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姫金魚草

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囚われの愛(鳥篭END後IFストーリー1)

(中編集「鳥篭本」収録予定1)

「丞相、あの」
「……なんだ、幼常」
 孔明の執務室はいつも静かで、書簡に埋もれる机に不機嫌な顔の部屋の主が構えている、蜀の官吏にとって出来ればお近づきになりたくない場所だ。孔明の弟子を自称する馬幼常にとってもそれは同様で、思わずそこで引き返しそうになる。
 しかし、一度声を掛けて、なんでもないなどと言って戻ろうものなら、手ひどい嫌味を言われることは目に見えている。幼常は意を決して、口を開いた。
「あの。丞相の弟子を名乗る方が、いらっしゃっているのですが」
「……弟子?」
 孔明はついと片眉を上げて、皮肉げに唇を歪めた。
「生憎と、ボクは生涯、一人の弟子しか持たなかったし、その弟子はもう、この世界には居ないはずだよ」
「……丞相、目の前にいるのは貴方の弟子だと思うんですが」
「百年はやいね」
 孔明はにこりと笑って切り捨てた。その表情の巧みさは、一瞬前の――寂しさに似た顔を隠すのに充分だったが、これでも優秀を自覚している自称・孔明の弟子を欺くには不十分だった。
 孔明の弟子。幼常がまだ許されていないその称は、唯一の者のためにあるのだと、玄徳が言っていたことを思い出す。
「話はそれだけ? そんな詐欺師に構ってないで仕事してよ仕事」
「はぁ、でも」
「なに、まだあるの」
 孔明の目線はとかく冷たい。幼常は冷や汗をかきながら、どうにか口を開いた。
「……『孔明の弟子』を名乗られた後、その場で倒れておしまいになられて。女人でしたし、放り出すわけにも行かず……」
「……女人?」
「はい。珍しい名で……なんだったかな」
 聞きなれぬ響きだと思ったのだ。思い出そうとする幼常に、孔明は酷く珍しく、目を見開いて訊ねた。
「まさか。……まさか、……『花』と、名乗ったわけじゃ、ないよね?」
「ああ! そうです! 珍しい響きだなと」
「それを先に言え!」
 孔明は書簡が崩れるのも構わずに慌てふためいて立ち上がり、驚く幼常の脇を風のようにすり抜けて執務室を出た。あまりの速度にぽかんとした幼常は、はっと我に返ると慌てて孔明を追いかける。
「丞相! 待ってください! 何処に通したかまだ言ってないじゃないですか!」

 しかし孔明は何も聞かずとも、幼常が女を担ぎこんだ場所、城の医務室の隣の小さな室へ、迷うことなく駆け込んだ。
「……花!」
「……おやおや、丞相殿。あまり騒ぎなさるな」
 穏やかな顔をした医者が、咎め立てるように孔明を見る。
「よく眠っておいでじゃ。……辿り着いて、ほっとなさったのじゃろうなぁ。足をご覧になると良い」
 言われて孔明は、顔の確認よりも先に随分と華奢に見える脚を見やる。
 傷だらけで、足の裏には、幾度も肉刺が潰れたのだろう、無惨な赤が散っている。殆ど歩くことも無かった足に、酷い無茶を強いたことが、それだけで知れる様相だった。
「丞相の、お知り合いですかな」
 痛ましそうに顔を歪める孔明を見やって、医者は訊ねた。孔明ははっとして、女に駆け寄り、横向きで眠る姿の顔を覗き込む。
 長い栗色の髪。長旅を感じさせる、汚れた肌。身に纏うのは、一般的な旅装の簡素な着物だ。寝台の下におかれているのは、荷物だろうか。ほんの僅かの、恐らくは路銀と野宿の為の布と服の替えが一そろい、その程度しか入って居なさそうな袋もまた擦り切れ、哀れな様相を呈していた。
 何処からどう見ても、ただの流民だ。近頃は蜀の地も豊かになってきており、北からの流民も増えた。恐らくはその一団と共にやってきたのだろう。
「……ああ。ボクの」
 頬はこけ、腕も足も酷く細くなって、しかし年相応に体自体は女のものになっている。
「ボクの、弟子だ」
 どんなに変わっていても、見間違うはずの無い。
 そしてもうこの世界にいない筈の、世界で唯一の『孔明の弟子』が、そこに居た。

「丞相、運びました――」
「ああ、じゃあ此れを玄徳様のところへ。それと、帰りに執務室から治水工事の報告書一式持ってきて」
「……あの、私の仕事は、力仕事じゃな――」
「君くらいしかあの部屋の書簡の場所を把握してないんだからしょうがないでしょ。働きなさい」
 幼常が肩を落として部屋を出て行くのを見送りもせず、孔明は新しい書簡を開きながらつと寝台に視線を向けた。
 眠っているだけだ、と、医者は言った。暫く起きないと思いますぞ、とも。それでも孔明は、どうしても、その場を離れることが出来なかった。
 しかし、孔明が働かなければ、全ての業務が滞るのが蜀の現状である。そうしてこの狭い医務室の隣の部屋が、仮の執務室と相成ったのだった。
 それでも、とても集中できるものではない。孔明は溜息をついて立ち上がり、寝台の脇に立った。
 女は――花は、昏々と眠り続けている。頬に付いた泥を拭うと、下から擦過傷が現れた。仕事しろジジイ、と思いながら、濡らした布巾で傷を拭い、消毒をする。
 すると――おそらく、傷に染みたのだろう。顔を顰めた花が、うっすらと目を開けた。
 そうか、だから放置していたのか。思ったときにはもう遅い。いや擦過傷は馬鹿に出来ない、破傷風にでもなったらことだ、ボクは間違ってない、奇妙な方向にくるくると回り始めた頭に、花の掠れた声が割り込む。
「……師匠?」
 それは。
不安そうな、弱々しい、揺れを含んだ――それなのになんでか、酷くきらきらとした――つまり、昔と全く変わらない響きを持っていて。
「……全く。……帰りが遅すぎるよ、馬鹿弟子」
 孔明は思わず、何を問うよりも先に、苦笑と共にその頭を撫でることになったのだった。

 書簡を抱えて戻ってきた幼常に粥と茶を申し付けて、孔明は丁寧に花の小さな傷を診始めた。
「……師匠、あの、……お忙しいんじゃ」
「怪我人は黙ってなさい。……全く、どんな無茶をしたの」
 花は困ったように眉を寄せている。体中にある小さな傷は、唯の旅で出来るようなものではなかった。それに――気付かぬ振りで目を逸らしている、手と足に残る、枷のあと。
 何も聞くまい。思う孔明の前で、花は困ったような顔のまま、口を開いた。
「師匠、あの、……とても、虫のいいことを言うんですけど」
「そう思っているなら、言わなければ良い」
「あう」
 彼女が唐突に、何の目的も無く此処に現れたわけが無いことは、知っていた。けれど、出来るならば、何も聞きたくはなかった――聞いてしまえば、自分は恐らく、彼女がなにを言おうとも、それを叶えようとしてしまうだろう。
 彼女が此処に、この世界に居るということ。それはつまり、彼女が間違えてしまったことを、意味していた。
孔明にとってそれは、彼女の選択の結果だと割り切るには余りにも痛い。
 だって孔明は、師匠なのだ。
殆ど、師匠らしいことはしなかったけれど。
「……けど、言います」
 ぱきりとした、彼女の、意志の強さが好きだった。細く華奢で、幼く素直で、けれど花は、不思議なほどに強かだった。
「お願いします。私に――」
 どんな願いが来ても、驚かないと思っていた。そして、どんな願いでも結局、叶う助けをしてしまうだろうと、諦め半ばで思っていた。だから敢えて彼女の顔を見ずに、傷に布を当てながら聞く。

「私に――曹孟徳を、殺させて、下さい」
「……!?」

 どんな願いでも――驚かないと思っていた。けれどそれは、余りにも予想の外にあった。思わず顔を上げた孔明の目が、花の顔を捉える。
 嗚呼、と。
 見ただけで、突き上げるように胸が痛んだ。どん、と衝撃のように訪れた後に、じくじくと疼く。長いこと、忘れていた痛みだ。
(ボクはまだ――引き摺ってたのか)
 呆れるように思う。どれだけ執念深いんだ、と、笑う。
 恐らくは。はっきりとした終わりを、迎えられなかったのが悪いのだろうけれど。
 花の目は酷く真剣で、燃えるように煌いている。そしてその炎が――殺すという単語に、余りに相応しくないものだと、孔明には一目で、わかってしまった。
 孔明は無理に笑みを作った。そっと花の手を握って。
「……君は、彼の国で、何を見たのかな」
 呟きは、ただの独り言だった。花の目を真っ直ぐに見返して、孔明は柔らかく言った。
「話は後で聞こう。君に必要なのは――」
 ばたばたとした足音が近付いてくる。丞相、と煩い声が孔明を呼ぶ。花が恐らく、別人を思い浮かべてしまうだろう呼び名で。
「食事と、休養だ。殺しても死なないような男だ、数日待っても、君が殺す前に死にはしないよ」
 言うと、花は、なにか、痛む様に顔を歪めた。僅かに浮かんだ疑問はしかし、ばたばたと入ってきた幼常が孔明と花の間に割り込んで、乱暴な手つきで食器を並べる所作で、霧散させられてしまったのだった。

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