姫金魚草
三国恋戦記中心、三国志関連二次創作サイト
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君に見る (雲長)
花の部屋の小さな机に、向かい合って座る。
二人分の参考書を広げれば、いっぱいになってしまうくらいの机。
「……うう」
「休憩するか?」
眉間に深く皺を刻んでうなり声を上げた花に、雲長は苦笑して声を掛けた。昼前にはじめて、休憩も挟まずに気付けばもう時計の針が二時間分進んでいた。
「……うん」
情けない顔で頷いた花に、コップに麦茶を注ぎ足して差し出す。両手でコップを受け取りちびちびと茶を飲む仕草が幼く、思わず小さく笑ってしまった。
「もう昼時だしな。なにか買ってくるか」
「ん、……簡単なのでよければ、作るよ」
趣味・料理の人に出すのは申し訳ないけど、と笑った顔は、すこし回復したように見える。この土日があければ期末の試験だ。二年次の最後の試験――進路選択にも係わってくるものだけに、花は随分根を詰めているようだった。
「今日は、親御さんはいないんだったか」
「うん。だから、私ので申し訳ないんだけど――」
「いや。なら、台所を借りてもいいか」
「え? それは、構わないけど」
驚いた顔をする花の頬を、軽く撫ぜる。
「疲れた顔をしている。……何か作ってくるから、すこし休んでいろ」
言って、立ち上がる。くれぐれも参考書など眺めているんじゃないぞ、と念を押して、階下の台所へと向かった。
* * *
勝手に食材を使ってしまうのは忍びなかったが、今日は両親とも遅くまで帰らないと聞いた。夕飯を作る際に買出しに行って、補充しておけば問題ないだろう。冷蔵庫の中を眺めながら、メニューを考える。温かいものがいいだろう、スープパスタでも作ろうか。
勝手の違う台所に戸惑いながらも、手早く調理を進めていく。
(……無理をするなとは、言えんな)
花の――疲れた顔を思い出しながら、小さく溜息をつく。彼女が何故ああも必死になっているのか、わからないではない。それをあまり、こちらに気取らせたくないと思っているのも。
進学。
あちらに居た長い期間から考えると、なんだかひどく違和感のある――けれどこちらの世界では、学生にとって人生を決めるといっても過言ではない問題だ。
広生はあちらの生が長いせいもあって、勉学など何処でもできるという感覚が強い。しかし、現実として、何を学びたいのか、それはどこで学べるのか、そのための学力が自分にあるのか、その手の問題は高校生である広生にもまた降りかかっている。
(彼女は、それに加えて)
広生は高い学力を有しており、学校でも最高学府の合格者候補と目されている。となれば自然、進学先は都内だと――少なくとも花は周りと同様にそう思っているのだろう。花自身の勉学への望みに加えて、恐らくは、広生とせめて近いところに行きたいという望みと、その二つを実現するために、少しでも学力を上げようと必死なのだ。
広生自身は、先程の通り――回りから求められる「合格」にも、また、進学先にも、さして拘りはない。けれどそれを告げたところで、彼女は怒るばかりだろう。そんな風に考えてはいけないと、諭されるに違いない。
だから広生に出来ることは、彼女の手助けをすることだけだ。学力的な面でも、それ以外でも。そして出来れば二人で、できるだけ多くの望みを叶えたい。
「……っと」
パスタの茹で時間をタイマーが告げて、慌てて火を止める。湯切りをして皿に盛り付け、スープをかける。ふうわりと、食欲をそそる香り。盆に並べて、スプーンとフォークを揃え、上へと向かった。
(俺は――彼女と生を共にすると、決めた)
(けれどそれだけでは、全てに足りて、全てに不足だ)
しかしてこう、悩みを共にすることもまた――ともに歩むと、言うことなのだろう。
* * *
「花、出来たぞ――花?」
部屋に入ると、参考書に伏して、花は寝息を立てていた。
眉が寄っている。そんなものを枕にしているからだろう、と溜息をついて、机に盆を置いて、花の身体を軽く揺らした。
「花、……ほら、食事が冷めるぞ」
「……ん」
う、と呻きに近い声を上げて、花が重たい瞼を開ける。こちらの顔を認めて、慌てて飛び起きた。
「わ、……っと、ごめん、寝てた」
「それは問題ないが、それを枕にするのはどうかと思うぞ。……どうせ忠告を聞かず、読んでいたのだろう」
「う」
図星だったのだろう。しゅんとした顔をする花の頭をまったく、と軽く叩くように撫ぜて、机の上の本を片付ける。皿を並べると、温かな香りに、花が僅かに頬を緩めた。
「……おいしそう」
「冷める前に食べるぞ。ほら」
カトラリーを差し出し、いただきます、と手を合わせる。花も慌てて手をあわせて、神妙にいただきます、と言った。しばらく、まだ熱いパスタをはふはふと無言で食べる。
「……おいしい。やっぱり料理上手だなぁ」
「そりゃあ、向こうでとはいえ、百年単位でやっていればな」
こちらでは色々と勝手も違うが、と返すと、尊敬の眼差しで見られた。
「私も練習しないとなぁ……料理も、教えてくれる?」
「ああ、幾らでも。……と言っても、来年以降の話になるだろうが」
「ん、そうだね」
来月に年度が替わり、それから一年――受験を無事終えるまでは。花はこくんと頷いて、パスタを啜った。
「……ほんとに、広生は、なんでもできて――すごいなぁ」
花が、ぽつりと――なんだか疲れたような声で、呟く。顔を上げると、花はどこか途方に暮れたような顔で、こちらを見ていた。子供のような顔だ。
「花、」
「私は――こっちでも、なんにもできない」
あっちでもこっちでも、教わってばかりだ、と。
かすかな笑みを浮かべた彼女は、ほんとうに、迷子の子供のような、不安げな目をしていた。
(何を、……言っているのか)
思わず、笑ってしまった。ゆっくりと不思議そうに目を瞬いた花を認めて、食器を僅かに横にずらし、花のほうへ身を乗り出した。
「……?」
「俺は長く――繰り返しただけだ。長いだけ、いろいろな事を知っているだけだ」
花の顔が、僅かに歪む。こちらの痛みを想うのだろう、と思えば、知らしめることは得策ではないとわかっていたが、彼女にはしっかりと、知っていてもらわねばならなかった。
「俺は――お前に、憧れてさえいるんだ」
「え、」
驚いた顔をする花の――唇ではなく、瞳の上、瞼へと、口付ける。反射で閉じられた瞼に、もう一度、柔らかく唇を落として。
「お前は、そうして――目的のために力を尽くすことを、知っている。それは強さだ。――俺が失ってしまっていた、強さだ」
囁くと、花の頬が僅かに染まった。恐る恐る開かれた目が、問う様にこちらを見上げる。
「私は……そんなこと、言ってもらえるようなことは、してないよ」
まだ惑う。身体を離して、食器も戻し、静かに答えた。
「お前と居ると、取り戻せる気がする。拙い言い方だが、……頑張れる気がするんだ」
「頑張れる、」
「ああ」
花の目を見つめて――笑う。
「一緒に、頑張ろう」
これから――長い日々を、共に歩むということ。
花はつられたように小さく笑って、頷いた。その表情を認めて、僅かに冷めてしまった食事の続きを再開する。すこし、安堵していた。
(俺が助けられたように、彼女を助けて)
(そうして、生きていくことが、出来る)
それは安らかで――とても優しい未来に見えた。二人でこうして食卓を囲むような、些細な幸せを積み重ねて、生きていくということ。そのために頑張れるということが、なんだか、とても、嬉しかった。
(雲長@瞼の上)
(ふたりでいきるということ)
二人分の参考書を広げれば、いっぱいになってしまうくらいの机。
「……うう」
「休憩するか?」
眉間に深く皺を刻んでうなり声を上げた花に、雲長は苦笑して声を掛けた。昼前にはじめて、休憩も挟まずに気付けばもう時計の針が二時間分進んでいた。
「……うん」
情けない顔で頷いた花に、コップに麦茶を注ぎ足して差し出す。両手でコップを受け取りちびちびと茶を飲む仕草が幼く、思わず小さく笑ってしまった。
「もう昼時だしな。なにか買ってくるか」
「ん、……簡単なのでよければ、作るよ」
趣味・料理の人に出すのは申し訳ないけど、と笑った顔は、すこし回復したように見える。この土日があければ期末の試験だ。二年次の最後の試験――進路選択にも係わってくるものだけに、花は随分根を詰めているようだった。
「今日は、親御さんはいないんだったか」
「うん。だから、私ので申し訳ないんだけど――」
「いや。なら、台所を借りてもいいか」
「え? それは、構わないけど」
驚いた顔をする花の頬を、軽く撫ぜる。
「疲れた顔をしている。……何か作ってくるから、すこし休んでいろ」
言って、立ち上がる。くれぐれも参考書など眺めているんじゃないぞ、と念を押して、階下の台所へと向かった。
* * *
勝手に食材を使ってしまうのは忍びなかったが、今日は両親とも遅くまで帰らないと聞いた。夕飯を作る際に買出しに行って、補充しておけば問題ないだろう。冷蔵庫の中を眺めながら、メニューを考える。温かいものがいいだろう、スープパスタでも作ろうか。
勝手の違う台所に戸惑いながらも、手早く調理を進めていく。
(……無理をするなとは、言えんな)
花の――疲れた顔を思い出しながら、小さく溜息をつく。彼女が何故ああも必死になっているのか、わからないではない。それをあまり、こちらに気取らせたくないと思っているのも。
進学。
あちらに居た長い期間から考えると、なんだかひどく違和感のある――けれどこちらの世界では、学生にとって人生を決めるといっても過言ではない問題だ。
広生はあちらの生が長いせいもあって、勉学など何処でもできるという感覚が強い。しかし、現実として、何を学びたいのか、それはどこで学べるのか、そのための学力が自分にあるのか、その手の問題は高校生である広生にもまた降りかかっている。
(彼女は、それに加えて)
広生は高い学力を有しており、学校でも最高学府の合格者候補と目されている。となれば自然、進学先は都内だと――少なくとも花は周りと同様にそう思っているのだろう。花自身の勉学への望みに加えて、恐らくは、広生とせめて近いところに行きたいという望みと、その二つを実現するために、少しでも学力を上げようと必死なのだ。
広生自身は、先程の通り――回りから求められる「合格」にも、また、進学先にも、さして拘りはない。けれどそれを告げたところで、彼女は怒るばかりだろう。そんな風に考えてはいけないと、諭されるに違いない。
だから広生に出来ることは、彼女の手助けをすることだけだ。学力的な面でも、それ以外でも。そして出来れば二人で、できるだけ多くの望みを叶えたい。
「……っと」
パスタの茹で時間をタイマーが告げて、慌てて火を止める。湯切りをして皿に盛り付け、スープをかける。ふうわりと、食欲をそそる香り。盆に並べて、スプーンとフォークを揃え、上へと向かった。
(俺は――彼女と生を共にすると、決めた)
(けれどそれだけでは、全てに足りて、全てに不足だ)
しかしてこう、悩みを共にすることもまた――ともに歩むと、言うことなのだろう。
* * *
「花、出来たぞ――花?」
部屋に入ると、参考書に伏して、花は寝息を立てていた。
眉が寄っている。そんなものを枕にしているからだろう、と溜息をついて、机に盆を置いて、花の身体を軽く揺らした。
「花、……ほら、食事が冷めるぞ」
「……ん」
う、と呻きに近い声を上げて、花が重たい瞼を開ける。こちらの顔を認めて、慌てて飛び起きた。
「わ、……っと、ごめん、寝てた」
「それは問題ないが、それを枕にするのはどうかと思うぞ。……どうせ忠告を聞かず、読んでいたのだろう」
「う」
図星だったのだろう。しゅんとした顔をする花の頭をまったく、と軽く叩くように撫ぜて、机の上の本を片付ける。皿を並べると、温かな香りに、花が僅かに頬を緩めた。
「……おいしそう」
「冷める前に食べるぞ。ほら」
カトラリーを差し出し、いただきます、と手を合わせる。花も慌てて手をあわせて、神妙にいただきます、と言った。しばらく、まだ熱いパスタをはふはふと無言で食べる。
「……おいしい。やっぱり料理上手だなぁ」
「そりゃあ、向こうでとはいえ、百年単位でやっていればな」
こちらでは色々と勝手も違うが、と返すと、尊敬の眼差しで見られた。
「私も練習しないとなぁ……料理も、教えてくれる?」
「ああ、幾らでも。……と言っても、来年以降の話になるだろうが」
「ん、そうだね」
来月に年度が替わり、それから一年――受験を無事終えるまでは。花はこくんと頷いて、パスタを啜った。
「……ほんとに、広生は、なんでもできて――すごいなぁ」
花が、ぽつりと――なんだか疲れたような声で、呟く。顔を上げると、花はどこか途方に暮れたような顔で、こちらを見ていた。子供のような顔だ。
「花、」
「私は――こっちでも、なんにもできない」
あっちでもこっちでも、教わってばかりだ、と。
かすかな笑みを浮かべた彼女は、ほんとうに、迷子の子供のような、不安げな目をしていた。
(何を、……言っているのか)
思わず、笑ってしまった。ゆっくりと不思議そうに目を瞬いた花を認めて、食器を僅かに横にずらし、花のほうへ身を乗り出した。
「……?」
「俺は長く――繰り返しただけだ。長いだけ、いろいろな事を知っているだけだ」
花の顔が、僅かに歪む。こちらの痛みを想うのだろう、と思えば、知らしめることは得策ではないとわかっていたが、彼女にはしっかりと、知っていてもらわねばならなかった。
「俺は――お前に、憧れてさえいるんだ」
「え、」
驚いた顔をする花の――唇ではなく、瞳の上、瞼へと、口付ける。反射で閉じられた瞼に、もう一度、柔らかく唇を落として。
「お前は、そうして――目的のために力を尽くすことを、知っている。それは強さだ。――俺が失ってしまっていた、強さだ」
囁くと、花の頬が僅かに染まった。恐る恐る開かれた目が、問う様にこちらを見上げる。
「私は……そんなこと、言ってもらえるようなことは、してないよ」
まだ惑う。身体を離して、食器も戻し、静かに答えた。
「お前と居ると、取り戻せる気がする。拙い言い方だが、……頑張れる気がするんだ」
「頑張れる、」
「ああ」
花の目を見つめて――笑う。
「一緒に、頑張ろう」
これから――長い日々を、共に歩むということ。
花はつられたように小さく笑って、頷いた。その表情を認めて、僅かに冷めてしまった食事の続きを再開する。すこし、安堵していた。
(俺が助けられたように、彼女を助けて)
(そうして、生きていくことが、出来る)
それは安らかで――とても優しい未来に見えた。二人でこうして食卓を囲むような、些細な幸せを積み重ねて、生きていくということ。そのために頑張れるということが、なんだか、とても、嬉しかった。
(雲長@瞼の上)
(ふたりでいきるということ)
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