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姫金魚草

三国恋戦記中心、三国志関連二次創作サイト

   

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09 合言葉


 江陵の地について直ぐに催された宴会は、戦の始まりを告げるかのようだった。死地に立つことの意味を考える。そして、自らは死地に立たぬということの意味も。自らの策で人が死ぬことも、そして自らは戦では死なぬということも、飽くほどに経験してきたことであったのに、今はそれが妙に重たく感じられた。
「君も出るよね」
 正式に降った身としての、お披露目のようなものかもしれなかった。猜疑の眼差しの中に立って、笑っていられる自信はあった。多くのことはもう、花にとって既知の感覚だ。それでも与えられた衣服の華美さには、流石に少し笑ってしまった。
「これは、軍師の装いではないでしょう」
「そうかな? 君に似合うと思ったんだけど」
 姫のようですと笑うと、孟徳は真面目な顔で俺の姫だよとのたまう。ふざけたことをと一蹴すると、孟徳はより可笑しそうに笑った。
「君、どんどん遠慮がなくなってきてるよね」
「そうでしょうか?」
「うん。文若みたいだ……じゃあ、どんなものなら着てくれるかな。ただの文官の装いなんて駄目だよ。君は女の子なんだから」
「……丞相」
「あ、おんなのひと、ね」
 軽く睨むと、笑って訂正する。孟徳との会話にも大分慣れて、言葉は軽く、柔らかくなる。その近さは確かに孟徳と花の距離ではあったが、孟徳が何を思うのか知ることは、まだどうにも難しかった。
「そこまで仰るのでしたら、……多少の装飾は構いませんが。軍師としての体裁を保つものでお願いします」
「まぁ、そう言うと思って」
 孟徳は行李の中から、下に重ねられていた衣装を取り出した。淡い桃色に細かな花模様の刺繍が散る上着は、華やかではあるが落ち着いた色使いで、形も文官がまとうものに乗っ取っている。
「これなら、受け取ってくれるよね。あとせめて、簪と耳飾、軽い化粧くらいはして来てね」
「……」
「まだ不満なの。我侭だなぁ」
 唇を曲げる孟徳はこれ以上の妥協点を許さぬようで、花は諦めて頷いた。玄徳軍での花は「孔明」で、華やかな衣装にも装飾品にも無縁な生活を送っていたから、いまいち勝手がわからない。そもそも本の無茶で女だてらに軍師で居られているが、官吏として女が出るなどありえない時代だ。宴に出る女は侍り女か女官と相場が決まっていた。
 孟徳が去った後、贈られた布をふわりと広げる。明らかに手触りの違う高価そうな生地を使い、細かい刺繍も高名な職人の手によるものだろう。結局のところ、気に入りの玩具を着飾らせて見せびらかしたいのだ、という気もした。
 着替えの補佐のために、二人の女官が部屋に入ってくる。江陵にもともと居たものなのか、目に刺々しい色は無かった。手馴れた様子で花を着飾らせていく。
「……孔明様」
「はい?」
「戦に、なるのでしょうか?」
 女官の声は暗く沈んでいた。戦になれば土地が荒れる。結局のところ、誰が統治者かという話は、庶民にはさして関係の無いことなのだった。孟徳の支配下に入ったとして、この土地を治めるのは孟徳自身なわけではなく、彼の派遣した官吏ということになる。その官吏が有能、もしくは民に害を及ぼさないものであれば、その上に誰が居ようと雲の上の話なのだ。
「どうでしょう。なんにせよ戦場は、長江沿いになりますけれど。烏林のあたりに布陣することになるかと思います」
「そうですか……」
 女官の愁眉は晴れなかった。花は苦笑して、これも役目かと、やわらかく笑う。
「大丈夫ですよ。荊州は立地上、どうしても騒がしくなるでしょうが――長いことでは、ないですから」
 三国鼎立が成れば、ちょうど間に位置する荊州は、常にきな臭い戦火を伴う地になってしまう。けれどここで大勢が決すれば、荊州はひとつの要所にすぎない。
「大丈夫です」
 半ばは自分へ向けて言うと、女官は僅かに安心したように笑った。それに花も安心して、ほのぼのとした空気が流れた所で、外から無骨な声が花を呼ぶ。
「支度は出来たか」
 元譲だ。花は鏡で簪の位置を確認すると、立ち上がる。紗が擦れてさらりと音を立てる。
「お待たせしました」
 女官が先立って扉を開け、裾を踏まないように気をつけながら歩み出た。元譲が軽く眼を見開く。
「おかしいですか? 着慣れないもので」
「いや、――確かに、文官としては可笑しいかもしれないが。よく似合っている」
「そんな事も言えたんですね」
「……お前、孟徳に似てきただろう」
 元譲の言葉に、首を傾ける。文若に似てきたと、孟徳に言われたことを思い出したのだ。影響されやすいのか、順応性が高いのか。僅かに笑うと、そんなところもだ、と苦り切った声で言われて、噴き出すのをこらえるために着物で口元を押さえなければならなかった。

* * *

 宴は既にはじまっていて、広間からは酔っ払いならではの喧騒が聞こえてきた。元譲に伴われて広間に立つと、視線が集まってくる。僅かな驚きと、嫌悪と、好奇と。どれもこれも、身に覚えのあるものばかりだ。視線を前に向けると、最の上座に、いつもの赤い着物を纏った宴の主の姿がある。
 隣が不自然に空いた、その空間が誰のためにあるのかは明白で、花は思わず苦笑してしまった。本当に、お披露目をするつもりなのだ。
 ここで転んだら大事だなぁ、と思いながら、元譲に示されてそこに向かう。孟徳はもう出来上がっているのか、すっかり目尻の垂れた緩い笑みを浮かべていて、笑ってしまいそうになった。どこにでもいる好色な若者にしか見えない。
「申し訳ありません、遅れまして」
「いやいや、真打ちは最後に登場するものでしょ――よく似合ってる。かわいいよ」
「……かわいい……」
「何不本意そうな顔してるの。さ、とりあえず飲みなよ」
 孟徳は気易く盃を酒で満たし、花の方へ差し出した。あり得ないことだ。思いながらも、盃を受け取る。舌を焼くような辛みとすきっとした芳香は、孟徳が製造法を改良したと言われている新しい酒か。多趣味な人だよなぁ、と思いながらふと顔をあげると、孟徳がじっとこちらを見つめていた。
「……なにか?」
「んーん。……ずっとそういう格好してればいいのになぁ」
「それは、無理でしょう」
「どうかな。……その格好で戦場に立ったら。君は勝利に導く天女のように見えるだろうね」
 孟徳は夢見るような口調で言った。とろんとした眠たげな眼で、眩しいものでも見るように花を見上げて。
「君は、我が軍にとっての何になるのかな」
 軍師でしょうと、返すことができなかった。左腕が、こちらに向かって伸ばされる。今は隠された、戒めの傷痕。花は思わず、その手を掴んだ。
「勝利の擁護者。――それは、私の役割ではありません」
 柔らかくその手を包みながら、それが私の役割だったらどんなに良かっただろうと、思いながら。
 宴席で、こちらも普段の異装ではなくて文官服を押しつけられ、居心地悪そうに盃を傾けている男に視線を投げて。
「神か仙か、……それは恐らく、彼でしょう」
「――どうして、そう思う?」
 きらりと、酒に濡れたのではない目の光らせかたをして、孟徳は花を見上げた。花は笑って答えた。
「知っているから、ですよ」
 酔っ払いだからと、流したわけではない。なぜ言ってしまったのか、自分でもわからない。それでも不思議と、やってしまった、という気持ちは湧いてこなかった。孟徳は目を瞬いて、それから、ふっと緩く息を吐くように笑った。
「それを知っている君は、やっぱり俺からすれば、天の使いに見えるけどね……ねぇ、だとしたら」
 花が包んだ左手で、孟徳は花の手を掴んだ。
「君はいつか、天に帰るのかな?」
 花は笑った。遠い昔に交わしたならば、運命のような会話だっただろう。けれど今はただ空しい繰り言でしかない。二代前の私ならば、そうならばいいのにと返したかもしれない。今はそんな望みはなく、真の望みはもうすぐ近く、目の前の掌の中にあった。

* * *

「なぁ元譲――彼女はやはり、神ではないのかなぁ」
 宴も更けて、彼女は既に下がっていて。他の女を近付ける気にならず孟徳は、元譲とともに盃を舐めた。
「知らん」
 対する元譲が冷たく言うのを、孟徳はすっかり過ぎた酒の、心地よい酔いとともに聞く。
「知らん、って。それじゃあ、そうであること自体を否定してないよ」
「否定するつもりは、ないからな」
 見た目も中身も無骨な男が、そんなことを言うので驚いた。問うように目を向けると、一口酒を舐めてから、元譲は訥々と言葉を紡いだ。
「あいつはたしかに、得体が知れん。妖しの類か、神仙なのかは知らんが――そのどちらでも、おかしくはない。そんな気がする」
「うわぁ、元譲がそんなこと言うだなんて。これで文若も同意したら、完璧だ」
「何が完璧なんだか知らんが」
「それくらいに――彼女は異様だということさ」
 孟徳はうっすらと笑い、盃を乾かした。元譲は薄ら怖いような気分になって、目を眇めた。孟徳は笑ったままに、夢見るように、呟いた。

「彼女が神なら――堕とすのもまた、一興だろう?」

 元譲は飲まれるような気持で、その言葉を聞いた。この表情で、この口調で。孟徳の一つの面が現れ出でて、恐ろしいように感じられる、それは冒涜だった。彼は何も信じない。それはこの世のすべてに対する不敬であり、この世のすべてに対する、疎外だった。














(次回はカク←何故か返還出来ない が大活躍です。ほぼおりきゃらじゃねーか。)

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