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妻の職分 (仲謀)

(間違ったシリアス風味)





孔明の弟子、というのは、ただの肩書きだ。
身分や出自を、証明してくれるようなものではない。花は此処では、親も持たず故郷も持たず、身寄りもなにも持ってはいない、本当にただ個人としての「花」に過ぎない。
此処に残ると決めたときに、覚悟したはずだった。
愛一つ。愛する男の心一つに身を預ける、愚かな選択だと、漠然とながら感じていた。
それでも、縋るようになってはいけないと。
それだけを決めた。身一つで、一人で生きていく覚悟がないなら、ここに残ってはいけないと、知っていた。

* * *

「何をそんなに怒ってる」
廷内の奥の館は、有り体に言えば後宮だった。といっても、小さな離宮のようなつくりで、花と小間使いしかいないのだから、その言葉が表すような女人の住まいとは少し意味合いの違った場所かもしれない。仲謀は花を正妃と立て、妾を入れるつもりはない意志を、明確にではないがそれとなく周りに知らしめていた。
「怒ってないよ」
とかくその、館の一室。花の寝室は、広い寝台も誂えられた、実態を言えば孫夫妻の寝室である。正式な儀を執り行っては居ないものの、仲謀の寵姫は花だけであり、仲謀もまたこの部屋で寝起きをすることが殆どだった。
そんな――甘やかな空気が流れるはずの夜の寝室は、しかし今、ひやりとした空気に包まれている。寝台に腰掛けてだらしなく足を組んだ仲謀は、いつもの傲岸な風情を忘れて、困り果てた子供のような顔をしていた。
「怒ってるだろ。お前、公瑾に似てきたんじゃねーの?」
「え」
「怒ってるときほど笑う」
ひくり、と花の口元が引き攣った。そんな様子がますます公瑾にそっくりだと、仲謀は内心で溜息をつく。口に出したら、さらに怒りそうだから言わないけれど。
「……怒ってない。ただ、……」
花は言いかけて、言葉に迷うように口を閉ざした。言いたいことは、わかっている。
花は日々をこの部屋で、書を読みながら過ごしている。掃除などは女官がやるし、本来であれば妃など、働くようなものではないのだ。しかし花は、自分が何もしていないようで、不安なのだろう。
(子を成すことが仕事だと――言ったら、怒るだろうな)
孔明の弟子として出仕めいたことをしていた、玄徳軍での、そしてこちらでの捕虜としての日々の方が異質だったのだと、言葉を重ねたところで意味もあるまい。彼女はとっくにそんなことを理解している筈だった。
花。
身寄りもなく出自も知れず、寄る辺ない彼女をただ、妻として愛してやればいいと思っていた。それだけで全てが果たされて、自分も彼女も幸せになるのだと、そんなふうに。そんなふうに、世界が優しければ良かったのだけれど。
けれど現実に仲謀には立場があり、彼女をこうして守る程度の力しかなかった。彼女に居場所を与えてやることも出来ず、彼女が居場所を作る努力をすることさえ、認めてやれない程度の虚弱な力だ。
「……来いよ」
溜息と共に、机に向かって書簡を紐解いていた花を手招きする。花は複雑に顔を顰めたまま、大人しく立ち上がって仲謀の隣にやってくる。
「……私は、」
触れ合うことはあまりに自然になりすぎて、触れ合うだけでは何も誤魔化せなくなってしまった。慣れだけの所作で仲謀の肩に身を預けた、彼女は最早少女ではない。
「私は、仲謀と一緒に、未来を拓いていきたかった。仲謀がそう言ったように、一緒に、隣を歩いていきたかった」
なんだか全てが、遠い昔のことのようにも思えた。今でもそう思っていると、口には出せなかった。口に出しても、嘘のように響くだろうから。
日々が過ぎて彼女は、あの日の選択を後悔しているのだろうか。自分は誓いを果たせていないだろうか。果たせていないのかもしれない、と思った。とかくままならないことが多すぎて、仲謀も花も少し、疲れてしまっていた。
「俺は、……」
何を言っていいのかわからなかった。このまま花に口付けて、なんの解決にもならない誤魔化しをしてしまうのは、どうしようもなく安易だった。けれどそうした時間を重ねれば、なにかが壊れてしまうのだろう。
花の、あの頃に比べて随分と長くなった髪を、撫でた。
愛していると告げても、なんの救いにもなりはしない。花は笑ってくれるだろう。ほっとしたように、笑ってくれるだろう。そんな笑顔が欲しいわけではなかった。
沈黙の後に、花はふっと、小さく息を吐いた。駄目だ、と思った。彼女に、諦めるような言葉を、言って欲しいわけではなかった。それならば誤魔化してしまったほうが、よほどマシだ。慌てて口を開きかけた仲謀の前で、花はひどく清々しく笑った。
「お客様が来たんだ、今日」
「……あ?」
唐突な話題の転換に、仲謀は目を瞬いた。花はごく軽い調子で言葉を続けた。来客は、揚州の豪族のうちの一人。娘を仲謀の妻にと画策しているという話のある者からの使いだった。
呉は豪族の集合体だ。その手の話は珍しいことではない。なるべく花に累が及ばぬようにと思っていたつもりだったが、最近は書を読み解けるようになった花が学士を招いて学を深めたがることもあって、来客についての注意を怠っていた。
「私は何も持たないけど、――仲謀のことを、誰よりも想っている自信があるって、そんなことしか、言えなかったけど」
仲謀はどこか、まぶしいような気分になった。
「私にはそれしかないけど――仲謀の隣をまだ、歩いてもいいかな」
花の笑顔は爽やかで、けれど、どこかふつりと切れてしまいそうな危うさがあった。気圧されるように、頷いた。
「充分だろ。……充分だ」
口に出せば本当に、それだけで充分なような気がした。花はほっとしたように笑って、言葉を繋げた。
「じゃあ、……じゃあ、もう、守ってくれなくても、いいよ」
「……あ?」
「そういうのも、私の仕事だと思うから」
目を瞬いた。仕事、と彼女が言うのが何か、――思い至って、胸が痛んだ。
豪族の交わり。煩わしい人間関係は、彼女にとって負担だろうと、そう思っていたけれど。
「そういうふうに、……ちゃんと、頑張るから」
それは若しかしたら、彼女を守るということではなくて、閉じ込めるということだったのかもしれなかった。仲謀の妻として立つということから、遠ざけることだったのかもしれなかった。
「……そうか」
苦笑すると、そうだよ、と、昔のままに彼女が笑った。共に歩むことはあまりにも難しい二人だった。辛い思いをさせるだろうと思った。けれど自分が守ってやるということは、並んで歩くということでは、有り得なかった。
視線が合う。空気のような自然さで瞼を落とした花に、口付ける。幸せにすると誓って、傷つけることを畏れた。大人しく守られているような女ではないことを、最初から知っていたはずなのに。
手を握った。支えあって生きるということを少し、考えた。王者の道を共に歩くということを。大切に大切に、包んで守ってしまいたかった。けれど今は、ただこの手を離さなければいいのだと、少し寂しく、理解していた。














(この手の話は丞相ばかり出てくるけど、仲謀にだって起こりうる問題だよねと思ったり。)
(花ちゃんに「天は赤い河のほとり」みたいな強い奥さんに……なって欲しいわけではないですが)(笑)
(いまいち不完全燃焼なので、もうちょっと深く詰めたいなぁ)

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