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姫金魚草

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柔らかな棘(孔明)

「……花が、倒れた?」
孔明は一つ目を瞬いた。珍しい反応だなと芙蓉は思い、それから慌てて付け加える。
「ただの風邪です。熱も然程高くはないし、一日休めば快復するとのお見立てでしたよ」
「……、……ああ、そう」
ぱちぱちと忙しなく目を瞬いたあと、孔明は一つゆっくりと頷いた。それから、何事も無かったかのように書簡を広げる姿に、芙蓉は眉を顰める。
「見舞いにいかれないんですの?」
「ただの風邪だといったのは君だろう。これが片付いたら、顔を見にくらいは行くけど」
「……そうですか」
眼差しを伏せ、平静な声で言う孔明に、芙蓉は冷たく相槌を打った。

(……その書簡、逆さまですけど、)
(なんて、この意地っ張りには、絶対教えてやらないんだから)

そんなに動揺してるんだったら、駆け付ければいいのに。
花は恐らく眠っているだろうけれど、来てくれたと知れば喜ぶだろう。
(どうして、この国の男は揃いも揃って妙に頭が固いのかしら)
芙蓉は憤然と孔明の執務室を出ると、花の為の消化にいい食事を作りに炊事場へと向かったのだった。


* * *


孔明が花の部屋を訪れたのは、日が中天を越えて暫く、もう夕刻に近いという時間帯だった。
「……孔明、もういい。俺にそう言われる意味を、お前が一番よくわかっているだろう」
それも、玄徳が苦笑とともにそう言って話を切り上げた為で――孔明は軽く頭を抱えた。今日の自分はそんなに可笑しかっただろうか、いや、無論、可笑しかったからこその言葉だろうが。
(気付いたら書簡が逆様だったし)
(昼は食べ損ねるし……いや、これは一人だとよくあるか)
(玄徳様の話は耳に入らないし)
確かに今日の自分はおかしいようだ、と渋々認め、孔明はその原因に――やっとのことで、会いに行く決心をしたのだった。
「……花、……はいるよ」
軽く戸を叩いても返事はなく、孔明はそっと扉を開けた。寝台の上に横になった花は、静かに寝息を立てている。
(……なるほど、確かにたいしたことはなさそうだ)
そっと椅子を寝台の傍に引き寄せ、腰をかける。起こさないように気遣いながら額に触れると、僅かな熱は感じられたが、高熱というほどではない。流行り病の類でなくて、本当に良かった――孔明はそっと息をついた。
「……ごめんね。来るのが遅くなって」
安らかな顔を見て安堵したからだろう。吐息のように、言葉が漏れた。
これで彼女が苦しんでいたら――自分は病人の前で、病人より蒼い顔をしてしまったかもしれない。そんな姿を見せるだなんて、彼女の病をより悪化させることにしか繋がらないだろう。
だから、顔を出すのが怖かっただなんて、……芙蓉姫に言ったら、怒鳴られそうだが。
朝方の芙蓉姫の顔を思い出し、孔明は苦笑した。芙蓉姫は真っ直ぐで、孔明の行いの全てを、歯がゆく見ているのかもしれない。
(でもね、)
(……ボクは、後悔することが、やめられないでいるから)
こういうとき、花の顔を真っ直ぐに見ることが出来ないのだ。
孔明の胸に刺さったままの棘は、柔らかいからこそ、抜けることが無い。
(ボクはきっと、この痛みを、一生抱えていくのだろう)
(……花と共にある限り、ずっと)
それはなんだか、哀しいような、嬉しいような、奇妙な考えだった。
「……、ん」
ぴく、と身じろいだ花が、ゆっくりと瞼を開けた。
ぼんやりとした寝起きの瞳が、何かを探すように彷徨って――孔明を見つけて、とろりととける。
「師匠――ごめんなさい、お仕事」
「何を言ってるの。……具合は大丈夫?」
花の目が――孔明を見つけた途端に綻んだ顔が、孔明の胸をちくりと刺した。彼女は待っていたのかもしれない、と、思い当たれば苦しくなった。自分の歪みが、彼女を傷つける。
「はい。……もう、熱も引いたと思いますし、明日からはちゃんと働けます」
「無理しなくていいんだよ、ゆっくり休みなさい。数日くらい、君が居なくても大丈夫だから」
「……、」
言い方が拙かったかもしれない。花がしゅんと眉を下げる。孔明は花の髪をそっと撫でながら、付け加えた。
「風邪を甘く見ちゃいけないよ。……ここではどんな病だって、甘くみちゃいけないんだ。ボクなら大丈夫。君の分まで働くよ」
「師匠、」
花は孔明を見上げて、そろりと手を蒲団から出した。花を撫でる孔明の手をとり、そっと握る。
「……師匠。そんな顔、しないでください」
「え?」
孔明は首を傾けた。どんな顔を、していただろう。いつもどおりに、笑えていると思ったのだけど。
「私の国では、……たしかに、ここより医学は発展していて、此処では治らない多くの病が、治るかもしれません」
花は孔明の手を引き寄せて、両手できゅっと包むように握った。
「でも、……風邪の特効薬はないんです。それに、此処にはない多くの理由で、やっぱりたくさん、人は死ぬんです」
「……、花、」
「私は今――こうやって、師匠が居てくれて、嬉しいです」
花は柔らかく微笑んだ。孔明はなにも言えずに、花を見つめた。

(ああ、)
(見透かされるっていうのは、こういう感覚か)

じわりと胸が痛んだ。柔らかな棘に花が触れる。抜けないのだと、教えてやりたい。
抜けないのだから、そっとしておいて欲しいと。
これは自分の抱えるべき痛みだから、気にしないで居てほしいと。

(これは、彼女に此処を選ばせてしまったボクが、抱えるべき痛みなのに)
(……どうして、君は)

「だから師匠――そんな顔をしないで下さい」
「……」
「私がここにいると――辛いですか」

孔明は手に僅かに力を込め、花の手を握り返した。
「そうだね、……辛いよ」
身体を屈めて、もう一方の手も花の手に重ねて、祈るように頭を近づける。
「それでも、……君が此処に居て、どうしようもなく、嬉しいんだ」
だからより、辛いのかもしれない。
小さく溢すと、花は少し、困ったように笑った。
「御揃いですね」
「え?」
「私も少し――辛いんです」
花はそう囁いて、目を閉じた。孔明は顔を上げて、その言葉を問いただそうとし――口を閉じた。
「……、……おやすみ。ちゃんと寝て、しっかり身体を治しなさい」
手を離し、毛布の中に入れてやる。そっと頭を撫でると、話し疲れたのもあるのだろう、直ぐに小さな寝息が聞こえてくる。

(……辛い、か)
(そうだね、……ごめんね、こんな顔をして)

柔らかな棘は孔明だけではなく、花をも小さく刺していたらしい。
孔明は苦笑を溢すと、そっと身体を屈めた。
「でも、好きなんだ。……ごめんね」
もう熱も下がったように見える額へと、唇を落とす。

「……ごめんね」

もう一度小さく呟いて――この痛みすら分かち合ってしまう少女の寝顔を、暫く眺めていたのだった。









(痛みすら愛そうか)

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