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蝶の夢 (孔明)


「君は、蝶になる夢を見ているのかもしれないね」
「……?」
孔明はだらしなく机に身体を伸ばして、上目遣いに花を見た。
「蝶のように、楽しい夢なら良かったんだけど。どうかな?」
「え、……?」
「楽しい夢かな?」
夢だなんて。
夢だなんて、言わないで欲しい。花は僅かに眉を寄せた。
否定は出来ない。楽しくなかっただなんて、言えない。
肯定も出来ない。夢だっただなんて、思いたくない。
それに、なにより。
なんですべて、昔のことのように言うのか――聞きたいけれど、聞いたら、全てが終わってしまうような気がする。
「蝶になる夢から覚めて……君はどう思うのかな」
「……」
「そちらが、蝶が見ている夢、なら」
「……、……よく、わかりません」
孔明がぼんやりと紡ぐ言葉は、彼の中だけで完結していて、花に届くことは無い。
ずっとそうだったのかもしれない。過去形になってしまう思考の中で、花は思った。
彼はずっと、花を助けてくれて、花を気に掛けてくれて、……けれどどこか、遠いような気がしていたのは。
彼の言葉が、彼の世界で、彼の見通せる、彼の叡智の内なる世界で、完結してしまっているからかもしれない。
何が辛いのか、よくわからない――けれど泣いてしまいそうだった。彼の言葉が理解出来ないことも、すべてが静かに終焉に向かっていることも、どうしようもなく辛く寂しい。
「ああ、ごめんね。よくわからないことを言って。疲れてるのかな」
「……ずっと、忙しいですから」
「うん。でもここが、正念場だからねぇ」
「お手伝い、します」
花の言葉に、孔明は曖昧な笑みで答えた。
こき使うよ、とは。
言って、くれなかった。



* * *


「……花? ……花、どうしたの?」
「え」
「なに、教科書になんて見入ってるの。急に勉学に目覚めた?」
花は漢文の教科書から、顔を上げた。まさか、と笑う。
「なんだか、聞いたことがあるような気がしたんだけど、この話……気のせいかな」
「何? えっと……『胡蝶の夢』?」
「うん」
「……漢文って苦手……」
「私、なんだか最近得意なんだよね。なんでかなぁ」
花は首を傾けた。なんだか時折、すらすらと読めるのだ。自分でも不思議なくらいに。
「簡単に言うと、蝶になる夢から覚めたのだけど、はたして今の自分は蝶の見ている夢なのではないだろうか、っていう感じかな」
「よく、わかんないよ」
「うん。私もよくわかんない」
花は、教科書を閉じた。何処で聞き覚えがあるのかも、わからない。
ただ、ただ――なんだか、胸が重く、苦しくなる。
「蝶が見ていた夢、だったら……蝶は、いるんだね」
「? 花、何言ってるの?」
「私にも、わかんない」
なにそれ。笑うのに合わせて、笑う。笑っているうちに、忘れてしまう。何が気にかかっていたのかも、何を想ったのかも。

花の見た夢か蝶の見た夢か――その二つは結局同一になれずに、分かたれたまま、夢は途切れて。
もう――ひとつには、もどれない。














(夢が現か、現が夢か)
(孔明@BADは、「ワンダーラスト」のイメージです)
(「君が笑ってくれるのなら僕は 消えてしまっても 構わないから」)

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