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姫金魚草

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05 偽りの未来

(未来か過去か)

 亮を送り出すと、庵は急に静かになった。
 亮が煩かった、というわけではない。ただ、人と共に暮らす、というのは、こういうことなのだ。一度知ってしまうと、一人であることの静けさに気付く。
 だからというわけではないが、孔明もまた、旅支度を整えて庵を出た。送り出して、それだけ、というわけには流石に行かない。荊州の情勢を確認して、亮になにかあるようなら、手を差し伸べるのが師匠の役割だろう。
 孔明が見た未来とは、違う。なのに、行動の指針はすぐに決まった。そして今まで思っていたのとは違う未来が、ぼんやりと閃いては消えていった。ぱらぱらと、まるで、思い出を捲るような感覚で。
 山を下る道すがら、出会った顔見知りの子供に軽く挨拶をする。もう此処に戻ってくることは無い。その日が近いことも知っていたから、感傷はない。感情はいつも凪いでいる。驚くことも傷付くことも、喜ぶことも嘆くことも、孔明にとっては全てが遠い。
 思いながら、薬の処方を子供に伝えていると、唐突に、子供が言った。
「孔明。もう、戻ってこないのか」
「……え?」
 子供は時折、鋭い。神に近いからだ、と聞いたことがあった。つまり、死に近いから。孔明が目を瞬くと、子供は首を傾けた。
「父さんが言ってたんだ。お弟子さんがいなくなったから、孔明もいなくなるだろうって」
 しかし鋭いのは、子供ではなくてその親だったようだ。
「……なんでそこで、亮が出てくるのかな」
 解せない。弟子と言うのは、師匠の下から巣立っていくものだろう。見送るのが師匠の役目で、弟子を追ってついていってはまるで立場が逆だ。いや、いままさに孔明は、逆のことをしているのだが。
「だって孔明、亮のことが好きだっただろう」

「……は?」

 最近、こんなことばかりだ。
 今まで驚かなかった分、溜まっていた驚愕が襲ってきているのではないか、と思うくらい、驚いてばかりいる。ぽかんとした孔明に、子供は不思議そうに首を傾げた。
「違うのか? 母さんが言ってたぞ、あの人嫌いの仙女様が男の弟子をとるなんて、そうだとしか考えられないって」
「……」
 そんな評価だったのか、私。
 別に人を邪険にしていたわけではないのだけど、となんとなく反省するような気分になる。なるほど、そう思われていたのなら、納得できる邪推である気もした。
「別に、人嫌いってわけじゃないんだけどな。亮は弟子というか、一時の居候みたいなものだったし。私がこうして出てくるのは、亮のこととは別に、決まっていたことだし」
 なんとなく、いいわけのような言葉が口をついた。子供相手に何を言っているんだろう。
「じゃあ孔明、あの男が嫌いだったのか」
「いや、好きとか嫌いとかじゃなくて――」
「孔明、楽しそうだったのに。変なの」
 孔明が反論する間を与えずに、子供は唇を尖らせてそう言った。楽しそうだった。子供にそう見られていたのか、と、自らに呆れるような気分になる。
 楽しそうだった? ……確かに、楽しかった。
 亮を拾って、世界は変わった。
 でも、だからそれが、何だというのだろう?
「楽しかったけどね。でも彼は、過客だから」
「過客?」
「旅人、だよ」
 子供は首を傾けた。不思議そうに。
「へんなの。あの男――ずっとあそこに住んでたみたいな顔してたのに」
「……そうだね」
 確かに、そうだ。孔明は少し、笑ってしまった。
 こちらの着物を着て、筵にごろりと横になって。亮は昼寝が好きだった。朝が早い分なのかもしれない。客人であることなど孔明も亮もすっかり忘れていて、亮はあの庵こそが家であるかのように、気持ち良さそうに午睡を貪っていた。
 不思議なくらい、自然な光景だった。ふとすると、こちらが客人だと、思ってしまうくらいに。
「でも、そうだね。戻るとは言い切れないから、皆によろしく伝えてくれるかな」
「……孔明、何処に行くんだ」
 子供ははじめて、不安そうに顔を顰めた。孔明は笑って、答えを避けた。まずは襄陽に、荊州を巡って、恐らくは揚州にも。どう繕っても、安全な道筋とは言えなかった。
 子供は溜息をついて、わかった、と言った。その頭を軽く撫でて、孔明は歩みを再開する。
 好き、だなんて、考えたことも無かった。
 考える隙がなかった、というほうが、正しいのかもしれない。孔明が亮に抱く感情は、孔明自身にもわけがわからないものが多すぎて、そんなわかりやすい感情の入る余地が、何処にも残っていなかったのだ。

* * *

 孟徳軍が来る。
 その日が近いこともまた、知っていた。自分の策によって、玄徳軍が落ち延びることも。玄徳軍の生き残る術は、天下三分にしかないことも。
 亮はよくやっていた。うまく玄徳を説得して、孔明がそうしていただろうことを、全て成し遂げていた。不思議なくらい、孔明の知る方法と同じに。
 しかし此処から先は、亮だけで為せることではない。殆ど交流が無いとはいえ、兄がいるのといないのとでは、揚州の感情は大分変わってくるだろう。亮が働いている間に、揚州との連絡をとることが出来たのは幸いだった。
「と、いうわけで。揚州に行こうか」
「……師匠、」
「ん? どうしたの、疲れてるね」
「今疲れたんですよ」
 文官服が板についた亮は、服に相応しい気苦労の多そうな顔で、溜息をついた。
「揚州には行きます。行きますが、なんで師匠がここにいるんです」
 亮は不服、というよりは怒っているような声音で、断罪するように孔明に言った。怒られる謂れがない。不思議に思って首を傾ける。
「だって、私が行かないと駄目でしょう」
「なんでですか。ボクじゃあ、揚州の説得は不可能だと?」
「と、いうか。君には兄はいないし」
 当然のことのつもりで言ったが、亮は冷たい眼差しをこちらに向けた。
「兄に頼らなければ、説得も出来ないのが諸葛孔明ですか」
「……なんかひっかかる言い方だなぁ。唯私は、そういうものだと知っているだけなんだけど」
 諸葛孔明の兄、諸葛子瑜は呉の文官で、諸葛孔明はその伝手もあり、揚州の説得に成功する。
 未来に起きる厳然たる事実として、それを知っているというだけだ。そしてただ知っているということは、それ以上の理由を説明出来ないということでもある。
「……ボクがそれを知っているのは判る。でも、師匠が知っているのは何故です? この段階で、『諸葛子瑜を頼ったほうが説得が成功する確率が高い』以上のことを断言できるのは、何故ですか」
「……へ?」
「『諸葛孔明は揚州説得に成功する』。……師匠は、希望や意気込みを述べているわけじゃない。まるで、」
 亮の目が、ふと、見覚えのある澄んだ色をした。深い思考の滲む色だ。
「まるで、師匠は、これから起こる出来事を全て、知っているみたいじゃないですか。過去の歴史を知るのと、同じように」
 恐らく孔明は、間抜けな顔をしていただろう。そして間抜けな顔のまま、間抜けな答えを、返してしまっていた。
「それの、なにが不思議なのかな」
 亮は目を瞬いた。想定外すぎる答えを返されたときに、人の思考は瞬断する。まさにそんな様子で一瞬固まって、それから亮は、なにか、重たいものを飲み込んだような顔で押し黙った。
「……亮?」
「……いえ、……なんでもありません。まさか諸葛孔明が占者の類だとは、思っていなかったものですから」
「占いなんてしたことないけど」
「予知者と言えば正しいですか」
「それも少し違う気がするけど」
 ならばなんです、とは問わずに、亮は僅かに俯いた。そして顔を上げたときにはもう、孔明のよく知った弟子の飄々とした顔で、それでは揚州に向かいますか、と、言った。

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