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姫金魚草

三国恋戦記中心、三国志関連二次創作サイト

   

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欲を食む (玄徳)

献帝が長安に居を落ち着けて以来、日々は慌しく過ぎ、花は必死でその慌しさに紛れ込もうとしていた。
(いつまでも、こうしていられるわけじゃない)
こうしていていいわけでもない――結局のところ花は過客なのだった。帰る時がきたのだと、半ば悟るように知っていた。この本は恐らく、永遠を想定して作られていない、旅人の為の本なのだろう。このまま益州を中心にして玄徳の領内が落ち着けば花は拠り所を無くすだろうし、玄徳は花を邪険に扱うようなことは無いだろうが、彼が正しい生を――この世界での生を全うするのを見るのは、恐らく辛いだろう。
花は花のできる最大限を為して、玄徳を助けた。
本来ならその事実だけで、満足しなければいけなかった。花の望みは、確かに叶ったのだから。それなのにただ本の存在が重いのは、割り切れないなにかが、あるからなのだろう。
(……なんて、そんな、難しい話じゃ、ないのに)
ただ、彼の傍に居るのが辛いと、認めればいい。そう認めることは花を容易く元の世界に逃げ帰らせてくれるだろう。
けれど、思い切りがつかないのは。
(そうしていつでも、逃げられるんだから、……だから、まだ、ここにいても、いいよね?)
あと少し。もう少し。任官の段取りもあり花の比ではなく忙しい日々を過ごす玄徳は最早、姿を見るのも稀なほどではあるけれども。
それでも、まだ、――残す想いは重く、苦しく、なのにどうしても、捨てられなかった。


* * *


「明日、儀が執り行われるよ」
すっかり文官服も板についた孔明が、静かに告げた。宣告されているようだ、と、思った。孔明の顔は幾分かいつもより厳しく、そのなかで不釣合いに穏やかな目には何か、哀れんでいるような、安堵しているような、不思議な色が灯っていた。
「君も出るだろう。即席ではあるけど、玄徳様が礼服を用意して下さったそうだよ。今は手が空かないだろうから、夜にでもお礼に伺うといい」
「え、」
任官の儀――それは恐らく、この国の歴史を変える儀式だ。行きずりの身で出ていいような場所ではない。慌てて首を振るが、孔明は「献帝自らのお達しだよ」と、有無を言わさぬ口調で言った。花が、この世界に残すもう一つの想い、花が救えないまま十年を過ごした幼子のことには、どうしても弱くなってしまうことを、承知していると言いたげだった。
(彼に会うのも――なら、明日が最後だろうか)
本当であれば献帝が真に救われて、しあわせになることを見届けるべきなのだろう。けれどそれは花に与えられた時間では、どうしても叶えられないことだった。花は小さく頷いた。孔明はすこし困ったように眉を下げて、笑った。
「……泣きそうな顔を、してるね」
そんなことはない、とは、言えなかった。孔明は溜息をついて、座していた執務用の椅子から立ち上がった。
何を想うより先に、孔明の腕が、花の顔を隠すように回されていた。抱きしめるというほどは力の無い、柔らかな抱擁。慰められているのだと思ったら、なんだか逆に泣いてもいいような気がして、すがりつくように孔明の肩に顔を落としていた。
「何で泣くの。君は、望みを果たしたでしょう」
「……」
その通りだ。別れが辛いとも、想いが傾きすぎて口に出せなかった。結局玄徳のことばかり考えている自分は、叶わぬ恋に溺れるだけの弱い少女で、情けなくてまた涙が出た。
孔明の手が、ぎこちなく花の頭を撫でる。困らせているとわかっていても、甘えてしまう自分が嫌だった。不実だ。ぐずぐずと自分が駄目になっていってしまうような気がして、ほんとうにもう、これ以上此処に居ることは出来ないのだと、絶望するようにそう、思った。


* * *


部屋で存分に目元を冷やしてから、玄徳の部屋に向かった。せめて笑っていよう、それでなくても明日は、全てのはじまりに過ぎないとしても、目出度い日であることは確かなのだから。
衛兵に声を掛け、中に通してもらう。玄徳の部屋は慌しさを反映してか何処か雑然としていて、奥の棚にひとつ行李が置いてあるのが見えた。あれが、孔明の言っていた衣装とやらなのだろう。
部屋の主は顔を上げて花を見て、ああ、と、すこし疲れたように見える顔に笑みを浮かべた。椅子を勧められて、直ぐに茶が運ばれてくる。長居するつもりが無いというのも礼を失している気がして、花はせめて心を落ち着かせようと温かいそれを口に運んだ。
「孔明から話を聞いたのか。すまんな、急な話で」
「いえ。光栄なお話です」
「献帝は、お前を慕っておられるようだ」
言いながら玄徳は行李を開け、落ち着いた意匠の、孔明の着ているものに似たつくりの羽織を取り出した。女性向けに作られているのか色は華やかで、細かい刺繍も入れられている。
「なんだか、もったいないです」
「気にしなくていい。いずれこうして立つこともあるかと思い、作らせていたものだからな」
「え、……私のために、ですか」
「ああ」
玄徳はなんでもないことのように頷いて、ふわりと広げたそれを花の身に被せた。行李にはまだ着物が幾枚か入っているようで、恐らくこれは最後に羽織るのだろう。玄徳の腕が、身体が、近い。思わず身体が強張り、花は慌てて俯いた。
(泣いてしまいそうだ)
孔明のところであれほど泣いたのに、まだ、流れる分が残っていたのか。固まる花に玄徳はわずか、苛立ったように息を吐いた。
(っ、いけない、……困らせた)
玄徳はずっと花を信じ、大切にしてくれた。玄徳はそうして誰もを抱え込んでしまう人なのだ。そんな玄徳にこのような態度をとってしまう自分が、かなしい。慌てて誤魔化そうと、顔を上げた先。
(あ、)
玄徳の腕はいつの間にか、花の二の腕のあたりを捉えていた。囚われた、と、思った。そんな真剣な目を、しないで欲しい。小娘の戯れだと、笑っていなして欲しい。けれど誰にも真摯に向き合う彼にそれを望むのは、酷ということなのかもしれなかった。
「玄徳、さ」
「何故、そんな顔をする」
「そんな、って」
「泣いて、いたのだろう」
「……!」
ばれたのか、見られていたのか。
執務室には、小さな窓がある。見られていたとしても、可笑しくはない。見られていた、と、したら。
(見られていたと、したら……、玄徳さんは、どう、思うんだろう)
縋るように泣きつく姿をただの師弟と言い張ることは、とても難しい気がした。そもそも見たと言われていないのに、言い訳めいたことは口に出せない。
(……でも)
(でも、そのほうが、いいのかもしれない)
ずるい手段だと知っていたけれど、葬るしかないこの思いを、玄徳に一番迷惑をかけない方法で弔うとしたら、悪くないやり方なのかもしれない。少なくとも玄徳に知られて、困らせるよりは、余程。
言葉を詰まらせた花に、玄徳はまた先ほどの、苛立ったような溜息をついた。思わず身を竦めると、更に玄徳の顔が厳しくなる。
(怒って、る?)
なにが玄徳をそんなに苛立たせるのかがわからずに、ただ居所を無くした様な気分で、花は僅かに身を捩った。玄徳の手から逃れるような所作だった。腕の力が緩んで、温もりが離れて――自分勝手にそれを、寂しいように感じたときに。
「……!」
手を。
強い力で、手を、掴まれた。花の肩にかかっていただけの羽織が、ぱさりと小さな音を立てて、床に落ちる。汚れます、と、言う間もなく。
噛み付かれる、と、思った。指も腕も食いちぎられて、跡形もなくなってしまう、と。獣のようだと思った――そんな、勢い任せの所作だった。
実際は歯も触れぬような、ささやかな接触だった。手首に、なにか耐えるような顔で、落とされた唇。
「玄徳さ、」
「お前は、……残るのか。孔明のために」
「え?」
なにか途方も無い、余りにも想定の外にあることを言われた気がした。花が意味を飲み込む前に、なにか玄徳の方が泣きそうな顔で、そのまま花の腕に縋るように背を屈めた。
(残る? ……師匠のために?)
状況が理解出来ないままに頭の中で繰り返し、僅かに納得した。やはり、見られていたのだろう。そして彼は、あの抱擁を、恋人のそれととったのだ。
そうして花が、孔明のためにまだ居るのだと、そう、理解したのだろう。
(勘違いです、なんて言ったら)
(なぜ泣いていたのか、問われるだろうか)
玄徳が怒るのは――孔明のためにという、その脆弱な意志にだろうか。それともはやく、帰ればいいと言うのだろうか。玄徳の真意が知れなかったけれど、玄徳にそれを問えないのは、花もまた、言えないことがあるからだった。そしてそれ以上に、玄徳がそう取ってしまうということが――なによりの証であるような気がして、辛かった。
花は小さく首を振った。それが精一杯だった。玄徳の腕を振りほどいて、落ちた羽織を拾い上げて、逃げるように背を向けた。
(理由なんて)
(涙の理由なんて、――)
そんなの、一つに決まっている。芙蓉姫辺りに言ったら、わからないほうが悪いのだと、怒ってくれるだろうか。そうであったらいい。胸の痛みはもう、一人で抱えるには、重すぎた。













(手首への口付けは欲望の。)
(欲望=玄兄リクエストを二つほどいただきまして、こんなかたちに。あまりシチュエーションには忠実になれなかった上、二人してなんというかダメダメですが……すみません。)
(すれ違いは両片思いの醍醐味。)

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