姫金魚草
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10/10新刊 囚われの愛Sample
囚われの愛
(A4/P44/オフセット/400円)
孟徳×花
鳥籠ENDの約10年後。
オリキャラ(というか、史実の人物)多数登場、史実改変ありのため、ご注意ください。
続きから、サンプルっぽいものが読めます。
(A4/P44/オフセット/400円)
孟徳×花
鳥籠ENDの約10年後。
オリキャラ(というか、史実の人物)多数登場、史実改変ありのため、ご注意ください。
続きから、サンプルっぽいものが読めます。
「丞相、あの」
「……なんだ、幼常」
孔明の執務室はいつも静かで、書簡に埋もれる机に不機嫌な顔の部屋の主が構えている、蜀の官吏にとって出来ればお近づきになりたくない場所だ。孔明の弟子を自称する馬幼常にとってもそれは同様で、思わずそこで引き返しそうになる。
しかし、一度声を掛けて、なんでもないなどと言って戻ろうものなら、手ひどい嫌味を言われることは目に見えている。幼常は意を決して、口を開いた。
「あの。丞相の弟子を名乗る方が、いらっしゃっているのですが」
「……弟子?」
孔明はついと片眉を上げて、皮肉げに唇を歪めた。
「生憎と、ボクは生涯、一人の弟子しか持たなかったし、その弟子はもう、この世界には居ないはずだよ」
「……丞相、目の前にいるのは貴方の弟子だと思うんですが」
「百年はやいね」
孔明はにこりと笑って切り捨てた。その表情の巧みさは、一瞬前の――寂しさに似た顔を隠すのに充分だったが、これでも優秀を自覚している自称・孔明の弟子を欺くには不十分だった。
孔明の弟子。幼常がまだ許されていないその称は、唯一の者のためにあるのだと、玄徳が言っていたことを思い出す。
「話はそれだけ? そんな詐欺師に構ってないで仕事してよ仕事」
「はぁ、でも」
「なに、まだあるの」
孔明の目線はとかく冷たい。幼常は冷や汗をかきながら、どうにか口を開いた。
「……『孔明の弟子』を名乗られた後、その場で倒れておしまいになられて。女人でしたし、放り出すわけにも行かず……」
「……女人?」
「はい。珍しい名で……なんだったかな」
聞きなれぬ響きだと思ったのだ。思い出そうとする幼常に、孔明は酷く珍しく、目を見開いて訊ねた。
「まさか。……まさか、……『花』と、名乗ったわけじゃ、ないよね?」
「ああ! そうです! 珍しい響きだなと」
「それを先に言え!」
孔明は書簡が崩れるのも構わずに慌てふためいて立ち上がり、驚く幼常の脇を風のようにすり抜けて執務室を出た。あまりの速度にぽかんとした幼常は、はっと我に返ると慌てて孔明を追いかける。
「丞相! 待ってください! 何処に通したかまだ言ってないじゃないですか!」
* * 中略 * *
「漢中は、どうですか」
「……」
唐突に変わった話題に、幼常は僅かに目を眇める。警戒するように。
「何故、それを聞く?」
きな臭い話だ。幼常は鋭く訊ねた。花は幼常に視線を向けずに、見た目だけは平和そうに肉まんを両手で持って答える。
「戦になりそうなのかどうか、知りたくて。……蜀漢にとって、すぐ北にある漢中に陣取っている魏の軍隊は、あまりに脅威です。漢中が五斗米道によって支配されているころは良かったんですが」
「詳しいな」
花は少し、困ったように笑った。
「後宮は、情報を集めるには良いところですから」
後宮というには隔離されすぎていた感はあるが、孟徳の目が始終届くわけもない以上、手に入れようと動けばある程度の情報を得ることは出来た。
「成程。……確かに知ってのとおり、魏が漢中を手に入れてしまったことは、此方にとっては想定外だし、目下最大の問題と言っても過言ではない」
漢中とは、魏と蜀の中間に位置する山の多い場所で、元々は五斗米道という宗教勢力が治めていたところだ。
しかし、玄徳軍が荊州の一部を領土としたことに端を発した玄徳軍と呉との諍いの合間に、孟徳は漢中を攻略し手に収めることに成功したのだ。そしてそこに、夏侯妙才を主将とした軍を駐屯させている。
つまり現在、まだ落ち着ききっていない蜀漢のすぐ北部に、魏軍が駐屯している状況というわけなのだった。荊州を挟んで東の呉とも、和解は成立しているものの予断を許さない状況にある中で、北の脅威が常に蜀漢を圧迫している。
成立したばかりの国にとって、それは余りに歓迎出来ない事態だった。
「……魏国内は、言うほど磐石ではありません」
花は少し小さな声で言った。
「それでなくとも、禅譲による民の反感は大きく、決着は付いたとはいえ後継者争いの余波も大きいのです。……蜀『漢』を名乗るこの国への期待が大きいのもあります」
幼常は僅かに眉を寄せた。
此れでは、魏宮廷内に放った密偵の報告のようだ。
花は肉まんを食べ終え、肉汁のついた手をぺろりと舐めた。そしてそんな子供っぽい仕草の後で、やっと幼常に顔を向ける。
聡明な瞳だ。はじめて真っ直ぐ花の目を見て、幼常は思う。
そしてその知性の裏に、燃えるような何かを、隠している。
「漢中を獲るなら今です」
花は静かな口調で言った。
「この国、蜀『漢』にとって、漢中を獲ることには大きな意味がある。なにせ、『漢』中ですから」
漢中はその名の通り、漢王朝発祥の地であるのだ。漢王朝の正当な後継を名乗り、献帝を孟徳の手から救い出した暁には、当然ながら彼を帝とした漢王朝を復活させる、と明言している蜀『漢』が、彼の地を手に入れれば、民の心情は圧倒的に蜀漢に傾くことは間違いがない。
「漢中がどうなっているか、ご存じないはずはないですよね」
「……軍隊しか居ない、と」
「はい。民は魏の領土内に移住させられ、今の漢中はある意味では手に入れる価値もない土地です」
幼常は目を見張る思いで、花の言葉を聞いていた。
孔明の弟子。
成程彼女は、魏の後宮内で此れだけの情報を手に入れることができる彼女は、彼女の弁の通り殆ど屋敷から出なかったというなら、その呼称に相応しいだろう。
「ですが、蜀漢にとって、……玄徳さんにとっては、価値がある。漢中を手に入れるべきです」
幼常は呑まれる様にその言葉を聞いた。的確な状況分析。噛み締めるように脳内で花の言葉を反芻し、訊ねる。
「言いたいことは判った。……それが、問いの答えか?」
問い。
花が孟徳の元を離れ、この成都まで逃げてきた理由。――蜀漢に漢中を獲るべきだと進言するため? 今更になって、何故、蜀漢のために動こうという。
同時に、幼常は思い出していた。孔明が言った言葉。
『曹孟徳を、殺したいと』
だとしたら、彼女は、つまり。
「……そうですね。そうなるんだと、思います」
果たして花は、曖昧に頷いた。
「私は――戦を起こしに、来たんです」
* * 中略 * *
花は言った。助けて欲しいと。
逃げてきたのは、傍目にも明らかだった。どうやって手に入れたのか目立たぬ官吏服を纏って、髪を結って隠して、花は元譲の元を訪れた。
「私を、逃げさせてください」
花は真っ直ぐな目をして言った。
後宮ではない、孟徳の私邸とも言うべき小さな館に、囲われるというよりも囚われていた少女。奥深く大事に仕舞いこまれて、宝物のように愛でられていたはずの少女。
少女はしかし、元譲の知らぬうちにすっかり女になって――そして今、必死の様子で、宝箱からの逃亡を企てていた。
「……花、」
「ただ、城から出る手伝いをして下さるだけでいいんです」
花は必死の顔で言い、辺りを伺うように素早く視線を走らせた。見つかることを恐れているのだ。元譲は溜息とともに、花を部屋の中に招き入れた。
状況に流されていると、知っていた。元譲は花の現在について、全く知らないといっても過言ではない。それは彼女の処遇についても勿論だが、肝心の主が未だ花に執心しているのかすら、元譲は知らなかったのだ。
それでも、縋ってくる手を振り払うことは、出来なかった。扉を閉めると、固い顔を僅かに安堵に緩めた女は、元譲を真っ直ぐに見て言った。
「急にご迷惑をおかけして、申し訳ないと思ってます。でも、頼れる人が思いつかなくて」
「……俺が、お前を逃がすと思ったのか」
元譲は自らが、主である曹孟徳の第一の臣である自負があった。その思いをこめて低く問うと、花は一瞬怯んだ様に口元を震わせ、けれどすぐに強い眼差しと共に頷いた。
「はい。……元譲さんなら、助けてくださると、思いました」
「何故だ。俺は――孟徳の臣だぞ」
花は何か辛そうに、眉を寄せた。心が痛む。そんな顔だった。
「だから、です」
花は目を細めた。泣くのだろうか、と、思う。
「私は、逃げます。けれど彼は、私を追うことはあっても、嘆くことは無い。私はただの玩具で――逃げられる筈が無いと思っているからです」
花の言葉の真偽を確かめることは、元譲には出来なかった。ただそんな元譲にもひとつ、たしかにわかることがある。
「だが――怒るだろう」
例え玩具だろうと、手元から離れていくのを許す優しさを持ち合わせている男ではない。苛烈であることは、許されているから。
「……怒れば良いんです。もう私には、それくらいしか」
花は吐き出すように言った。
「それくらいしか、あの人に、感情を吐き出させる手段が、無いんです」
元譲は息を飲んだ。ひやりとした、何の色も含まない、孟徳の視線を思い出す。
禅譲を断行してから――曹孟徳はおそらく、人間ではないモノになってしまったのだ。それが帝というものなのだとしたら、帝とはなんと哀しい生き物なのだろうか。
丞相であったころから、孟徳は半ば個人を放棄し始めていた。孟徳はただ、ありえないくらいに器用なだけなのだ。もしかしたら、極まって不器用なのかもしれない。
丞相である頃は、彼にも私が許されていた。けれど今はもう、彼に、公私の別を求めることは不可能だ。
「……花」
「私は、あんな孟徳さんを見たかったんじゃない」
花の声はもう、嗚咽に近かった。
「私が悪いんです、私が――間違えたんです。だから。だから私は、取り返したいんです」
* * *
ついでに表紙画像張っておきますね
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