姫金魚草
三国恋戦記中心、三国志関連二次創作サイト
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「花」 (「壊れやすい」冊子版より)
(冊子版につけたものです。なんかこれがないと完結って感じがしないかもしれないと、のっけてみます。)
「花」
思い出す。
最初の彼女は、絵に書いたような食えぬ軍師で、不思議なくらいに、孟徳に興味を持っていなかった。あんなさらりとした目で見られたのは久しぶりで、孟徳は彼女に興味を持った。伏龍だとか孔明だとか、そんな名詞とは全く別に。
彼女の気を惹きたくて、色々やった。言葉で惑わして、外に連れ出して。けれど本心を語ったのは、策略ではなかった。
手札を見せて欲しければ、こちらから晒せばいい。それほどまでに彼女の中身が見たいと思ったのは、彼女が余りに飄々としているかだった。
人の所作としては不自然なほどに、彼女は薄く、ふわふわと世界から浮いている羽のように見えた。
こちらが晒しても、そんな彼女だったから、何も感じないのではないかと不安だった。けれどそれ以来、彼女は確かに変わったように見えた。
悪い癖だと元譲が言う、手に入れたら飽きるという習性は、彼女に限って発揮されることは無かった。彼女は、変わっても、やはりどこか掴みどころが無かった。それに彼女は、確かに孟徳に興味を持ったように見えたのに、さっぱり中身を見せてくれようとはしなかった。
「私は、怖かったんです」
懐かしむように語ったら、孔明は、……いや、花は、唇を尖らせてそう言った。
「だって、初めてだったんです。人を知りたいと思うことも。その人と共に、生きたいと思うことも」
彼女は、子供のような口調でそう言った。可愛らしいことを言っている自覚が無い。ただ本心を語るだけの淡々とした調子で言われると、こちらの方が照れてしまいそうだった。
「じゃあ、俺が君の初恋ってわけだ?」
わざと茶化すような口調で言うと、花はぽっと灯りが点る様に頬を染めた。いつまで経っても、初々しい反応をする。それは多分彼女が、長く溜め込んできたせいなのだろう。感情とか、そういうものを。
「……ええ、ええ。百年をゆうに超えての初恋ですとも。嬉しいですか」
「うん、とっても」
にこりと笑って言うと、悔しそうに口元を引き締める。そろそろ彼女は、彼女が何をやっても孟徳にとっては可愛らしいだけだということを、学んだほうがいい。
「ほんとうだよ。光栄だ。……だって俺は、君の、百年の孤独に敵う男だったということでしょう。嬉しいよ」
込み上げてくる愛おしいものを、抑えることができなかった。花は赤く染めたままの顔で、しかしふと、不安そうに眉を寄せた。
「……いや、そこでそういう顔をされると違うのかなとか思うじゃない」
「あ、いえ、そういう意味ではなくて。……私は、……では、私は、貴方の孤独に敵う女なんでしょうか」
ひたと、こちらをみる眼差しが。
孟徳をきちんと知っていて、孟徳の言葉に溺れない聡明な眼差しが、心地よかった。
孟徳は、花の手をとった。指先に、愛しさのままに唇を落とす。
「……君は、俺に聞いただろ。いろいろな事を」
傷痕の戒め。希み。そう言った、誰もが触れてこないところ。
訊ねるというのは、知りたいと願うということだ。ふわふわと希薄な彼女の気配が、孟徳に何か訊ねるときだけ、形を得るように思えた。そうして彼女と触れ合うのは、なにか、ほつれた部分を繕われているような、奇妙な痛みと安らぎに満ちていた。
「俺はきっと、訊いて欲しかったんだ。……縋りたかったのかもしれない。子供みたいに」
孤独の痛み。
これはきっと、傷を塞ぎあうような、恋なのだ。
花はなにか、心当たりがあるような顔をして、目を伏せた。誘われるようにして、瞼に口付ける。
「……私は、貴方のもとに辿り着いた。……そう思うんです」
「これ以上俺を喜ばせても、何も出ないよ。……どうか」
どうか、彼女が、安らかに死ぬことが出来ますように。
あとはもう、孟徳が願うことは、これくらいしか残っていなかった。指を絡み合わせて、きつく握った。離れないように。離されることの、ないように。指を絡ませて握った手の形は、祈るものによく似ていた。
花が笑う。それだけでもう、幸せだった。辿り着いたのならば、ここが、終着の地だろう。
幸せである、ということは。血塗られた孟徳と花の道に、なんと過分であることか。沢山の屍を積み上げて、沢山の罪を重ねて、必死で掴み取ったのだ。手放す気は無かった。そして彼女と一緒ならもう、なにもかもが、幸福であるような気がした。
それは決して、壊れることの無い、たしかなものなのだ。脆い孤独の傷を塞いで、恋は形を変えるだろう。その名称を口にすることを、躊躇うことはなかった。
「ねぇ、花。……愛してるよ」
「はい、……知っています、孟徳さん」
彼女の知っていることのうちに、それが入っていることが、嬉しかった。孟徳は頷いて、それから、彼女の口から同じ言葉が零れるのを待つように、笑みを深めた。いつまでたっても子供のような反応をする彼女が、観念してそれを口にするまでの時間が。あまりにも幸せだから、死んでしまうのではないかと、そう、思った。
(ながいながい、ものがたりの、おわりに――ー)
(というわけで、私は花ちゃんが此処できちんと「終われる」のかなと思っています、という話。)
思い出す。
最初の彼女は、絵に書いたような食えぬ軍師で、不思議なくらいに、孟徳に興味を持っていなかった。あんなさらりとした目で見られたのは久しぶりで、孟徳は彼女に興味を持った。伏龍だとか孔明だとか、そんな名詞とは全く別に。
彼女の気を惹きたくて、色々やった。言葉で惑わして、外に連れ出して。けれど本心を語ったのは、策略ではなかった。
手札を見せて欲しければ、こちらから晒せばいい。それほどまでに彼女の中身が見たいと思ったのは、彼女が余りに飄々としているかだった。
人の所作としては不自然なほどに、彼女は薄く、ふわふわと世界から浮いている羽のように見えた。
こちらが晒しても、そんな彼女だったから、何も感じないのではないかと不安だった。けれどそれ以来、彼女は確かに変わったように見えた。
悪い癖だと元譲が言う、手に入れたら飽きるという習性は、彼女に限って発揮されることは無かった。彼女は、変わっても、やはりどこか掴みどころが無かった。それに彼女は、確かに孟徳に興味を持ったように見えたのに、さっぱり中身を見せてくれようとはしなかった。
「私は、怖かったんです」
懐かしむように語ったら、孔明は、……いや、花は、唇を尖らせてそう言った。
「だって、初めてだったんです。人を知りたいと思うことも。その人と共に、生きたいと思うことも」
彼女は、子供のような口調でそう言った。可愛らしいことを言っている自覚が無い。ただ本心を語るだけの淡々とした調子で言われると、こちらの方が照れてしまいそうだった。
「じゃあ、俺が君の初恋ってわけだ?」
わざと茶化すような口調で言うと、花はぽっと灯りが点る様に頬を染めた。いつまで経っても、初々しい反応をする。それは多分彼女が、長く溜め込んできたせいなのだろう。感情とか、そういうものを。
「……ええ、ええ。百年をゆうに超えての初恋ですとも。嬉しいですか」
「うん、とっても」
にこりと笑って言うと、悔しそうに口元を引き締める。そろそろ彼女は、彼女が何をやっても孟徳にとっては可愛らしいだけだということを、学んだほうがいい。
「ほんとうだよ。光栄だ。……だって俺は、君の、百年の孤独に敵う男だったということでしょう。嬉しいよ」
込み上げてくる愛おしいものを、抑えることができなかった。花は赤く染めたままの顔で、しかしふと、不安そうに眉を寄せた。
「……いや、そこでそういう顔をされると違うのかなとか思うじゃない」
「あ、いえ、そういう意味ではなくて。……私は、……では、私は、貴方の孤独に敵う女なんでしょうか」
ひたと、こちらをみる眼差しが。
孟徳をきちんと知っていて、孟徳の言葉に溺れない聡明な眼差しが、心地よかった。
孟徳は、花の手をとった。指先に、愛しさのままに唇を落とす。
「……君は、俺に聞いただろ。いろいろな事を」
傷痕の戒め。希み。そう言った、誰もが触れてこないところ。
訊ねるというのは、知りたいと願うということだ。ふわふわと希薄な彼女の気配が、孟徳に何か訊ねるときだけ、形を得るように思えた。そうして彼女と触れ合うのは、なにか、ほつれた部分を繕われているような、奇妙な痛みと安らぎに満ちていた。
「俺はきっと、訊いて欲しかったんだ。……縋りたかったのかもしれない。子供みたいに」
孤独の痛み。
これはきっと、傷を塞ぎあうような、恋なのだ。
花はなにか、心当たりがあるような顔をして、目を伏せた。誘われるようにして、瞼に口付ける。
「……私は、貴方のもとに辿り着いた。……そう思うんです」
「これ以上俺を喜ばせても、何も出ないよ。……どうか」
どうか、彼女が、安らかに死ぬことが出来ますように。
あとはもう、孟徳が願うことは、これくらいしか残っていなかった。指を絡み合わせて、きつく握った。離れないように。離されることの、ないように。指を絡ませて握った手の形は、祈るものによく似ていた。
花が笑う。それだけでもう、幸せだった。辿り着いたのならば、ここが、終着の地だろう。
幸せである、ということは。血塗られた孟徳と花の道に、なんと過分であることか。沢山の屍を積み上げて、沢山の罪を重ねて、必死で掴み取ったのだ。手放す気は無かった。そして彼女と一緒ならもう、なにもかもが、幸福であるような気がした。
それは決して、壊れることの無い、たしかなものなのだ。脆い孤独の傷を塞いで、恋は形を変えるだろう。その名称を口にすることを、躊躇うことはなかった。
「ねぇ、花。……愛してるよ」
「はい、……知っています、孟徳さん」
彼女の知っていることのうちに、それが入っていることが、嬉しかった。孟徳は頷いて、それから、彼女の口から同じ言葉が零れるのを待つように、笑みを深めた。いつまでたっても子供のような反応をする彼女が、観念してそれを口にするまでの時間が。あまりにも幸せだから、死んでしまうのではないかと、そう、思った。
(ながいながい、ものがたりの、おわりに――ー)
(というわけで、私は花ちゃんが此処できちんと「終われる」のかなと思っています、という話。)
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