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姫金魚草

三国恋戦記中心、三国志関連二次創作サイト

   

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この狭い鳥篭の中で(元譲END編?)

(単なるバッドエンドのような気もする)

「そこは獄だ。……お前に、そこにいる謂れは無い。まだ孟徳の手が及んでいない地、……例えばお前の師匠の治めている益州辺りに逃げれば、静かに、そして自由に過ごすことが、出来るはずだ。俺にはお前を出すように諫言する力は無いが、……お前を連れて此処から逃げることは、時機を見れば不可能ではない。お前さえ望めば、俺は――」
必死で言葉を紡ぐ男の姿に、心臓を抉り出されているような気分になった。首を振った、のは、単純にこれ以上、男の言葉を聞いていることが苦痛だったからだ。獄。逃げる。望む。男の必死な視線と言葉が、女の目の前に単純な真実というものを晒した。見えないほうが幸せな類のものを。

女は。
女は獄に囚われて主に愛でられるだけの、不幸な人形だった。

男が現れなければ、男がこうして女に語らなければ、女は気付かずにいられたはずだった。此処が獄で、女が人形でも、主の言葉と平和な暮らしに取り縋って、幸せな幻を見ていられたはずだった。
けれどもう、真実は晒されてしまった。そうして女が見てしまった以上、もうなにも、見えていない振りは出来なかった。見えていない頃には、戻れなかった。
女は格子に取り縋って、低い嗚咽を漏らした。格子と枷が触れ合って、重い音を立てる。手を伸ばしたかった。男の元へとつかず、もう、何処へでも構わなかった。――ここでなければ、何処でも。
そのとき。
かたり、と、音がした。女は、自らの背筋が凍る音を聞いた。
振り返るまでも、なかった。扉を開ける音。他に誰がいるだろう、この部屋の扉を断り無くあけることが出来る人物が、――主以外の誰であると言うのだろう。
振り向きたくなかった。主の顔を見て、笑うことが出来るとは思えなかった。
主は今の会話を聞いただろう。主は戦の前のように、冷たい目を眇めて女を見ているだろうか。もう、その目が向けられているというだけで、死んでしまうような気がした。
格子に縋る手に力が篭る。何かに気付いたような顔で、男の隻眼が厳しく光る。
女の背後で――しゃん、と、金属の擦れる音がした。女はこの音の正体を知っている。主がなにも、一言も発しないのが、かえってその感情の激しさを知らしめるようで恐ろしかった。
こうして終わることに、悔いがないと言い切ることは、出来なかった。こんな形で、男の目の前で主に殺されるなどという終わりは、考えうる限り最悪だ。それでももう女に、何かを食い止めたりする力は残っていない。運命をただ享受するだけの弱さが、苦しい。
けれど痛みは、いつまでたっても訪れなかった。主が直ぐ近くまで来ている気配を、体温を感じるほどの近さなのに、その気配からは、なんの感情も感じられない。
「……花ちゃん」
声は低く、けれど穏やかだった。恐ろしい穏やかさだ。嵐の前。
「こっちを、向いてよ」
乞うようで、それは、命令だった。女は恐る恐る、主へと顔を向けた。
主は微笑んでいた。その顔は悲しげで、ただ、静かだった。片手にだらりと下げた剣に、意思が宿っているようには見えない。
左腕が。
主の左手が、優しく、女の頬を撫でた。こんなときだというのに、泣きたくなるほど、哀しい所作だった。
どうして、こうなってしまったのだろう。
誰が悪いわけでもない、そういう命運だったのだ。自らを慰めるようにそう思ってしまうことは簡単だったが、女はしかし、やはり何処かで間違ってしまったのだと、知っていた。
主はゆっくりと剣を握りなおし、女の頬に手を添えたまま、腕を掲げた。
「……孟徳さん、」
何を言いたいのかもわからなかった。けれどこのまま、悠久の孤独の中に主を置いていくことが、耐え難かった。もう遅い。今更女の何が、主に届くだろう。
「私は、……私はちゃんと、ここで、幸せでした」
笑えた。きちんと主の前で笑えたことが、嬉しかった。女は、自分が最後まで主を愛しているということに、安堵した。
主の瞳が一瞬、陰り揺らいだように見えた。主の心を動かせたのなら、言葉に意味はあった。満足した女が目を閉じて、刃が風を切る音を聞く。

しかし、痛みの代わりに訪れたのは、不恰好な鈍い音と、それに続く何か重たいものが落ちるような音だった。

驚き開いた目の先で、主は変わらず笑っていた。主の握る剣の先は、格子の一部を切り落として、精巧に組まれた欠片を失って、女にとって余りに強固に見えた美しく冷酷な木組みの柵は、あっけない音を立てて崩れ落ちた。
「……孟徳、さん?」
「ごめんね」
主が、何を謝ると言うのだろう。混乱する傍らに立って主は、崩れ落ちた木枠を踏みしめ、主は窓際へと立った。
窓の向こう、遠く下には男がいる。下からでは様子はわからず、ただ、格子が崩れたのを見た。そうして主の姿を認めて隻眼を歪めた男を、主は静かに見下ろした。
「……元譲。……お前もか」
主の声は静かで、男は咄嗟に声の限りを尽くして叫びたい衝動に駆られた。違う、と。
けれど、何も、違いはしないのだ。
違わない。主の覇道の中で、主を裏切ってきた沢山の者達と、今の男は、何も違いはしなかった。
「孟徳、俺は、……俺は、お前が……」
お前がどんどん不幸になっていくのが、想った娘までも不幸にしてしまう性分が、もう、見ていられなかっただけだ。
言ったところで、なんの救いにもなりはしない。言葉に詰まった男に、わかっている、と言いたげに笑った主は、今の空気に余りに不釣合いな仕草で肩を竦めた。
「愚かだな。お前がこんな風に愚かになるなんて、思わなかった。……なぁ、元譲」
主の口調は、男と二人でいるときの気安さを――昔のような親しさを、感じさせた。男の視線の先で主は、なにか、すっかり全てを悟って諦めてしまった風に微笑んだ。

「元譲。お前、彼女を幸せにしてくれるだろ」

「……孟徳、何を」
「も、孟徳さんっ!? 私は、っ」
二人の驚愕の声をささやかな風のように受け流して、主はひらりと、鮮烈な赤い衣を翻した。
「花ちゃん。愛してるよ。幸せだったと言ってくれて、嬉しかった」
愕然とする女の手から、主は慣れた所作で枷を外した。諦められてしまう。女は思わず、手を引こうとした。この枷が外されたら、女は自由で、そしてその自由の先に、主の姿は無いのだ。それがどんなに耐え難いことか、主は知っていると思っていた。
「でももう、気付いたでしょう。……俺と君とじゃ、こんな歪んだ世界でしか、幸せを、維持することが出来ないんだ」
歪んだ、世界。
主の作り上げた、酷く狭く、その狭さの分だけ、満たされていた世界。
「元譲なら、……俺よりも、正しく、君を幸せにしてくれるよ」
幸せに、正しさなんて無い。
けれど女は、それを口に出すことは出来なかった。
もう窓に格子は無く、腕に枷はない。柔らかな風が、女の髪を揺らす。
窓の外に、世界が、広がっている。もうそれが、圧倒的だということに、気付いていた。
それでも。

「孟徳さん、……それでも、私は……」

もう、貴方以外、愛せない。
いまここでそれを口にすることが、誰にとっても幸福に繋がらないと知っていた。女の手首に優しく唇を落として、主は踵を返した。
そして、もう、振り返らなかった。
扉は開け放たれて、吹きぬける風が、女の目から溢れた雫を揺らし、零れさせた。














(つらつらと言い訳)
(後日談は、元譲の願いが、ある意味正しく叶った形のつもりで書きました。
 孟徳と花の両方を救う、と言う形。)
(しかしそれじゃあ肝心の元譲が救われてないじゃないか……。元譲かわいそす。
 ということでこんな展開も考えたのですが、これ、元譲も救われてないような……
 三方一両損的な……。あうあう。)

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