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姫金魚草

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06 歪んだ世界に

(真実はあるのか?)


「……孔明……?」
 呆然とした。
 夢でも見ているような。
 幻に話しかけるような。
 幽霊にでも、出会ったような。
 そんな声だった。振り向くと、長髪の男が、特徴的な刀を携えて、声と違わぬ表情でこちらを見ていた。
 若い男だ。若いくせに、やたら年月を感じさせる深い黒の瞳をしている。
「の、弟子ですが」
 亮は言った。男が何に驚いて、そんなことを言ったのかわからなかったのだ。目の前の男は、孔明のことを知っているはずだ。しかしその言葉に、男は更に、目を見開いた。一番近い言葉を探すなら、信じられない、そんな風に。
「……孔明、の、……弟子?」
「はい」
「お前が?」
「はい。亮と言います」
「亮、」
 男は呆然と繰り返し、それなら、と、何も考えないままと明らかにわかる口調で、言った。
「孔明じゃないのか。諸葛亮」
「……、」
 この、世界が。
 あきらかに亮の知る歴史上でない、とわかる理由の一つに、呼び名がある。
 諸葛亮孔明。例えばこの場合、諸葛が姓、亮が名で、孔明は字だ。そして、亮の知識ではこの時代、人を字で呼ぶことは珍しかったはずだ。普通は、今の男のように、姓名で呼ぶ。しかし、この世界では、呼び名はほぼ字で統一されている。名が使われることは、殆ど無い。
 それなのに、目の前の男は、当然のように言った。諸葛亮、と。
 それが何を意味しているのか――考えながら、亮は首を振った。
「違います。……玄徳様から、雲長殿は師匠をご存知だと伺いましたが」
「……」
「女だと知らせぬとは、雲長は意地悪だと笑っておられましたよ」
 亮が言うと、男はひとつ瞬いて、それからゆっくりと微笑んだ。微笑んで誤魔化す以外に術がない、そんな所作だった。
「……すまん。妙な事を言ったな。しかし、俺はまだ名乗っていないはずだが」
「その刀を見れば、誰でも知れます」
 そうか、そうだったな、と、雲長は笑った。関雲長といえば美髭公だが、それもまた、この世界では違うらしい。代わりのように、長く美しい黒髪をしていた。
「弟子のボクでは、ご不満もありましょうが」
 本物の孔明を知るなら、尚更のこと。彼女は確かに、歴史上の人物である『諸葛孔明』を知る亮を納得させる、孔明としての非凡さがある。彼女と面識があるという雲長が、彼女ではなく見知らぬ弟子という男に不安を覚えても、不思議ではない。先に断っておくつもりで言うと、いや、と男は頭を振った。
「いや。……いや、お前は恐らく、孔明に足る男だろう」
 その言葉には、奇妙な実感が篭っていた。亮の知る由もない何かを混ぜ込んだ吐息。亮が目を瞬くと、雲長は何処か、いたましいものを見るような目で亮を見た。それからゆっくり、首を傾ける。
「それで、……彼女は元気にしているか」
 視線の意味が、わからない。わからないままに、答える。
「師匠ですか? ええ」
「……そうか」
 雲長は亮から視線を外し、ふたつ、ゆっくり頷いた。思慕の深さが透ける所作だ。孔明と雲長が懇意だったという話は聞いたことが無いが、これもまた、この世界であるが故の違いなのだろうか?
 考えても、詮無いことだ。ただ、雲長の言葉の端々が、瞳の色が、亮の心をかりかりと引っ掻く。
 理由に気付くのに、時間がかかった。
 関雲長。それは、亮がはじめて見る、彼女の――孔明の、人間めいた繋がりだったのだ。彼女を思う人間が、この世界にいると言う、初めての。
 それだけと言えばそれだけのことが、何故こうも気にかかるのか。そのひっかかりは、余りに大きく、亮に、雲長の言葉を、亮を孔明と呼んだ意味を、考えることを忘れさせた。

* * *

「玄徳軍はどうでしたか」
 揚州へ向かう船の中、孔明は酔う気配も見せずゆったりとした笑顔で訊ねた。
「どうということもなく、……というわけには行きませんが。なんというか、ぎりぎりですね」
「ぎりぎり?」
「ええ」
 人材も。物資も。兵力も。なにもかもがぎりぎりで、脆い。この戦乱の世で、綱渡りのような日々を続けてきた軍だ。それ故の絆の強さがあり、それ以上のなにかがある。それを上手く言い表すことができる気はしなかったが、どうにか言葉を繋ぐ。
「不思議な軍です。劉玄徳の魅力と言えばそれだけのようにも思えますが、それだけで生き延びれる時代ではない」
「……そうだね。確かに、劉玄徳には実力以上のなにかがある。彼らを生き延びさせてきたなにか。それは、天命と呼んでもいいかもしれない」
 孔明はひとつ、頷いた。それから、にこりとしながらかわいらしく首を傾ける。
「でも、今、玄徳軍があるのは確かに君のお手柄だよ。頑張ったね」
「……、それは、」
 褒める言葉を素直に喜び、自分の手柄だと誇ることは出来なかった。
 なぜなら。
「雲長殿が、味方してくれたお陰です」
「……え?」
「はい。師匠の、お知り合いなのでしょう」
 雲長は先の孔明に足るという言葉の通りに、亮の言葉を全面的に信用し、軍議等で言葉添えをしてくれた。孔明の弟子という肩書き以外何も持たない亮の策が取り上げられるのは、雲長の力添えなくしては不可能だっただろう。
 それは雲長が孔明を知るからこそだ。そう、思っていた。雲長の語り口は、孔明への全面的な、知らぬものに対するものではない信頼を感じさせた。
 しかし、孔明は目を瞬いて、ことり、と反対側に首を傾けた。
「……? 雲長って、あの関雲長でしょう。勿論名前は知ってるけど、会ったことは無いはずだけどな」
「……は?」
 どういう、ことだ?
 雲長は明らかに、孔明を知っている風だった。あの口調は、ただ名を、姿を知るだけの者に対するものではありえない。それどころか、かなり親しいはずの――
『……孔明……?』
 不意に。
 雲長の声が、あの、ありえないものを見たと言いたげな声が、脳裏に蘇った。雲長の、呆然とした顔。史実よりも随分と若い、髭のない顔。
 その顔が、目の前の、きょとんとした顔の孔明に重なった。あどけなく可愛らしい女の顔に。
 ――この世界は、なにか、おかしい。
 本の中の世界、史実を下敷きにした創作の世界。そういうものだと思って尚、違和感が募る。少しずつずれたこの世界の、歪みの基点は、どこにある?
 物語の主題は、どこにある? 
 考える亮の脳裏を、孔明との会話が閃いては消えていく。穏やかで知的で、確かに諸葛孔明に相応しい智謀で、けれどその策の根本は、智謀というより。
『それの、なにが不思議なのかな』
 過去を知るように、未来を知る。知略ではなく、知識である。孔明とは、そんな軍師だったのだろうか? 預言者のような、占者のような、軍師だっただろうか?
 そんなはずは、ない。
 やはりなによりも、一番歪んでいるのは、彼女なのだ。それが何を意味するのか。
 そして自分は、どうしてこんな、歪んだ世界に来てしまったのか?

「亮? ……顔色が悪いよ。酔ったのかな」
「いえ、……いや、酔ったのかもしれません。外で、風に当たってきます」
 孔明の声にはっとして、立ち上がる。孔明の顔が、真っ直ぐに見れない。どうすればいい。どうすれば。
 川風が身体を包み、僅かに目を眇める。長江が光を反射して眩しい。広く雄大なこの世界が、どうしようもなく自分の敵だ。そんな気がして、亮は一人、ゆっくりと、目を閉じた。
 帰る術は。本の前書きの通りなら、とうに知れている。けれど、それだけではない。そんな気がして、亮は酷く、胸が騒ぐのを感じた。














(雲長は、覚えている。)
(忘れられない理由がある。)

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