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姫金魚草

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08 何度も呼ぶ名

 男はそれから、よく、花の元を訪れるようになった。
 彼は不安なのだろうと、哀れに思った。そうして自分は恵まれていたなと、しみじみと感じた。玄徳軍は小さな集団らしい親密さがあり、なにより玄徳という人はとかく、今では花の心労の種になるほどに、人に優しい人物だった。
 男に、どういう縁で孟徳の元に入ったのだと訊ねたのは、雲長に関雲長が、花に孔明が居たように、頼るべきものがいたのではないかと思ったからだ。
 問いに男は、顔を歪めた。
 郭奉孝の名を聞いたときに、漸く全てを了解した気がした。とかく才気走った男だったという、花は一度もまみえた事のない彼は、曹孟徳に重用された軍師であったが――今は既に、病で儚くなってしまっていた。
 彼の望みは。
 本当の彼の望みは、曹孟徳が嘆いたとされるままに、郭奉孝を赤壁の地に連れて行き、そうして勝利を得ることだったのだろう。しかし、戦で命を落としたとあらば幾らでも策で防ぐことが出来ようものだが、病とあっては相手が悪い。男が医師で、あの時代の知識と薬を持っている、それくらいの奇跡が必要だ。
 だとしたら、彼の望みは、最早代替に過ぎないのかもしれない。
 郭奉孝となって勝利へ誘うことも、恐らく自らには過ぎた使命だとして、こんな風に裏の手を――この時代の、名ばかりが先行している孔明を、捕らえてしまうような無茶をして。
 郭奉孝を喪って、曹孟徳に幻滅して。
 男はもう、この世界に絶望しているのかもしれない。それでも彼が帰っていないのは、最初の希が彼を縛り付けるからだ。空白の頁が彼を阻むからだ。
 郭奉孝。彼はその名を何度、苦しみの中で呼んだだろう。叶わぬ願いを叶えろなどと、無体な事を言う本を恨んで。
 そうして、赤壁の。
 訪れるかも定かではないあの時を越えるまで、彼の望みは果たされない。それを悟れば満足して、花は男に向かって、慈しむように柔らかく温かく、微笑んだ。

* * *

 仲が良いと聞いたよ、と。
 不貞腐れた様な声を出して探る孟徳に、花はええ、と誤魔化すことなく頷いた。
「見識の広い方のようで、話していると勉強になります」
「へー。君でも?」
「勿論です。全てを知ることなど、一生を何度やりなおしたとて、出来ることではありませんから」
 未知のことばかりですと笑えば、孟徳は奇妙な顔をした。なにか訝るような顔だ。可笑しなことを言っただろうか。
「……まぁいいや。それで、それじゃあ、俺の元の二つの才知は、この状況をどう見るのかな」
 花が男と話すようになってから、奇妙なもので、孟徳は二人を信用し始めたらしい。異邦人と他国の軍師が関係を密にしていれば、真っ先に内通、裏切りが疑われそうなものだが、孟徳は不思議とそうは思わないようだった。
「この状況、とは」
「頭の悪いフリは良くないなぁ。……ま、蔡徳珪が使えるかって話になってくるのかもしれないけどさ」
「公瑾の手による水軍とは、比べようもないだろうとしか。幾ら数で勝っても、水上戦は厳しいかと」
 端的に答えると、孟徳はだよねぇと頭を掻いた。玄徳軍と共に荊州に駐屯し、徳珪という男と荊州水軍を見てきた臥龍が言うのだ。孟徳は困った顔をした。
「こうなっちゃうと、此処を獲れたのは良かったけど、玄徳を逃がしたのが痛いなぁ。孔明、君どんな献策をしてああなったのさ」
「言うとお思いで?」
「言ってくれたらいいなー、ってだけ」
「裏切りは流石に、余りに人の道を外れるでしょう」
 裏切りか、と、孟徳は少し寂しそうに呟いた。花は済ました顔で、それよりも、と、話題を変える。
「政について、話しませんか」
 変えたようで、変えていない。孟徳は目を瞬いて、珍しいねと一つ笑った。花は茶を啜りながら、ぴ、と指を三つ立てる。
「国を成り立たせる三つのものは?」
 言葉遊びか真面目な語りか、捉えかねるように孟徳は首を傾けた。
「国を?」
「はい」
「……それは例えば。漢という意味かな」
「それでも、無論」
「なら、一つは簡単だ。帝だろ」
 孟徳は不敬とすら取れるごく軽い口調で、その単語を放り投げた。帝。花は少し考えるように眉を寄せて見せ、難しい顔で頷いた。
「半ばあたり、ぐらいでしょうか。では、あと二つは」
 遠い遠い、四度の生の向こう側の世界を思い出しながら、花は訊ねる。成人前の子供が誰でも知っている考え方だと、知ったら孟徳は驚くだろうか。この時代では、義務教育など、考え及びもしないだろう。及んだとしても実現出来ない。
「あと二つ。……国、かぁ」
「はい、国です。……残り二つは、国でなくても持っていますが」
「国でなくても? 国でないもの?」
 ってなんだ、と、孟徳は眉間に皺を寄せた。ヒントのつもりが、かえって混乱させたかもしれない。
「国でないもの、……帝は国にしか居ないけど、残り二つは国じゃなくてもいい。帝が居ない、……」
 花はゆっくりと、笑みを深めた。
「国には帝が居て――そうだな、あとは、民か。崇めるものの居ない神は居ないのと同じだ。民と帝は、揃って国か。とすると後は……領土かな?」
「はい」
「帝と、民と、領土か。確かに三つ揃わなければ、国とは呼べないね。民と領土だけがあってもそこは唯の無法の集落だ。帝と民しか居なければ流浪だ。帝と領土だけがあっても、誰が帝と認めるだろう?」
 本当は帝ではなく主権だけれど、君主制しかない時代だ。主権の在り処を考えれば、同じようなものだろう。頷く花の前で孟徳は一人考えを纏めるように呟いて――それから、かたりと首を傾けた。
「……なにか?」
「いや。……うーん、どうなんだコレは」
「だから、何がですか」
「帝と、民と、領土。今その全てを持っているのは、俺だけだね。玄徳には、中山靖王の末裔とかいう自称によって帝たる建前はあるけど、帝になる気はないだろうし、行軍についてくるような民は居るけど、領土は無い。孫家には、孫仲謀が帝を名乗らぬ限り、民と領土があっても帝が居ない。だから俺は官軍で、玄徳と仲謀は逆賊だ。……当たり前の話だね」
「そうですね。帝と民と領土がある。この中華の地はそれで、一つの国です」
「一つの天下か。……それはつまり、玄徳に領地が、仲謀に帝があれば、それらはそれぞれ一つの国ということかな。そうして天下は、三つになる」
「空論ですよ」
 花は穏やかに言って笑った。
「玄徳は領土を奪った瞬間に徳を喪う。仲謀は帝を名乗った瞬間に大義を喪う。それだけのことです。いくら論を立てようとも、この中華に帝はひとりしか居ないのですから」
「……それが君の、戒めか」
 孟徳は楽しそうに笑った。献策と呼ばぬ辺りに配慮を感じた。花は頷くこともなく、ただやんわりと微笑んだ。玄徳に領土を与えるな。仲謀に帝たる名乗りを許す名分を与えるな。
「それさえ守れば、玄徳にも仲謀にも、逆転の手はない。そういうことかな? ……玄徳はいい。揚州の都督にはそれで足りるだろうか」
「それは私にはわかりません」
 花があっさりと言うと、孟徳は苦笑した。これ以上は言わぬとの意思表示を汲んで、それでも孟徳は言葉を重ねた。
「あの食えない男が何を考えているのか、俺にはわかる気がするよ。彼の中には、孫家二代の亡霊が居る。――いや、一人の友の亡霊が居る、が正しいのかな。中原制覇を唱えた声を、彼は忘れられないんだろう」
「詮無い夢です。長江以北を統べた貴方と、揚州一つの彼との間にできる溝は、時が経つにつれて大きくなる」
「待て、と?」
「出来るならば。……降るとは、言ってきませんか」
「そうだね」
 孟徳はゆっくりと茶を啜った。こうして話をする花は、もはや孟徳に降った軍師だ。これが、『彼』が歴史を変えた結果と言えるのか、花には判断がつかなかった。
「……揚州は議会の国だ。今彼等が降伏の意思を見せれば、俺はそれを受け入れて、彼らに地位を与えて、体面上は変わらぬように揚州の地を任せることになるだろうね」
「そうでしょうね。野望は潰えても、孫家は残る」
「対して、戦になって彼らが負ければ――首が飛ぶ」
 抗うのか降るのか。元々豪族による議会の意思決定力が強い揚州では、孟徳が北を攻めて以来、その議論が紛糾しているだろう。諸葛孔明であった花は、過去の世界で議論の最中に説得へ赴き、彼らを戦へ導いた。
 孔明の居ない世界で、どうなるのか。花はそれを知らない。孟徳と同じように、予測することができるだけだ。
「例えば周公瑾は、決して降ることを良しとしないでしょう。玄徳の元へ使者として赴いている魯子敬もまた」
「戦力差は圧倒的だけど?」
「周公瑾は、自らの水軍に、自信を持っているはずです。対してこちらは、荊州の水軍が居るとはいえ、圧倒的な兵力は水上戦を経験していない者ばかり。勝機があると見ても可笑しくはないかと。……周公瑾は、怖い男です」
 孟徳はちらりと笑って、探るように花を見た。
「知っているような口ぶりだね?」
「話に聞いているだけですよ。……兄が、揚州に居りますので」
「ああ、そうだったっけ。……降ってくれれば、楽なんだけどね」
 楽という言葉とは反して、つまらなそうに孟徳は言った。とにかく、と、仕切りなおしの言葉を吐いて、孟徳は言った。
「江陵へ移動するよ。あんまり待ってあげるわけにもいかないからね」
「はい。……確かに数は圧倒的です。圧力にはなるでしょう」
「君は、どうする?」
 花は目を瞬いた。この話の流れで、花を置いていくという選択肢がこの男にはあるのか、と、不思議に思った。というよりも、花の意思を聞くということに驚いた、というほうが正しいだろうか。
 戦場に連れて行くのは危険だ、と言うなら判る。花は孟徳から得た情報を元徳の元に流すかもしれない。若しくは、軍師として連れて行く、というのもまた、理解は出来る。花が本当に降ったのかを試す機会にもなる。
「伴ってくださるのであれば」
 孟徳が何を考えているのかは判らないが、花の意思は最初から決まっていた。孟徳の人生に係わると、決めたのだから。
「そっか。じゃあ、そのように手配して置くよ。……軍師が居るのは、心強いしね」
「賈文和殿が居るでしょう」
「知は、あればあるほどいいだろ。ああそうだ、それならそれこそ、文和にも紹介しないとねぇ」
「よろしくお願いします。……そういえば、あの方は」
 自分だけ言っても仕方が無い。花は慌てて問いを投げた。物語を変えるのは、彼なのだから。
「ああ、勿論。是非にと、しつこいくらいに煩いし」
 それはそうだろう。空白の頁。彼の悲願の時だ。
 花が安堵の表情を見せると、孟徳はまた、最初の不服そうな顔をした。
「……ほんと、彼のこと気にするよね」
 花は思わず苦笑する。真実を告げるわけにもいかず、孟徳の機嫌を損ねるのは嫌で、どうにもこの件だけは難しい。
「弟を、」
 言い訳として、出てきたのはそんな言葉だった。
「見ているような気がするからでしょうか」
 弟というか、自らの過去というか。それは咄嗟に出したにしては存外花の心境に相応しい言葉で、花は満足して少し笑った。孟徳はそんな花を見て、それならいいけどね、とまだ不服そうに一つ、頷いたのだった。













(郭嘉が好きだー、という主張?)
(色々と適当なので、突っ込まれると困るのですが、きっと今更だし皆様大目に見てくださるでしょう……多分……)

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