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姫金魚草

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光を囲み (孟徳)(と、献帝)

(孟徳Good後、孟徳も献帝も花ちゃんが大好きなだけの話。)

「孟徳、孟徳」
 この子供はこんな声を出しただろうか、と、ふと思った。はいはい、と書簡を広げながら気のない声を返すと、不敬な態度を気にした様子も無く、幼い頃から染み付いたせいかあまり動かない表情で言った。
「孟徳。花はまだ治らぬのか」
「……」
 孟徳は書簡から顔を上げた。献帝の顔は、それとわかる程度には曇っている。
 花が風邪で臥せって数日。医者の見立てでは、流行り病の類ではなく、心配するほどのものではないと言われている。その言葉はそのまま、献帝にも伝えてあった。
「顔が見たい。見舞いに行っては駄目か」
 いつか、言い出すだろうと思っていた。
 献帝は、花のことを姉か母かのように慕っている。記憶などあるはずもないのに、あの時の感覚でも残っているのだろうか。無論花の方がしっかりと覚えていて、なにくれとなく気に掛けるから、という理由の方が大きいのだろうが。
「無理を仰らないで下さい。帝御自ら、無官の輩の元に足を運ぶなど、不可能だと知っているでしょう」
 そう。花に、立場というものはあってないようなものだった。文若の元で遣いめいたことをやっていた昔ならいざ知らず、子を成してからは流石に館で子育てに奮闘している。献帝の元に訪れることができるのも、丞相の夫人であり、献帝に慕われているという、立場とは別のところにある理由ゆえだ。
 これ以上献帝が花を気に掛ければ、無用の面倒を抱え込むことになる。帝と丞相、両方に慕われる女など、孟徳が他人の立場であればただの火種としか思わないだろう。
「しかし、心配なのだ。朕になにか出来ることは無いか」
 この子供は感情を取り戻してこのかた、孟徳の言葉に唯頷くだけではなくなった。このように、自らの意思を表に出す。丞相としての孟徳には歓迎できることではないが、安堵するような気持ちもあった。
 情が移った。
 端的に言えば、そういうことなのだろうと思う。花と出会ってこの方、この心は随分温もってしまった。郭奉孝あたりが見たら皮肉に笑うかもしれない。そう、こんな風に、昔は死んでしまえば思い出すことも無かった者達のことも、よく思い出す。
「残念ながら。……そうですね、帝がそのような顔をしてらっしゃることを、嫌がるんじゃないでしょうか」
「……孟徳は、意地が悪いな」
 むう、と子供めいた拗ねた顔で言われて、思わず笑いが零れた。しかし子供は、思わぬ反撃をしてくる。
「朕のことよりよほど、そちがそのような顔をしていることを気にするだろうに」
「……、」
 思わず、目を瞬いた。子供は面白くもなさそうな顔で、孟徳の手の書簡を見る。
「政の話と偽るために、このようなところにそんなものを持ち込んで。先程から全く読み進んでもおらぬし、話もしないではないか。荀文若に言ってもよいか?」
「……すっかり敏くおなりで、嬉しいですよ。文若にはどうか、内密に」
「それを聞いてやらぬでもないが。花はそんなに悪いのか?」
 交換条件だ、とでもいいたいのだろうか。すっかり口数も増え、比例して口が達者になった子供に、孟徳は苦笑した。
「そうではないのですがね。体力が落ちているのだと医者は言うのですが。眠ってばかりなのですよ。時間が合わないせいもあるのかもしれませんが、寝顔しか見ていなくて」
 愚痴のような言葉が零れたのは、子供と自分が、とても近しいものに思えたからだったからだった。
 つまりは、彼女に救われた者同士。
 そうか、と小さく息を吐いて頷いた子供は、ふと、思いついたように言った。
「眠っている、か。……そうだ、そち、『まほう』とやらは試したのか」
「は? ……『まほう』?」
「うむ。花が語ってくれた異国の話の中にあったのだが」
 花は子供をあやすのに、よく、彼女の国の『おとぎばなし』というものを使った。孟徳も彼女とであったばかりの頃に聞いた、荒唐無稽で、可愛らしい話の数々。
 しかし、献帝の口にした言葉は、孟徳の記憶の中には無かった。首を傾けて先を促すと、献帝は思い出すように僅かに視線を上げながら、言った。
「眠っている姫を、起こすという……なんだったか、そうだ、『おうじさまのくちづけ』だったか」
 孟徳はひとつ、ゆっくりと目を瞬いた。
 子供の顔が、なにか、照れたように赤い。
 やっと気付いた。面映いような気分になる。
「……過分なご配慮、痛み入ります」
「な、なんだ。朕はただ思い出したことを、」
「たまには落ち込んでみるものですね」
 笑いながら言うと、献帝は露骨に嫌そうな顔をした。
「そちがそのような顔をしていると、気味が悪いというだけだ」
「それはそれは、申し訳ありません」
「いいからはよう花を快復させて、また来るように伝えよ。会いにいってはならんのでは、仕方が無い」
 追い払うように手を振った子供に、結局全く読み進めていない書簡を丸めなおしながら、はいはい、とまた不敬に頷く。
「では今度は、妻と二人で」
「花だけでよいのだが」
「間違えました。妻と、子供たちとで伺います」
「……」
 献帝は溜息をついて、もうなんでもかまわん、と言った。一礼して、部屋を出る。
 あの子供が。世界は全て敵だと思っていただろう、光の無い目をした、あの子供が。
 今では、孟徳を気遣うほどになっていると言うことが、なんだか、くすぐったい様なむず痒いような、なんとも言いがたい気分だった。
 それを単に――嬉しい、と言えない自分が、捻くれているのだ、ということは、知っていた。


 その後、仕事を放り投げて帰ろうとしたところを文若に呼び止められて、孟徳が「帝のご命令だ」と堂々と言い放ち。
 「朕は言わないでやったというに……」と文若に「丞相に下手な言葉を与えないでいただきたい」とぐちぐち言われた献帝が恨みがましく呟くことになるのだが。
 それもすべて、顛末を聞いた花が楽しげに笑うことになるのだから、誰にとっても、ただの平和で幸せな一幕に過ぎないのだった。














(花ちゃんが愛されすぎている気がする。でもそういうほのぼのした魏も好き。)

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