姫金魚草
三国恋戦記中心、三国志関連二次創作サイト
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01 望みを叶えてあげましょう
三度目にして初の過ちだった。
翼徳に策を伝え忘れた長坂。引き返したら恐らく、孟徳の手に落ちる。しかし、策を伝えなければ、翼徳が命を落とすかもしれない。
躊躇いは一瞬だった。
「――孔明!?」
雲長の驚愕の声が聞こえる。振り返っている余裕は無かった。
そのときはただ――思っていた。最初と同じ。歴史を変えるには至らない邂逅だと、駒としての役割に変わらず殉じられると、――四度目の長坂で、もはや孔明と呼ばれることにも慣れきった花は――そう、信じて疑っていなかった。
* * *
「君が、孔明だね」
通された謁見の間で、記憶と違わぬ笑みを浮かべて、孟徳は言った。
あの時とは立場が違うのに、彼は変わらぬ笑顔を向けるのか。少し驚いた。あの時は玄徳軍の居候に過ぎなかったが、今は明確に『軍師』である。それとも曹孟徳にとっては、どちらにせよ取るに足らぬ話なのだろうか。
「はい。助けていただいて、感謝します」
しかし同じように、あの時と変わらぬ反応を返すことは出来ない。花は丁寧に述べて、頭を下げた。
「丞相の気紛れに感謝するんだな、……と、言っても、こちらとしても、尋ねたいことがあるから助けたに過ぎんが」
「こら、文若。女の子を怖がらせるようなこと言わないの」
「……お言葉ですが、彼女はただの少女ではありません。かの有名な伏龍――諸葛孔明なのですよ」
「だとしても、可愛らしい女の子だってことに、変わりは無いでしょ」
孟徳はあっさりと文若の言葉を跳ね除けて、花に向かって笑いかけた。
「ごめんね、うるさい奴で。確かに聞きたいことはあるけど、気が向いたら話してくれればいいよ。勿論解放するわけにはいかないから、立場上は捕虜ってことにさせてもらうけど、女の子を拘束したりはしないし」
花は礼とともに頭を垂れた。数週間の後に、子龍が助けにやってくるだろう。それまでの短い付き合いだ。ただあの部屋で、安穏と時を過ごしていればいい。女の子、と呼ばれたことにこそ抵抗があるが(童顔に見えるとはいえ、花はもう孟徳らと同じくらいの歳なのだ――17歳だったあの時とは違う)、ただ孟徳の機嫌を損ねぬようにしていればいい。
「……うーん、なんでかなぁ」
「……? ……なんでしょう?」
「君は、不思議な目をするよね。なんでも知っているみたいな目だ」
「……」
ひやりとした。
曹孟徳と言う男――そこで、彼についての知識が、圧倒的に不足していることに気がついた。魏で過ごしたのはごく短い期間で、しかもあのときの花は何も知らなかった。曹孟徳は、天下に一番近い男だ。こちらが未来の全てを知り、駒を運んだつもりでも――なにが、計算から外れるかわからない。
「……何をおっしゃいますやら。私がなんでも知っていたら――ここでこうして、囚われることなど無かったでしょう」
警戒とともに、見た目だけは柔らかく紡いだ言葉に、孟徳が目を眇めた。そちらこそ、何もかも、見透かすような目をしている。空気をまさぐるような沈黙の後に、孟徳がにこりと笑った。
「天下の伏龍――なんて呼び名に興味は無いけど、君はとっても興味深いな。今すぐにでも口説きたいところだけど――」
ちら、と、後ろに控える二人を見やる。
「煩いのがいるからね。あとで部屋を訪ねていくよ。何か不便があったら言ってくれれば、出来ることなら対応するから。気軽に滞在してくれると嬉しいな」
「……お心遣い、感謝します」
頭を下げる。彼が記憶より饒舌なのは、私が彼に似たからだろうか。詮無いことを考えながら、あてがわれた部屋へと戻った。
* * *
「丞相」
「危険だって言いたいんだろ? わかってるよ」
とがめだてする文若の声に、面倒くさそうに孟徳は答えた。
「でもねぇ……あれが、嘘じゃないんだもんなぁ。気になるよなぁ」
「はい?」
「んー、なんでもない。まぁ、害になるようだったら切り捨てれば良いし、伏龍の才、使えるようなら使えば良いし。そう怒るなよ」
孟徳は楽しげに笑った。
(何でも知っていたら――囚われることなど無かった?)
(嘘つきだね)
(君は――なんでも知っていて、囚われた、ってことか)
彼女が本当に、何でも知っているとしたら。
「……面白いことになるといいなぁ」
孟徳は呟き、両脇の二人は、また主君の悪い病が出たと――一人は眉間の皺を深くし、一人は溜息をつくのだった。
翼徳に策を伝え忘れた長坂。引き返したら恐らく、孟徳の手に落ちる。しかし、策を伝えなければ、翼徳が命を落とすかもしれない。
躊躇いは一瞬だった。
「――孔明!?」
雲長の驚愕の声が聞こえる。振り返っている余裕は無かった。
そのときはただ――思っていた。最初と同じ。歴史を変えるには至らない邂逅だと、駒としての役割に変わらず殉じられると、――四度目の長坂で、もはや孔明と呼ばれることにも慣れきった花は――そう、信じて疑っていなかった。
* * *
「君が、孔明だね」
通された謁見の間で、記憶と違わぬ笑みを浮かべて、孟徳は言った。
あの時とは立場が違うのに、彼は変わらぬ笑顔を向けるのか。少し驚いた。あの時は玄徳軍の居候に過ぎなかったが、今は明確に『軍師』である。それとも曹孟徳にとっては、どちらにせよ取るに足らぬ話なのだろうか。
「はい。助けていただいて、感謝します」
しかし同じように、あの時と変わらぬ反応を返すことは出来ない。花は丁寧に述べて、頭を下げた。
「丞相の気紛れに感謝するんだな、……と、言っても、こちらとしても、尋ねたいことがあるから助けたに過ぎんが」
「こら、文若。女の子を怖がらせるようなこと言わないの」
「……お言葉ですが、彼女はただの少女ではありません。かの有名な伏龍――諸葛孔明なのですよ」
「だとしても、可愛らしい女の子だってことに、変わりは無いでしょ」
孟徳はあっさりと文若の言葉を跳ね除けて、花に向かって笑いかけた。
「ごめんね、うるさい奴で。確かに聞きたいことはあるけど、気が向いたら話してくれればいいよ。勿論解放するわけにはいかないから、立場上は捕虜ってことにさせてもらうけど、女の子を拘束したりはしないし」
花は礼とともに頭を垂れた。数週間の後に、子龍が助けにやってくるだろう。それまでの短い付き合いだ。ただあの部屋で、安穏と時を過ごしていればいい。女の子、と呼ばれたことにこそ抵抗があるが(童顔に見えるとはいえ、花はもう孟徳らと同じくらいの歳なのだ――17歳だったあの時とは違う)、ただ孟徳の機嫌を損ねぬようにしていればいい。
「……うーん、なんでかなぁ」
「……? ……なんでしょう?」
「君は、不思議な目をするよね。なんでも知っているみたいな目だ」
「……」
ひやりとした。
曹孟徳と言う男――そこで、彼についての知識が、圧倒的に不足していることに気がついた。魏で過ごしたのはごく短い期間で、しかもあのときの花は何も知らなかった。曹孟徳は、天下に一番近い男だ。こちらが未来の全てを知り、駒を運んだつもりでも――なにが、計算から外れるかわからない。
「……何をおっしゃいますやら。私がなんでも知っていたら――ここでこうして、囚われることなど無かったでしょう」
警戒とともに、見た目だけは柔らかく紡いだ言葉に、孟徳が目を眇めた。そちらこそ、何もかも、見透かすような目をしている。空気をまさぐるような沈黙の後に、孟徳がにこりと笑った。
「天下の伏龍――なんて呼び名に興味は無いけど、君はとっても興味深いな。今すぐにでも口説きたいところだけど――」
ちら、と、後ろに控える二人を見やる。
「煩いのがいるからね。あとで部屋を訪ねていくよ。何か不便があったら言ってくれれば、出来ることなら対応するから。気軽に滞在してくれると嬉しいな」
「……お心遣い、感謝します」
頭を下げる。彼が記憶より饒舌なのは、私が彼に似たからだろうか。詮無いことを考えながら、あてがわれた部屋へと戻った。
* * *
「丞相」
「危険だって言いたいんだろ? わかってるよ」
とがめだてする文若の声に、面倒くさそうに孟徳は答えた。
「でもねぇ……あれが、嘘じゃないんだもんなぁ。気になるよなぁ」
「はい?」
「んー、なんでもない。まぁ、害になるようだったら切り捨てれば良いし、伏龍の才、使えるようなら使えば良いし。そう怒るなよ」
孟徳は楽しげに笑った。
(何でも知っていたら――囚われることなど無かった?)
(嘘つきだね)
(君は――なんでも知っていて、囚われた、ってことか)
彼女が本当に、何でも知っているとしたら。
「……面白いことになるといいなぁ」
孟徳は呟き、両脇の二人は、また主君の悪い病が出たと――一人は眉間の皺を深くし、一人は溜息をつくのだった。
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