔を歪めた。その顔が本当に辛そうで、男は少し驚いた。
感動した、と言い換えてもいいのかもしれない。
女はまだ、こんなに歪められてしまったのに、まだ、主のことを想っているのだった。
「……お前が無事で、良かった」
男は心底からそう思って、噛み締めるように呟いた。報われない。これで彼女が死んでしまっていたら、もう、本当に何もかもが、取り返しがつかなくなってしまうところだった。何故だか強く、そう思った。
「なんで、私が死ぬんですか。そうならないように、此処にいるのに」
女の答えはどこか拗ねたようで、子供めいた響きが可愛らしかった。彼女は最早少女ではないけれど、確かにあの少女の残滓を宿していた。
それに、どうしようもなく、救われた。
そうして男は、女の下に通うようになった。
辛うじて顔が見え、声が聞こえるだけの距離を隔てて、何を語るでもない邂逅は、秘めやかに繰り返された。男は罪を贖いたかった。その方法を、男は一つ、知っていると思っていた。
(終わらなかったので、続きます。)
そう言って女は、すこし困ったように笑った。
隻眼の男は似た表情をして、ほんの少し目を細めた。
女は場違いに、こういう風景を知っている、と思った。
館は小さく、女の部屋は二階にあり、窓には格子が嵌められている。
男は下から人目を憚る様に女のいる窓を見上げる。
「『ロミオロミオ、どうしてあなたはロミオなの?』……なんて」
「……?」
女は一人笑い、男は朴訥とした顔を顰めて首を傾げた。なんでもない、と示すように首を振ると、男は溜息の後に低い声で問うた。
「大事無いか」
「はい。なにも」
長い時間の対話は危険だ。館の主は気紛れで、館のことを忘れたかのように長く訪れないこともあれば、連日のように入り浸ることもある。そして訪れに兆候はなく、今このときに現れる可能性も、ゼロとは言えない。自然、女の答えは短くなった。
「……そうか」
男は何か、迷うような顔で女を見上げた。
「花、」
そして、意を決したように呼ばれた名に、女はす、と不自然に細い腕を上げた。
「駄目ですよ」
ゆるりと、僅かにやつれた顔を一度横に振って、女ははっきりと言った。
「何も、言わないで下さい」
言葉に、男は、片方しかない目をつらそうに歪めた。女はす、と、細い身体を後ろに揺らした。
それがいつもの、会話の終わりの合図だった。
「また、来る」
男は諦めたように言った。男の位置からではもう、女が頷いたかどうかは判然としなかった。
* * *
男には、心に決めた主が居た。
悪いところも良いところも、全て知っている主だった。
男には、救えなかった少女が居た。
不思議な少女だった。男は、主を救えるのは少女だけだと信じていた。
男は何も出来なかった。
男の知らないところで、少女は籠の中へ、気味の悪いくらい自然に、収まってしまっていた。
けれどそれは男にとって、さして驚くようなことでもなかった。少女こそが主の運命であると期待をしてしまったから、少し残念だったように感じるだけで。結局、少女も主の周りに群れた沢山の女達とさしたる違いが無かったという、それだけの話であったはずだった。
けれど男は、主の呟きを、玉座に手をかけた主の呟きを聞いてしまった。
「これで彼女は、もう二度と、俺を許さないかもね」
主は酷薄にそう笑んで、幼い帝から全てを奪った。
男は愕然とした。
主が政務と私情を分けきれぬところに、まだ、あの少女が居たのだ、ということ。
そして、呟いた瞬間に、主は少女を完全に切り捨てたのだと言うこと。
男は二度、間に合わなかった。
もう男に、主を救う手立ては、どこにも残っていなかった。
そうして主が、孤独の玉座に収まって。
主を救えなかった男にとっての救済は、もう一人、少女を救うことでしか為しえなかった。
贖罪だった。
男は静謐な鳥篭の前で、傍観者であった己の罪を、贖うことの出来ない罪を、贖おうと必死だった。
* * *
窓辺に見えた姿は最早、少女と呼ぶことは出来なくなっていた。
僅かにやつれた頬からは少女らしい丸みが奪われ、かわりに何処か疲れたような、饐えた色気が現れていた。
少女は――否、もう少女ではなくなってしまった女は、男を見て僅かに目を見開いた。そして静かに、昔はしなかった形に唇を歪めて、笑った。
「死にたいんですか」
問いは端的だった。そして、息を飲んだ男が答える前に、女は自分で答えるように言葉を続けた。
「……いえ。そうであるほうが、私にとってはいいのかもしれないですけど」
女の言葉を理解するまで、少しかかった。理解して、顔を歪める。
「もう、此処には来ていないのか?」
「いいえ。……でも最近は、忙しいのかも」
主の寵愛は、女にとっての、文字通りの死活問題であるはずだった。籠の鳥は、飼い主の庇護なくしては生きられない。それが男には、酷く不幸であるようにに思えた。
「もう、あれのことは、俺にも判らん」
「……そんなことを、言わないで下さい」
女は顔を歪めた。その顔が本当に辛そうで、男は少し驚いた。
感動した、と言い換えてもいいのかもしれない。
女はまだ、こんなに歪められてしまったのに、まだ、主のことを想っているのだった。
「……お前が無事で、良かった」
男は心底からそう思って、噛み締めるように呟いた。報われない。これで彼女が死んでしまっていたら、もう、本当に何もかもが、取り返しがつかなくなってしまうところだった。何故だか強く、そう思った。
「なんで、私が死ぬんですか。そうならないように、此処にいるのに」
女の答えはどこか拗ねたようで、子供めいた響きが可愛らしかった。彼女は最早少女ではないけれど、確かにあの少女の残滓を宿していた。
それに、どうしようもなく、救われた。
そうして男は、女の下に通うようになった。
辛うじて顔が見え、声が聞こえるだけの距離を隔てて、何を語るでもない邂逅は、秘めやかに繰り返された。男は罪を贖いたかった。その方法を、男は一つ、知っていると思っていた。
(終わらなかったので、続きます。)
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