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救いの腕(鳥篭ED後IFストーリー2)

(中編集「鳥篭本」収録予定その2)

 道を間違えたんだね、と、優しい声がささやいた。
 もうそれだけで泣いてしまいそうで、花は必死にうなずいて、あとはただひたすら謝罪を言った。ごめんなさいごめんなさいと、誰に対してかもわからずに。
 君は間違った。それは君の罪だよと、声は言った。
 けれど――ならば如何償えばいいんですか、と問うと、声は決まって、そこで答えを失ってしまうのだ。

「今日は涼しいですね」
 侍女が丁寧に花の髪を梳っていく。長く伸びた髪は肩を超えて、そろそろ腰に差し掛かろうかという程になっている。腕と足に枷を嵌められた花は自分で身を繕うこともできず、こうして腕利きの侍女がすべてを飾ってくれる。
「そうだね」
「……お顔の色が悪いですね。また、夢を?」
 花の気のない返事に侍女は顔を曇らせ、窺うように問うた。花はまだぼうとした、夢の余韻を残す頭で頷く。
 夢の話を、したことがあった。罪悪感の発露なのだと知っていたから、少しでも楽になりたかった。
 けれどどうして――侍女には決して語れぬことが、結局花の心をより重たくしてしまう。
「こうも続くとなると、これはもう、術の類かもしれませんよ」
 侍女は思案気に眉を寄せた。
術。呪術や仙術といった類のことは、この世界ではまだ市民権を得ている。人知の及ばぬことはすべてまとめて不可思議なこととなり、神秘の類に纏められて、そしてその一部が術扱いされて恐れられるのだ。花にとっては眉唾だが、そういうものを信じる人の心を否定することが難しいということもまた、理解していた。
「術、かぁ」
 術――花は無論、そんなことは信じていない。けれど、もしも、ほんとうに術なのだとしたら――かけているのは、優しい声の主だろうか。
 だとしたら。
「……術、だったら、よかったのに」
「なにを物騒なことをおっしゃいます。そうした輩から守るためにも、丞相は花様をここに匿っておいでなのですよ」
 真面目な侍女は憤慨したように眉を上げて言った。花は苦笑とともに、すこし意地の悪い気分になって首を傾ける。
「なら――孟徳さんも、そうした輩、なのかな」
 彼もまた、今ではほとんど、ここを訪れることがない。その足の遠さを揶揄して言うと、侍女はわずかに眉をゆがめた。
花よりよほど、辛そうな顔だ。花は慌てて笑みを作った。
「なんてね、孟徳さんは忙しいんだって、ちゃんと知ってるし――それに私は、ぜんぜん、つらくないから」
 むしろ心は穏やかに凪いで、不安も嫉妬も遠くはるかにある。ただ慙愧だけがある、この思いを、もう誤魔化せないことを花は知っていた。
 だから。
 だから孟徳は、もう、ここには来ないのだろう。
 ただ取り返しのつかない彼の罪の一つとして、この鳥籠は朽ちる日を待っている。妄執を閉じ込めて、恋情を風化させて、そうして穏やかな静寂だけが、終わりを告げる日を待っているのだ。
 
『戻る道は知らぬ』
 夢の中で、声は言った。低く作った声を、まだ、はっきりと思い出すことができた。
「なら、進む道を」
 昔と同じように、花は言った。声だけだったはずの男が、いつの間にか目の前にいた。もう青年を超えた年頃のはずの男はしかし、当たり前だが記憶の中の、若い姿のままだった。
 男は柔らかく優しく笑った。
『どこにもないよ』
 優しい声で。花のよく知る、突き放すようなことを言いながら、その実花をきちんと導いていてくれていた声で、男は完全に、完膚なきまでに花を突き放した。
 どこにも。
 花はそれが、自分の心が出した結論だと、知っていた。けれど、今ここに男がいたら、同じことを言うような気がした。
 君は一度、間違えてしまった。その先はもう、袋小路だったんだよ、と。

 外の話題は、ここには届かない。
 たとえば戦の。誰かが死んだとか、誰かが負けたとか。元は軍師の肩書のあった花も、今はただの囚われ人で、隔離された館に情報を運び込む術はなかった。侍女もまたほとんど花と一緒に隔離されているようなもので、外界とのつながりは、本当にごく稀な主の訪れを除けば、暮らしていくうえで必要なものを届けてくれる、よくよく言い含められた衛士達のみだ。
 だからたとえば、花は、夢に出てくるあの男が、生きているのか死んでいるのかも、知らなかった。
 生きていればいいと願うことは、主への裏切りだろうか。もう恋情も慕情もないけれど、せめて誠実でありたいと思う。けれど顔を見ることも稀な日々の中では、それもどうにも難しくなり始めていた。
 思い出すのは、昔のことばかりだ。玄徳のもとで暮らした短い日々のこと。不思議とそれ以前の、元の世界にいたころのことは、思い出さない。
 そして――その日々の中で、ほとんど会うこともなかった、男のことばかり、思い出している。
「なんだか、外が騒がしいですね」
 どこからも遠く隔離されたここに、外の喧騒が届くことはほとんどない。しかし今、館を囲む森の葉擦れ以外にたしかに、聞こえてくる音があった。
 音だ。
 鐘の、音。
 高い高いその音は、どこまでも響く。
「……?」
「――!」
 首をかしげる花のわきで、侍女が愕然と目を見開いた。問いかけるように視線を向けた花に、二三度口を開閉させた後に、掠れた声で言った。
「……崩御」
「え?」
 言葉に、花は、一瞬理解が及ばずに眉を寄せた。それから、やっと理解に至って、すっと顔を青ざめさせる。
「……そんな」
 崩御。
 都中に鳴り響く鐘の音は、帝の――つまりは、禅譲を受けて新王朝を設立した曹孟徳の、あまりに早い死を表していた。
 そしてそれは、花にとって、恐らくは世界の終りと、同義である――その、はずだった。

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